秋の日は時刻と共に傾き、黄や茶に染まる葉に黄金色の光を浴びせゆく。
青田淳は同期や後輩に囲まれながら、食事を済ませた店を後にするところだった。
全員分の食事代は彼が持った。
チヤホヤと彼を褒めそやす顔の無い人々の間で、淳は笑っていた。
皆はその足で、もう一度大学へと戻った。
夕方の講義に出るためだ。
傾いていく日に照らされながら、行列のようにぞろぞろと歩く。
つまらない、何も実のない話をしながら。
大学に戻り講義が始まると、満腹のせいか皆気怠げに授業を受けた。
しかし淳はいつも通りの集中力で、真面目に教授の話を聞き、ノートを取った。
大学生活が、徐々に幕を閉じていく。
講義が終わると、皆一様に淳を激励して行った。
インターン頑張れよと肩を叩かれ、淳は微笑んでそれに応える。
そして淳は一人、雪との待ち合わせ場所へと向かった。
外はすっかり夕焼けで、キャンパスは橙の陽射しをまとって長い影を作っていた。
通い慣れたキャンパスのこんな姿も、もう見納めであろう。
淳は待ち合わせ場所にて、腕を組み木に凭れて佇んでいた。
外に居ると色々な音が聴こえてくる。
学生達の話し声、カラスの鳴き声、車の行き交う音‥。
しかし次第に淳の周りには、静寂が広がっていく。
日が傾くにつれ冷えていく空気の中で、淳の耳には己が出す音しか届かなくなる。
無意識の内に淳は、一定のリズムで足をトントンと鳴らしていた。
それは疲弊や孤独を感じた時の、独特の彼の癖。
心の音に似ているもの。
その音を聞いている内に、彼の周りは住み慣れた暗闇になった。
馴染みあるその空間は、彼が彼らしく居られる場所。
今日一日はまさに、彼の学生生活の縮図のような一日だった。
通常通り大学に通う最後の日。
自分の唯一の理解者に慰められ、癒され、彼女の中に自分を埋めた。
ただ平和に、ただ静かに、淳は過ごしていたかった。
それが唯一の願いなのに。
周りにはいつだって、彼を貶めようと機会を狙う輩がひしめいている。
しかし常に彼らの考え方は凡庸で、その手口は粗末で、彼の想定内を出ることなく終わる。
馬鹿みたいに自分で自分の首を締めて。
恒常的で退屈な日々、募っていく倦怠感‥。
顔のない人々の中で、見せかけの笑顔を浮かべるだけの毎日。
それが彼の学生生活の全てだった。
キャンパスライフが終わるその日、四年間に渡って繰り返し積み上げてきた疲弊をなぞって、
彼はその虚しさを知る。
トン、トン、トン。
規則的で孤独な音がする。
彼はその一定のリズムに身を任せ、疲弊の中へと沈み込んでいく‥。
「先輩!」
不意に声を掛けられた淳は、ハッとして顔を上げた。
自己の奥深くまで入り込んでいた意識を引き戻し、声のする方を向く。
彼女は手を上げ微笑みながら、こちらへ駆け寄ってくるところだった。
息を切らせて淳の前に立った雪は、携帯の時刻を見て幾分慌てた。
終わってすぐ駆けつけたのに、と言って息を乱す。
そして雪は、彼の顔を見上げた。
「結構待ちました?」
息を切らせて、汗をかいて、彼女は今淳の目の前に居た。
その瞳は澄んでいた。いつも淳の周りを取り囲む連中が宿す打算のようなものは、一つも見えなかった。
先ほどの横山翔の脅し文句が、鼓膜の裏側に響く。
俺が貴様の本当の姿を、あいつに全部バラしてやる‥!
横山への対処はかねてからの想定通り完璧なものだったが、そこに雪が絡むと淳の目論みも綻んだ。
それは予測不可能の感情から派生した、自分の手には負えない未来だった。
漠然と広がっていく不安が、胸の中で膨らんでいた。
自分に背を向ける彼女の姿が、想像の中で何度も浮かんで消えた‥。
「いや、行こう」
だからこそ、今雪の目に不信が見えなかったことが、淳には嬉しかった。
彼女の笑顔を目にして、孤独に沈み疲弊に埋もれた、今までの自分が救われるような気持ちがした。
そして二人は連れ立って歩き出した。
通い慣れた大学の構内を、手をつないで。
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<疲弊の中で>でした。
淳の(通常どおり通う)キャンパスライフが終る日という感じですね。
先輩、おつかれさまでした!でも雪との問題はまだまだ残ってると思いますが‥^^;
そしてそんな日なのにぼんやり淳さん‥
次回は<厄介な不安要素>です。
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