八日目 (シシクド川最終日)
モンゴルの地を踏んで、今日で早くも八日目となる。
各々思い思いのルアー、フライで攻めるも大型のタイメンにはいまだ出会えず、川は沈黙したままである。
明日の朝、このキャンプ地を後にするため実質的には今日がここでの最後の釣りとなる。
・フライで釣る、永井さん。グレイリングは絶好調である。(撮影 ヤギさん)
最終日であるこの日は、我々たっての希望で対岸を攻めることに決まる。ボートでいくらか下り、適当な場所で対岸へ上陸、それからは下流へと流れに沿って歩く。
諸事情あり我々は対岸をこれまでまったく攻めていないから、同じポイントを連日、二度三度と攻めていた昨日までとは違う期待感がある。対岸に渡ったというだけで、目に映る風景もどこか新鮮だ。
・豊かなこの地だが、コチラ岸とアチラ岸とでは緑の多さに歴然と差がある。
写真向って右側がロッジの在る、これまで日々釣っていた右岸である。川沿いだけを見るとそう差は無いように映るが、続く山肌に目をやると濃緑の差は一目瞭然なのだ。
緑が多いということはそのまま虫の多さに繋がるし、トラウトも・・?!
などど誰かがつぶやく。
どうにか発奮材料を見つけてこの最終日を託したい、そんな心境なのである。
・幸い、ここにきて濁りがいくぶん回復をみせ始め、この日もわずかに雪がちらつく寒さは相変わらずだが、この条件でどうにか釣りを成立させねばならない。
セットしているのはファット120MDである。欲しいのはあくまでもビッグタイメン、ルアーサイズを落とす気は無い。止水、流水問わず実績十分である120への信頼は揺るぎようもない。
回復しつつあるとはいえ、まだ完全に濁りのとれない流れでは、トラウトは岸際に定位しやすい。ゆえに芯となる強い流れと、岸際の巻き返しや緩い流れとの組み合わせでポイントを選び、丁寧に流す。
送り込んだ120に、食らいつく魚がある。
ドシン、としたかなりイイ当たりで、やり取りの途中でゴンゴンと首も振るが、いくらかキレに欠ける重量感の主は大型のレノックだ。
・しっかりフッキングしている様子、ここまで寄れば大丈夫・・
・モンゴルに私物のネットは持参していない。よいしょっ・・
・が、取り込む寸前で最後の抵抗を見せる、レノック。10fのロッドは立ち込んでいる時、足元での取りまわしにいくらか難儀する。
・シシクド川のレノック。(撮影 岡田さん)
これは67cmあった。チョロートでもレノックは釣ったが50cm止まりだったので、ここのレノックの貫録には皆がいささか驚く。
シシクド川のトラウトらの引きは、種を問わず呆れるほど強烈だ。レノックも途中までのファイトはかなりのものであり、アングラーの鼓動を速めてくれる。
ただし、タイメンと比べてはならない。
シシクドのタイメンは、例え50cmであってもドラグを鳴らし、ロッドを引きずり込む瞬間が必ずある。レノックにはその瞬発力が無く、どこかモタモタしているのだ。
・これは別個体で63cm。このサイズ、60cm~70cmが一時入れ食いとなった。
顔付きがコイ科の魚を思い起こさせるのがいくらか残念だが、このトラウトを見直したくなるサイズばかりだ。
60cmを超えるレノックは10年ほど生きた固体だという。ヤマメのパーマークを赤く染めたような斑点があるのがお分かり頂けると思うが、これの数が生きた年数と同数であるらしい。数えてみると、ほぼ薄くなって消えかけているものも含め確かに10個ほどある。
真偽のほどはよくわからぬが、現地のモンゴル人はそう言うのである。
レインボー、ブラウン、ウグイ、様々な魚を掛け合わせたような、不思議な雰囲気を持つトラウトである。
虫の類も好んで捕食するが、やはりこのサイズになると小魚を捕える比重が増すようだ。
この日は昼食用にレノックを一匹キープさせてもらった。腹を割いてみると、グレイリングの幼魚と思しき小魚に加え、小型のチョウザメが出てきた。この辺りの川に棲む、大きくならないチョウザメなんだ、とシャルが言っていたが姿かたちはまったく大人のそれである。
・昼食にする。ヤクの肉を串で焼き、レノックも塩でシンプルに焼いてみる。
モンゴルの慈愛にあふれているのだ。ウマいに決まっている。
ウォッカで冷えた体を温めながらの昼食は、タイメンが釣れていようと、無かろうと最高なのだ!
・・・そう、私は昨晩、50cmをようやくキャッチしただけなのである。
そして、願うようなタイメンにはまったく出会えないまま、この日の釣りも終えることになった。
観念した。
納得がゆく時よりも、そうでない時の方が圧倒的に多いのが釣りであろう。
であるから釣り人は、試行錯誤し、もがき、ストイックにもなり得る。
ならば、この旅はまさに釣りそのもの、釣り本来の姿だったとは言えないだろうか。
まだココロの整理などとてもできないが、少しずつ、自身にそう言って聞かせる。
遠征は本当に難しい。フィールドのコンディション、天候などは、自力ではいかんともし難い。
運が、少し足りなかったようだ。
悪条件を克服するだけの腕も、閃きも足りなかったのか。ここは潔く引き上げなくてはなるまい。
九日目~十二日目 (帰路へ、そしてホグ川で)
・たびたび通ったこの道を、馬で帰路につく。(撮影 山中さん)
荷物をまとめ、馬にまたがり、我々が毎日往復したこの川に沿って数時間をゆく。
実は、馬に乗るのは初めてなのだ。
蒙古馬だ。アラビア馬と違い、蒙古馬は小柄でいくらか短足である分、野山でも安定感がある。大変頑丈な馬らしい。
彼らの背はあたたかく親密であり、これにまたがり岩山を乗り越え、大草原をまっすぐに突き進むのは、愉快そのものである。
ただし、尻が痛むのを我慢しなければならない。馬の一歩一歩につられて、私も背で揺られるから、どうしても尻が浮いては落ちる。これがけっこう痛い。
同行しているモンゴル人らは、リラックスして馬の動きに合わせていれば良いんだよ、などど言うがどうもそういう問題ではなく、どのように力を抜き、座り方を変えてみてもやっぱり私の尻は痛いのである。
意外とデリケートなのだよ、お馬さん、と馬上から語りかけるが、ブフゥーと鼻を鳴らすばかりでらちもあかない。
馬の鞍の形状が合っていないなど他に理由がありそうなものだが、よくはわからない。
きっと馬にも乗せ心地というものがあって、できれば人を選びたいのだろうことは、なんとなくわかる。
かのチンギス・ハーンらは鎧兜に身を固め、この蒙古馬を駆って遥かなるヨーロッパまで大遠征を果たしたのだと、その時代とほとんど変わりの無いであろう大地を揺られながら、いくらか感慨に耽る。
・現地のモンゴル人たちは、このぐらいの流れだと馬にまたがったまま渡り切る。
この川の向こう岸でジープに乗り換え、来た道を引き返す。
夕方、ホグのキャンプへと再び戻ってくる。
このキャンプ場の近く、往路で話題に出た、ヤギやヒツジが渡る橋は覚えておられるだろうか。
‘この橋、無断で通るべからず‘のアレである。
この橋のすぐ下流にいくらかこじんまりとした岩山があり、川は橋の下からこの岩山に向かって大きく蛇行しながら流れ込んでいる。
この川をホグ川という。
岩山は川面へと岩壁が切れ込み、流れを受け止めているその部分がいくらか深くえぐれ、小規模ながらプールのようなものを作り出している。
このプールは岩壁の対岸ではそのまま大草原へと続く泥地のシャローを形成し、流れ込みと併せタイメンが休み、捕食する条件を備えていると思える。
実は、往路でも車中からこのポイントを見、一同から ‘ここはイイね‘ と話題に上っていた。
部屋に荷物を降ろすと、すぐに夕飯となる。夕飯後にあのポイントをダメもとでやってみようと思う、と私が言う。九日間の蓄積で、正直疲れはあるが、やり切らないと後々に悔やむからだ。
加え、皮肉なことに移動日である今日は一日を通してとても暖かく、いくらか可能性を感じさせるのだ。
皆、一様に疲労の色が感じられ、一緒に川の様子は見に行くがタックルは準備しないとのことである。
ロッジを撤収する際に、タックルはすでに飛行機に乗せられるよう細かく収納してしまってある。その荷物を再びほどき、準備する。ウェーダーだけはまた濡らしてしまうと重くなるので入水はしないこととし、防寒着で済ますと決める。
・夕刻のモンゴル、ホグ川のほとりにて。(撮影 山中さん)
pm21:00、モンゴルに日没が迫る。
大陸の太陽が彼方に沈みゆく。つられて長い影が岩肌を這うように伸びる。
刻々と姿を変える様は、なにか巨大な生物のようでもある。
その雄大さにただただ圧倒させられらがらも、タックルの準備を始める。
ここの草原は河岸段丘のような地形を成している。。増水のたびに何度となく草原を削ったのだろう、川沿は一段低いため写真では判別できないが、向こうの岩山のもっと下を沿うように川は流れている。
支度をする私に、‘きっと釣れるよ‘ そう永井さんが声を掛けて下さったのを覚えている。
往路に見た時よりかなり減水しているが、変わらずきれいに澄みきっている、ホグ川。
崖の下、流れが当たる最も良さそうなポイントはちょうど夕陽が隠れる角度に位置し、ここだけがかなり暗い。周囲よりひと足先に夜を迎えつつあるようだ。
ルアーを流すと、想像以上に浅いことに気が付いた。リップが時折りボトムを叩くのがロッドを通して伝わってくる。
上流から岸壁に沿って平行に歩きながら、薄暗い岩陰に向かって、50cm毎に点を刻むように流してゆく。
時間は、そう残されてはいない。
足元の細かい砂を踏みしめジリジリと下流へ、ポイントエンドまで釣ったら流れ込みまで戻り、再び釣る。ポイント自体は狭い。そして見渡す限り、タイメンが釣れそうなのはここ以外に見当たらない。
流すこと三度目、半ば駄目かと思い始めた頃にトトンと当たる。すぐに大型のグレイリングだとわかる。
少しでもタイメンに人の気配を感じ取られないように、そんな配慮からいくらか離れた背後で私の釣りを見ていた岡田さんらが魚の水音を聞きつけ、寄って来るのをグレイリングだから、と手で制し素早くリリースを済ます。
リリースされたグレイリングが場を荒らすことがありませんように。そう釣りの神様に祈りつつ、水中が良い方向に変化しているのを肌で感じ取る。
ルアーはファット120MD、ベイトが動いている、良い兆候だ。
再度、流れ込みから流し始めると、段丘の一段上から永井さんが ‘たった今、岩陰で大きなライズがあった‘ といくらか高ぶった様子で仰る。私からは確認できないライズだったが、どうやら水中はざわつき、宴の支度が整いつつあるらしい。
最後のチャンスに集中する。
・ここから堰を切ったように当たった。80cmを少し欠けるほどではあるが、ブルーと赤銅色のコントラストが美しいモンゴルタイメン(Hucho Timen)だ。
ファット120をがっぷりと咥えているところを見ると、やはりスイッチが入っていると思われる。
・岩山の向こうとこちらでは、明暗にかなりの差がある。この明暗もタイメンの活性に影響を及ぼす一要因だっただろう。
メーターオーバーとはいかなかったが、出来るだけのことはやった。
最後の最後、番外編と言っても良いこのホグ川でのタイメンが、今釣行における最大であったことはいくらか皮肉めいていて複雑だが、荷物をほどいた甲斐はあった。
山中さん、永井さん、ヤギさんと男同士の握手を交わす。大きい小さいは時の運だヨ、皆さんの暖かい手がそう伝えてくれる。
岡田さんは間隙を縫い、私のタックルですでに釣っている。
・と、すぐにヒット!の声。
小型ながらしっかりとタイメンだ、今日も一日一善なのである。
機を見て敏な、この勘どころの良さも腕のうちなのだと教えられる。
その後、山中さん、永井さんもルアーロッドを振ってみると、何かしらの反応があったりする。上手くキャッチはできなかったが、釣りとはやはりタイミングが肝心と、またも思い知らされた。
最後に私も小型をもう一本掛けたが水面で外されたのを合わせ、完全な日没までわずか30分間ほどの騒ぎだったが、正直、望外であっただけに笑顔もこぼれる。
結果、今回の旅でも大変印象的なトラウトと出会うことが出来た。脱け殻だった私に、かろうじて魂が戻ってきた。
なんとか、ギリギリでトラウトたちの宴に間に合ったようだ。
終わりよければすべてよし、か。
・アジアンアルプスと、私は呼びたい。
・山中さん。たいへんお洒落な御方でもある。
モンゴルは変化の真っただ中にある。都市部だけでなく、悠久の大草原でも道路整備が少しずつだが確実に進み、たくさんの電柱や鉄塔をその大地に打ち立て始めている。
遊牧を捨てる人も多く、彼らはウランバートル周辺に集中する。だが彼らに新しい仕事はなかなか見つからない。
若者は伝統服を脱ぎすて、生活様式を一変させた。わが国もかつて辿ったその道なのか。
私といえば・・
真新しい鉄塔が等間隔で打ち立てられゆく大草原を、ただただ黙って通り過ぎるだけである。
モンゴルには、訪れる機会がきっとまたあることだろう。
それほどに、この国は魅力的なのである。
参考までに私のタックル
ロッド サンプルロッド含め、7.6f~10f
リール 5.000クラスに PE2~2.5号 リーダーはナイロン35lb~50lb
偏光サングラス TALEXイーズグリーン、アクションコパー
ルアー 主だったものは ZANMAI ファット120、ファット120MD(サンプル)、11.5cmMD、
ファット8.5cm、ファット8.5cmMD、13cmミノー、15cmミノー、18cmミノー各色