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ヒマローグ

毎日の新聞記事からわが国の教育にまつわる思いを綴る。

押し付け可、押し付け不可

2025-07-04 08:32:05 | 我が国の教育行政と学校の抱える問題

「誤解」6月23日
 読者投稿欄に、神奈川県の高校生K氏の『作ってほしい「主権者教育」科目』と題された投稿が掲載されていました。その中でK氏は、『思想の押し付けと批判されるリスク』などの課題から、主権者教育の導入が進んでいないという見解を示し、『投票率を上げるために日本の教育界の人々には「主権者教育」の導入を真剣に考えてみてほしい』と訴えているのです。
 大変頼もしい若者です。ですが、一つだけ誤解していることがあります。それは、思想の押し付けと批判されるリスク、という考え方です。K氏だけではなく、国民の多くも誤解しているのではないか、と思われます。
 我が国の「主権者教育」においては、特定の思想を押し付けることは認められています。同様に、特定の思想を否定し排除することもまた認められているのです。我が国の学校教育は、民主的社会の形成者たる良き公民的資質を育成することを使命としています。
 つまり、民主主義、自由主義、法治主義、人権尊重などの価値観を、「押し付け」ることを「是」としているのです。また、独裁、個人崇拝、法を超える権力の存在、人種、宗教、性別等による差別などを否定し排除することも「是」としているのです。
 もっと分かりやすく言えば、中国や北朝鮮、ミャンマーのような体制を「悪」と判断できるようにするということです。もし、「習○○さんや金○○さんて、何でも自分でスパッと決めてすぐ実行する、カッコイイ」などという生徒がいれば、そのことの弊害について、いくつもの例を挙げ、生徒に話合わせ考えさせて、やっぱり独裁は良くないな、という結論に導く、そうしたやり方を積極的に認めているのです。
 教育には、どうしても「押し付け」や「強制」という側面、もっと強い言葉で言えば「洗脳」という側面が存在します。それは仕方のないことです。我が国の主権者教育は、民主を善、独裁を悪とする思想を押し付け、強制し、洗脳することを認めているのです。それは人類にとって普遍的な善であるという確信に基づいています。
 物価が上がって生活が苦しいという国民がいる、ではどうするか。給付金を配るという考えがあります。みんな一律に配るという考えと低所得者に限定して配るべきという考えに分かれます。そうではなく消費税を下げるという主張もあります。下げるのではなく廃止だという人もいれば、消費税は大切な福祉財源だから下げるのは食料品だけでいいという提案もあります。
 我が国の主権者教育では、この中のこれがいい、と押し付けることは禁止されています。それはK氏が懸念する思想の押し付けそのものだからです。ですからあくまで「考えさせる」止まりです。そして出した結論に正解はなく、視野の広さと論理性が評価されるだけです。
 押し付け批判にビクビクし、独裁や人権侵害、法の支配の逸脱を「そういう考え方もあるね」と容認するのは、我が国では主権者教育とは呼びません。

 

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