ゆきちゃん通信++日記++

自閉症の娘、由紀子の毎日を
母親(tomi)の目を通してお伝えします。

就学の記録 その8 就学相談 そして、結論

2016年03月09日 | 就学の記録
これは18年前、由紀子が保育園の年長さんの頃に
小学校入学に向けて私が行動した時の記録です。
あくまでも由紀子の母として
見たり、考え、感じたことを書いています。
その事をご理解の上お読みください!



学校見学と保育園の見学が終わって
8月20日に就学相談がありました。


その前日の日記が残っています。

・・・・・
8月19日(水)
明日は就学相談だ。
学校訪問の記録をお父さんと読み直しながら、
するべき事はやった!と確認し合って
明日は何を言われても結論を出さずにおこうと決めた。

・・・・・



読み返して、すごく緊張していたんだなぁ~と思います。(笑)
たぶん、いろんなところから情報を集めすぎて
就学相談で苦労した人の話をいっぱい聞いてしまったせいだと思います。


その頃、全国的にも
「障がい児も普通の教育を受ける権利がある!」
「障がいのある子どもも普通学級へ!」
という気運が高まっていた時代でした。

就学相談で普通学級は不適合とされた人が
闘って普通学級への入学を成し遂げととか
そんなニュースもありました!


でも、いざ出陣!という気合で迎えた
就学相談でしたが・・・・
記録です。

・・・・・・

就学相談1998年8月20日

回りから就学相談は大変だと聞いていたので、
その日が近づくにつれて落ち着かない気持ちだったが、
終わってみると何を記録すればいいのか分からないほど何もなかった。

知能テストを受けて、
精神科の先生の診察があって、
その後県教委の先生と市教委の先生の面接があった。

知能テスト(鈴木ビネー)は7月30日に児童相談所で受けて
結果をいただいていたのでその旨提出したのだが、
やはりもう1度と言うことで、今度は(田中ビネー)を受けた。
結果は教えてもらえなかったが、
結果は鈴木ビネーとあまり変わらないとだけいわれた。

生活面についても、
事前に私がまとめた文書を提出しておいたので、
精神科の先生の診察も5分ほどで終わってしまった。

知能テストと診察の結果を受けて
長崎市の養護学校の主事の先生の総評があった。

・ 知能テストを落ち着いて受けられた
・ 由紀子の中では理解できていることも表現ができにくい
・ 言葉での指示が分からない事がある
・ 選ぶことが上手
・ 愛されていることを実感できていることで情緒が落ち着いている。

など、いわれた。

県教委の先生に、
就学についてどう考えているかと聞かれ、
夫が「普通学級でなければとか、特殊学級が嫌とかというこだわりはありません。」
と答えると

「そうですか、
後は市の教育委員会とよく相談して
子どもさんが幸せになるように決めてください。」


といわれ、後は雑談だった。


その後、私たちの方から聞いておきたかったことを質問した。


問い
市教委と話し合いがこじれた時、最終的に決めるのは親なのか、市教委なのか?

答え

就学検討委員会の結果が優先されます。
でも、福江市はいろいろな事例をもっているので
親御さんの意思を無視したような結果が出ることはまずありません。

・・・・・・


何とも肩透かしな就学相談でした。(笑)

この場で、どこへ入学させるように指示されるのかと思っていましたが
この日の結果を就学検討委員会に持ち帰って
検討されるのだそうです。


その後、10月になって就学検診のハガキが来ました。

まだ、教育委員会からは何も言って来ていませんでしたが
入学の準備はそんなことに関係なくどんどん進んでいきました。

健康診断当日の日記です。

・・・・・
27日(火)
今日は就学前の健康診断だった。
由紀子はとてもがんばって辛抱強く順番を待ったり、
初めての場所にも嫌がらず、とてもおりこうさんでした。

でも、いく先々の検査の時に
「この子は自閉症なので、」といわなければならない場面があって
わたしは少し疲れてしまった。

視力検査の時は片目を押さえて答える事ができず両目でお願いした。

聴力検査は
「電子音か聞こえたらボタンを押して、
消えたらボタンをはずしてください。」
の説明に思わずため息が出てしまった。
無理だと説明しても一応させてくださいといわれ、
終わった後に
「測定不能と書いてくださっていいですよ。」というと
「聞こえていたようなので丸をしました。」と言われた。
何のための検査なのだろう?

他の検査も同じような感じだった。

廊下で他の子どもたちに混じって順番を待つ時、
何かが込み上げてきて涙が出そうになった。
ぐっと堪えながら、この先何度もある事!と自分に言い聞かせて帰ってきた。

・・・・・・

普通に検査を受けていく子供たちを見て
由紀子はやっぱり障がい児なのだと
再確認させられた日でした。

小学校生活の厳しさも、初めて実感しました。

その頃はまだ泣き虫だったのに
泣かずに帰ってきた自分に「えらかったね?!」と
声を掛けてやりたい気分です。(笑)


その後、11月になって
教育委員会から結果が出たので出向くように
連絡がありました。


11月27日に夫と二人で教育委員会に行きました。

就学検討委員会が出した結論は
「親が希望する所への入学を認める。」という事でした。

そして、「特殊学級への入学を希望します!」
と伝えて帰ってきました。


ここで私たち出した結論を書きたいと思います。


就学についての結論


就学先 F小学校特殊学級

 身辺の自立も出来ているし2年半の間、保育園で普通の子どもさんの中で生活してきた事を考えると、今まで通り普通学級の中でいろいろな刺激を受けながら生活した方がいいのかもしれないとも考えました。
 しかし、由紀子の自閉症が分かった時から夫と由紀子にとって必要なのは教育ではなく訓練だと話し合いながら育ててきた事もあって簡単に就学先を決める事が出来ませんでした。
そして徹底的に悩んで考えてみようと心を決めて就学問題に取り組みました。

まず、考え付く限りの教育機関の見学をしました。

 養護学校の小学部に関しては
親にとっても子にとっても安心できる場所だと思ったのですが、
教室の中に子ども同士の会話がない事など刺激が少ない事が気になりました。

 普通学級の中での自閉症児の様子も見せていただきましたが、
一見みんなに受け入れられて楽しそうでしたが、
みんなにお世話をされる姿に本当にこれでいいのかという疑問も大きく残りました。

 そんな中でF小学校の特殊学級の担任であるY先生との出会いがありました。
見学して回った中でたくさんの先生とお話しをさせていただきましたが、
Y先生との話は一番心に残り、納得できる事ばかりでした。

周りの自閉症児の親がみんな普通学級を選択して、がんばっている姿を見て
私も一緒の環境にいたいと思った時期もありました。
しかし、いつのまにか由紀子ではなく自分の気持ちを基準に
就学について考えていた事に気がつき原点に戻って考える事が出来ました。


そして以下の理由によって特殊学級への就学を決めました。


1.みんなに対する指示を自分への指示と受け止める事が出来ない。

保育園の見学で感じた事ですが、
個人的に指示してもらうとほとんどの事は自分で出来るのに、
黒板の前で先生が全員に対して出した指示に対して反応できません。
誰かが由紀子に対して1回1回指示し直さなければ行動が出来きない不安がある。

2.学習面での個人指導

ひらがなを読み始めた事で個人的な指導をしていただければ
まだ伸びるのではないかという期待もあります。

3.こだわりが強い

家庭にいる時にどうしても見る事の出来ないテレビや
耳を押さえなければならないような音楽などがある。
無理に聞かせたりするとパニックを起こしたり、
自分の頬を叩いたり手をかんだりといった自傷行為をする。

そのこだわりについても、
嫌いな物ではなく好きな番組や音楽に対して起こったりして
何を基準にしていいのか親にも理解できない状況が多々ある。


4.新しい場面が苦手で、知らない場所に行く事を極端に嫌がる。

不安な場面に連れて行くとおんぶを要求して安心できるまで地面に降りようとしない。
保育園ではこのようなこだわりはあまり見られないが、がまんしているのだと思う。
小学校に入ってすべてが新しい事に変わった時にそのがまんがかなりのストレスになる事が不安。

5.信頼できる人を頼りに上記のような事をクリアしていくタイプ

保育園では登園すると担任の先生がいるかどうか必死に探す様子が見られます。
保育園でいろいろな事を我慢できるのは
担任の先生との信頼関係があったればこそだと思います。
小学校での40分の1の担任とのかかわりでは由紀子の不安は取り除けない気がする。


この決断が本当に由紀子にとってベストなのかどうか分からないけれど、
今の時点で親としてできる限りの努力と判断をしたつもりです。

もしかしたら後悔する時があるかもしれない。
その時は、もう一度この資料を読み返して
新しい道を探って由紀子と歩き直したいと思います。
・・・・・・



記録は以上です。

よく頑張りました!!
あなたの判断は正解だったよ!!

と、その頃の私に言いたいと思います。
スゴイスゴイ (*´▽`V=人☆パチパチ


本当に何度も書きますが
これは18年も前の話です。(笑)

けっして、この記録を参考にして
就学を考えようなどとはしないでくださいね?!

この記録を読んで
就学の時にはこんなに頑張らなくてはならないのか?
と、思った人もいるかもしれませんが
それは違います。

私の周りには、就学の時に何も迷わなかったという人もいます。

そのまま普通に
普通学級・特殊学級・養護学校へ
入学をして、問題なく卒業をしています。


私がここに記録を残したのは
もしも、悩んでしまった時には納得のいくまで
自分の目で確かめて欲しいと思ったからです。

そして、私の記録を読んで


こんな感じ方があるのか・・・とか
逆に
そんな判断はおかしい!とか、

いろいろな事を考えて欲しいと思っています。



障害のある子はそれぞれの特性が違います。

だから、小学校のどこがその子の居場所なのか
それぞれ違うのは当然です。

しっかりと考えて結論を出してください。

そして、その判断の基準は、

子どもが幸せになれる場所!です。

これ、就学相談の時にいわれた言葉です。
o(〃^▽^〃)oあははっ♪




長い記録だったのに
最後まで読んでくださってありがとうございました。
m(_ _*)m

=END=
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就学の記録 その7 

2016年03月08日 | 就学の記録
これは18年前、由紀子が保育園の年長さんの頃に
小学校入学に向けて私が行動した時の記録です。
あくまでも由紀子の母として
見たり、考え、感じたことを書いています。
その事をご理解の上お読みください!



学校と保育園の見学の記録は終わりました。

現実を見て、迷いは深くなったような気がしていましたが
その迷いの気持ちは何も記録してありませんでした。

たぶん、悶々としていたと思うのですが・・・(笑)


でも、次に残っていた記録には
私の気持ちが決まる瞬間が残っていました。


・・・・・・

・療育センター先生

療育が終わって個人面談の時間に、
就学について先生の話を聞くチャンスがあった。

『由紀子ちゃんは療育の時など新しい遊具をとても怖がって、な
かなか誘いに乗ってきません。
とても新しい場面に弱い子どものように見えます。

普通学級に入った場合
40人と一緒に行動するとなれば納得できなくても、
無理に手を引かれて行く場面も多くなるでしょう。
その時にパニックを起こすのではないかと心配です。

由紀子ちゃんは一人の人を信頼して
その人を頼りに新しい事に挑戦していくようなタイプの子どものような気がします。
その意味からは特殊学級の方がいいのではないかと思います。

個人的には普通学級にいるために
いろいろな壁にぶつかって戦うような小学校生活よりも、
親子とも力を抜いてもっと楽な気持ちで学校生活を送った方が
いいのではないかと思う事がよくあります。』



<感想>
先生と話をするまで1年生の一学期ぐらいは
普通学級でやらせてみようと考えていた。

由紀子の可能性に賭けてみようと思っていたのだが、
入学してからの生活の場面を考えては不安で不安で、
胃が痛くなるような思いだった。

先生と話をして、はっきりと特殊学級をすすめられ、
私が不安に思っているところを突かれた時、
涙が止まらなくなってしまった。

残念とか、悔しいというのではなく
ホッとして安堵したというような涙だった。

自分では気が付かなかったが、
特殊学級の方が由紀子には合っていると思っていたのに
「由紀ちゃんは普通学級で大丈夫」
という回りの声に答えたくて普通学級にこだわっていたようだ。

今思えば、回りの自閉症児の親たちは普通学級でがんばっているのだから、
自分もがんばらなくてはいけないという気持ちが強かったような気がする。


・・・・


自分の本当の気持ちに気が付いた瞬間でした。

きっと誰かに背中を押してほしかったんでしょうねぇ~!(笑)




そしてこの日、
びっくりするような偶然が起こりました。

その年にF小学校の特殊学級を卒業して
養護学校へ自閉症の子どもさんを進学させるために
長崎へ転居された先輩お母さんと
長崎の街中で偶然逢ったのです。



・・・・


療育センターの訓練で長崎に行ったとき、
浜の町のアーケードの中で
Hくん(F小の卒業生)のおかあさんとバッタリ会った。

特殊学級の担任の先生について話を聞いた。


「昼休み時間に教室で1人きりでマットの上で丸くなって寝ている姿を見たときに
一瞬かわいそうと思ったが、今思うと、
自閉症のHにとってその時間はストレスを解消するのに、
とても大切だったような気がしている。

短期間でいろいろな事ができるようになったので、
訓練はきっと厳しかったのだろうと思う。

でも先生の事を嫌がったりはしなかったので、
優しさと厳しさを上手に使い分ける事のできる先生だと思う。」

それがH君のお母さんの答えだった。


・・・・・


立ち話で短い時間でしたが
特殊学級の事で気になっていたことを
聞くことができてよかったと思います。

昼休みの事は
先生は子どもを残して職員室へ行ってしまう!
と、聞いていたので
どうしてなのかと思っていたのです。

ちゃんと意味があることが分かって
ホッとしました。





そして・・・
8月になって就学相談がありました。
次回が最終回です。

就学相談と私の結論を書きます。


・・・つづく・・・
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就学の記録 その6 保育園の見学

2016年03月07日 | 就学の記録
これは18年前、由紀子が保育園の年長さんの頃に
小学校入学に向けて私が行動した時の記録です。
あくまでも由紀子の母として
見たり、考え、感じたことを書いています。
その事をご理解の上お読みください!


学校見学も一通り終わって
保育園の担任の先生に

見学をする前よりも
迷いが深くなってしまった~~!
o(;_ _)o

と、泣きついたら・・・(笑)


先生が
「お母さん!保育園でのゆきちゃんの様子を見に来ませんか?」
と、言ってくれました。

「ただし、教室の後ろに立って見ると
ゆきちゃんも子どもたちも普段通りではなくなるので
エプロンをつけて、保育園の仕事をしに来てください!」
d(ー.ー )


(  ・  _  ・  ;  )エッ?・・・はい!!



びっくりの条件付きの見学でしたが(笑)
この見学が、今までの中で
一番心に残る見学になりました。


・・・・・・・

1.由紀子の反応

朝、普通に保育園に由紀子を送り出してから
車を駐車場に入れて、園長室へご挨拶!

教室へ行くと由紀子は他の部屋の先生に挨拶に行っていていなかった。
待つ事15分。
由紀子が教室へ戻ってきた。
私が背中を向けて仕事をしていると近寄ってきて顔を覗き込んできた。

「おかあさん」

一言呟いて固まってしまった。

先生に「おしっこに行って早く着替えなさい。」
と声を掛けられトイレに行ってしまった。

戻ってきた由紀子のパンツは半分しか上がっていなくてお尻が見えていた。
直してやりたい気持ちをぐっと我慢して仕事を続けた。

ここで手を出したら今日1日私に頼ってくると思った。

先生やお友達に注意されて私に助けて欲しそうな顔をしていたが、
助けてもらえないと分かると自分で直し始めた。
それ以来由紀子は私に近づこうとはしなかった。

その後一人で体操服に着替え洋服をたたんで自分の戸棚に直していた。


2.朝のお祈り

名前のとおりカトリック系の保育園なので毎日お祈りがあります。

お当番の子どもたちが自分で考えたお祈りを言うのですが、
今日は由紀子の当番の日。

「きょうはくもりです。
あしたはいいてんきになりますように、おまもりください。」

由紀子が誰にも助けられずに
これだけの事を大きな声で言うのを見て感激してしまった。

みんなが言うのを聞いて覚えたのだろうが、
これは決められたセリフではなく由紀子の言葉だったと信じたい。


3.制作・・・七夕の飾りを作る。

乙姫と彦星の顔を折り紙を貼って作るのだが、
先生が「材料を取りに来なさい!」と言う声を聞いても由紀子は動かなかった。
みんなが先生のところに集まっていても黙って座っていた。
「由紀ちゃんも取りに来なさい!」
その声を聞いてやっと席を立つ。

その後も、先生がみんなに向かって指示を出しても
由紀子はそれが自分に向かっても言われていると理解できていないようだった。
先生やお友達がもう一声由紀子に掛けてくれなければ動かない。

個人的に指示してもらうとほとんどの事は自分でできていた。
小学校に入っても誰かに声を掛けてもらわなければ動けないだろうと思った。


4.自由時間

「できた人から順に好きな遊びをしていいですよ」の声にみんなが遊び始めた。
由紀子も作業を終わって机に座っていた。
「由紀ちゃんもシールをしたら?!」
と先生に声を掛けられて
棚から台紙とシールの箱を持ってきて机で何か始めた。

離れたところで仕事をしていたので良く見えなかったが
出来上がったのはちょうちょの絵だった。

シールを貼って色を塗って出来上がったものを
先生に持っていくと箱の中に入れてもらえる。
シールは、貼る枚数が決まっているようだった。
家ではシールを見ると全部貼らないと納まらない由紀子が、
ちゃんと決まりを守っていた。

その後、他の子どもたちは何人かで遊び始めたが
由紀子は教室の中をうろうろしながら、
みんなが遊んでいるのを見てニコニコしていた。
そばにいるだけで幸福そうな顔だった。


5.運動の時間

2人組みで競争する運動があったとき。
「好きな人と組んで」と言う先生の声に
誰も由紀子と組んでくれなかったらどうしようとドキドキしてしまったが、
男の子が「由紀ちゃん!」と駆け寄って手をつないでくれた。
良かったと思っていたら・・・
先生が「K君では由紀ちゃんを引張れないよ、Aちゃんお願い」
と言って相手を代えてしまった。


どうなるのかなと心配したが
代わった女の子も別に由紀子を嫌がる事もなく
すんなり競争が始まった。

もちろん由紀子の組がビリ!
でも、相手の女の子は平気な顔だった。

由紀子を受け入れてくれているクラスの子達に
感謝の気持ちでいっぱいになった。


6.給食当番

今日は由紀子たちが給食の準備もしなければならなかった。
先生が
「当番の人はエプロンをかけて、いらっしゃい!」
と声を掛けても由紀子は知らんぷり。
「由紀ちゃんもだよ!」の声でエプロンをかけに行く。

エプロンをかけるのに時間がかかって、
由紀子が先生のところに行くころには配膳が始まっていた。

先生がつぎ分けたお皿をみんなの所に持っていくのだが、
由紀子は適当に置いていく。
それを当たり前のように席についている子どもたちが並べ直してくれる。
「わたしのところがないよ!」とかいろいろな声が聞こえるが
誰も由紀子を責めたりはしていなかった。


7.給食

家では好き嫌いが多くて、なかなか食べてくれない由紀子が
保育園では皿につがれたものは全部食べてしまう。

でもやはり食べるのが遅くて、
もう少しでデザートを没収されるところだった。
クラスの中には由紀子よりも遅い子が2・3人いて
デザートのバナナを本当に没収されていた。



8.感想

保育園ではクラスの子にたくさん助けられているのだろうと思っていたのだが、
私が思ったほど助けはいらないようだった。
クラスの子どもたちは由紀子の事を特別な子としては扱ってはいなかった。

先生も
「もっと由紀ちゃんの事を助けてやればいいのに、
と思う事があるくらい普通に接しています。
でも、決して無視しているわけではなく
本当に困っているときはちゃんと誰かが助けているんですよ、
感心するほど自然です。」

と、おしゃるほどだった。


来年、一緒にF小学校に入学する子どもたちを
由紀子の回りに配置して下さって、
普通学級に入ったらこの子達が同じクラスになって助けてやれるように
今仕向けているところなのだといわれた。
先の事まで考えて下さる先生にいつも頭が上がらない。

このままずっと保育園にいられたらいいのにと、
また無理な事を考えて、ため息が出てしまった。

私が想像していたよりも由紀子はしっかりしていた。

自分の事はほとんど自分でできるし、
作業のときも教室の中をうろうろする事もなく、
ちゃんと席についていられる。

家での甘えん坊がうそのようだった。
 
でも、全体に向けての指示が自分の事として受け入れられない事も良く分かった。
小学校でも先生がもう一声掛けてくれなければ,ついては行けないだろう。

そして、家よりも無口な由紀子の姿が印象的だった。
きっと保育園では一生懸命がんばっているのだろう。

・・・・・・・

保育園の様子を見学させてもらって
本当によかったと思いました。

保育園には私の知らない由紀子の姿がありました。

もしも、見学をしていなければ
家庭での甘えん坊の由紀子の姿だけで
就学を判断してしまうところでした。

これならば普通学級でやっていけるかもしれない!
と、思ったのですが
全体への指示が、自分への指示だと分からなことも分かって
不安も残りました。

そして、一番びっくりしたのが
子どもたちの対応でした。

由紀子ができることには全く手を出さず
危ない場面では、側にいる子が
由紀子の手を握って止めてくれていました。

小学校で見た子どもたちとの関係とは
全然違うものでした。



でも、これは3年間一緒に過ごしたから
出来上がった関係なのだという事も
この時に解りました。



これで見学は全て終わりましたが
まだ心は揺れていました。


次回はいろんな人に就学について
相談をした時の話を書きます。


・・・つづく・・・
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就学の記録 その5 養護学校の見学、

2016年03月06日 | 就学の記録
これは18年前、由紀子が保育園の年長さんの頃に
小学校入学に向けて私が行動した時の記録です。
あくまでも由紀子の母として
見たり、考え、感じたことを書いています。
その事をご理解の上お読みください!



就学の記録もその5となりました。
長い!(笑)

でも、まだ続くんですよ!!
(*^m^*) ムフッ

興味が無い方は飛ばしてくださいね!

でも、通常の日記も書いているので
そちらは読んでいただけると嬉しいです。

m(_ _*)mおねがいします



当時は五島列島の福江島に住んでいたので
地元には養護学校はありません。

養護学校は海の向こうです。


長崎市の養護学校には寄宿舎が無かったので
五島からの選択肢は
寄宿舎のある大村市の養護学校しかありませんでした。

大村市・・・現在私たちが住んでいるところです。
そして、見学をした養護学校は数年後に建て替えられて
名前も変わりました。
そして、由紀子は中学部からその学校に通いました。

見学に行ったのは
6月の初めでした。

・・・・・・・
福江を7:50分のジェットフォイで出て
K養護学校についたのは11:00だった。

迎えて下さったのは主事の先生。
先生に最初に案内していただいたのは体育館だった。
ちょうどお遊びの時間で、
この時間に私が間に合わなかったらどうしようと思っていたといわれていた。


1.体育館

体育館の中にはとてつもなく大きな滑り台と、
天井から下げられたブランコなど
見た事もないような大きな遊具が作られていた。

いろいろな障害をもった子どもたちが先生たちとその遊具で遊んでいた。


ダウン症の女の子がブランコに乗っていたが、
バレーボールのコートの端から端まで揺れるブランコを
怖がる事もなくニコニコしながら乗っていた。

大きな滑り台も体育館の天井にとどきそうな高さで、
幅も3メートルはあったと思う。

長崎大学の土田先生が感覚統合でかかわっていらしゃる事は
以前から聞いていたけれど、さすがにすごいと思った。

子どもたちの楽しそうな声とニコニコした顔がとても印象的だった。
普通の小学校にはないのびのびとした時間があった。
本当に楽しそうだった。


2.教室

学校の中は高等部などがプレハブで建っていたりして、
なんとなく狭く、ごちゃごちゃした感じがした。
そして、普通の学校に比べるとなんとなくこじんまりとした教室が並んでいた。


1年生の教室には6人の子どもたちが居た。

いろいろなところから集まってきた子どもたちを
1人ずつ紹介してもらったが、その中に福江から来たT君もいた。

彼とは時々バス停などで顔を合わせていたけれど
いつも泣いていたし、
お母さんもなんだか疲れたような顔をしていて、
とても声をかけられるようなムードではなかった。


その彼がここではニコニコと、とてもいい顔をしていた。
最初、分からなかったくらいだ。

「お友達できた?」と声を掛けたら
「うん」と返事をしたのが印象的だった。

寄宿舎入っているのでかわいそうだと思ったが、
あの笑顔なのだからきっと
先生方に可愛がってもらっているのだろうと思った。


1年生の教室で行われていたのは「身辺自立」の訓練だった。
洋服の着替えやトイレなど……、マンツーマンで練習していた。

「身辺の自立ができている子が入ったらどうなりますか?」と質問したら

「個人個人の能力に合わせたカリキュラムを組んでやっているので
それは心配ありません」との答えだった。
ここは個人の能力を伸ばすための学校なのだとあらためて思った。


ただ、教室の中に子どもの声がない事がとても気になった。
言葉を持たない子どもが多いせいなのだが、
由紀子がここに来たとしたらあまりにも刺激がなさ過ぎると思った。

授業時間が終わったとき教室から女の子が出てきて
「ダッコ」と手を出してきた。
抱き上げると首に手を回してギュッと抱きついてくる。
お母さんを思い出したのだろうか?
私は由紀子の事を思い出していた。


3.寄宿舎

五島からという事で寄宿舎も見せてもらった。

私は寄宿舎に入れてまで養護学校にやる気はなかったが、
参考のために見せていただく事にした。

8畳ほどの部屋に5・6人の子どもたちが入っているそうだ。
縦割りで、いろいろな年の子どもたちが同じ部屋になるらしい。

とてもきれいに片づけられた部屋だった。
おもちゃ1つなくて、たんすも作りつけなので四角い部屋に何もない。

これを見たときに急に胸が苦しくなるような、悲しい気持ちになった。


由紀子の現在の生活は好きな本やおもちゃに囲まれ、
散らかしもするがいろいろなものにふれて生活している。
ここの子どもたちは何もないこの部屋で何をして過ごしているのだろう。

もちろんテレビを見る部屋や、遊戯室は別にあるのだが、
私には由紀子をここで生活させる勇気はないと思った。


1年生の子どもがここに一人置いていかれたときの、
慣れるまでの気持ちを思ったら泣き出したいような衝動にかられた。


一通り見せてもらったところに中等部の子どもたちが合宿訓練から帰ってきた。

主事の先生を見つけると数人の子どもたちが駆け寄ってきて
「先生○○君は?」と話しはじめた。

障害があるのだろうかと思うくらいしっかりした口調で話す子どもたちだった。
中学部なると、会話のできる子どもたちも養護学校に入ってくるようだ。


4.感想

主事の先生はとても親切な先生で長い時間ずっと私について案内をして下さった。
そして就学の事について熱心に相談に乗って下さった。

普通学級の中でやっていくとしたら
40分の1しか手を掛けてもらえない事を覚悟しなければならない事。

特殊学級に入ったとしても
先生の考え方がしっかりしていなければ
お守りをしてもらうだけの生活になりかねない事。

どこを選んだとしても先生の意欲によるものが大きい。


分かっていた事だけど現場の先生にあらためて言われると
また考え込んでしまう。


養護学校に入れれば安心できるのかもしれないと思った。
でも、由紀子にとっては小学部の生活はあまりにも刺激がないと思った。

由紀子は耳からの刺激が良く入る子どもなので、
教室の中に子どもたちの会話がないのは困ると思ったし、
由紀子のためのカリキュラムを組んでいただいたとしても
回りの子どもたちとの関わりを考えると物足りだろうと思った。

でも、中学部の様子を見ると会話もあるし、
子どもたちもしっかりしていて活気があるように見えた。
できるなら中学校は養護学校にやりたいと思いながら帰ってきた。

もちろん私たちも転勤してついていくつもりです。
そして最終目標は養護学校の高等部だと思った。

・・・・・・


私が見学に行く数年前に高等部が新設されて
運動場に仮校舎を建てていたので
学校はかなり手狭な感じでした。

見学をした5年後に現在の場所に建て替えられて
県下で一番大きな養護学校(特別支援学校)となりました。

寄宿舎も建て替えられて
比べ物にならないほど明るくてきれいな場所に変わりました。


寄宿舎への感想については
いま読み返してみて

部屋を見ただけでは何が分かったの?!

と、自分に突っ込みを入れたくなります。(笑)

由紀子を手元から離したくないと言う気持ちが
全てを否定していたような気がします。
でも、その当時の正直な気持ちなので
そのままここに書きました。



養護学校の小学部の先生方は
全員が障がい児教育の専門家ばかりなので
すごく頼りになる感じがしました。

体育館の遊具では
先生方が子どもたちと一緒に身体を動かして
遊んでくれるので
子どもたちがすごく楽しそうで
笑顔がいっぱいだったのが印象的でした。


一番参考になったのは主事の先生の
普通学級と特殊学級についての言葉でした。

学校見学でなんとなく感じていたことを
はっきりと指摘されて
迷いは本当に強くなりました。

でも、この学校の見学をして
由紀子を中学部から養護学校へやろうという
気持ちが芽生えて
結果的にはその通りになりました。


・・・つづく・・・
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就学の記録 その4 学校見学2日目

2016年03月04日 | 就学の記録
これは18年前、由紀子が保育園の年長さんの頃に
小学校入学に向けて私が行動した時の記録です。
あくまでも由紀子の母として
見たり、考え、感じたことを書いています。
その事をご理解の上お読みください!



前日と同じ2年生の普通学級を
見学させていただきました。

・・・・
見学2日目。

学校に行くとK君のクラスの子どもたちは運動場にいた。
K君の姿を探しているとクラスの子が
「おばちゃん、また来たと?」と集まってきた。
「K君は?」と聞くと、わいわいと居場所を教えてくれた。
K君はタイヤの所で遊んでいた。
私の姿を見た女の子たちが急にK君のそばに行き、
手を引いて階段の所に座って遊び始めた。
ちらちらと私の方を見る女の子たちの姿が気になる。
「私はK君に優しくしているよ」そう言いたげな目。
私はそこを離れて教室へ行った。

 
算数の時間。
K君は小さな黒板をもらって好きなことを書きながら授業を受けていた。
授業の流れに中で、数字を書くところでは、
K君が前に出て1から10まで黒板に書いていた。
上手に数字が書けていた。
みんなに誉めてもらってご機嫌だった。

相変わらずお世話係の子は自分のこととK君のことで忙しそう。
さっき見た他の女の子たちの視線のことを思い出して、
私が居るからこんなに世話をやくのだろうか・・・・?
それともいつものことだろうか・・?

素直にみんながK君に優しくしてくれているとおもえない自分が少し嫌になる。

・・・・・



私は周りの子どもたちの様子が
気になって仕方がありませんでした。

あの時は、子どもたちに問題があるように感じたのですが
あれは仕方がない事だったと今は思っています。

障害のある人には優しくしましょう!
手を貸してあげましょう!

大人は子どもたちにそう教えますよね?!

でも、その優しさというのが
どういう行為なのかという事は
教えないことが多いです。

大人も障害者に慣れていないと
優しさの意味なんて考えないし、
接し方も分からないと思うんです。


だから、子どもたちは
お世話をすることが優しさだと思ってしまいます。

障害のある人のお世話をすることは美徳であって
優しくお世話ができる人がいい人!


大人がそう評価する事を感じ取っているんです。

特に、私がK君の様子を見に来ているのですから
子どもたちが張り切るのは仕方がなかったと思います。


でも・・・

本当の優しさとは
お世話をすることではなく
仲間として見守り、困っている時に
手を差し伸べてあげることなのだと


私は、その後
由紀子の周りの子どもたちに
教えてもらいました。

障害のある子と一緒に教室にいることで
子どもたちはちゃんと接し方を学習するんです。

子どもって本当にすごいと思います。




この日の見学では
別の子どもさんの事で
考えさせられる場面を見ました。

・・・・
K君は授業の邪魔をすることはほとんどなかった。
おとなしく席についていた。

K君は静かだったが、
その代わりに多動と思われる男の子が一人そのクラスに居た。

「T君」・・・多動で、授業に集中できず、
回りの子どもたちにちょっかいを出しては反撃を食らって泣き出す。
先生は「嘘泣きはやめなさい!」と叱る。

すると攻撃的な言葉を口にする。
「ころすぞ!」「しね!」
2年生の子どもが口にするのかと思うような言葉を繰り返していた。

K君のように特別な課題を与えられることもなく
退屈そうに時間をつぶしていた。

「注意欠乏多動症候群」(ADHD)


最近テレビで見た障害なのかもしれない思った。
先生もどうしたらいいのか悩んでいらっしゃると言われた。
K君よりもついつい目がそちらに向いてしまう。

・・・・・




次は体育の時間を見学しました。

・・・・・
K君のお母さんに聞いたら体育が一番うまくいっていると言われていました。

体育の時間は途中、女の子と男の子が分けて班になったりするので
お世話係の女の子と離れたときの姿が見られた。

少し戸惑ったような感じもしたが、
それなりにみんなの中で体を動かしてがんばっていた。

「2人組に分かれて」と先生が言ったとき
私の方がドキドキしてしまった。
誰もK君に声をかけなかったらどうするだろう・・・・

しばらくはだれもK君と組もうとしなかった。
でも、1人の男の子が組む相手を見つけられなくてうろうろした後
「K君でもいいか」とつぶやいてK君の手を取った。

よかった!と思ってみていると
向こうの方からT君が

「こんなのばかばかしくてやっていられるか!!」

と怒鳴りながらやってきた。
誰も組んでくれなかったらしい。

かわいそうに思っていたら先生がやってきて、
「先生と組もう」と言ってつれていった。
一安心だが、やはり彼の事が気になって仕方がなかった。



お母さんが言われるように
国語の時間よりも算数の時間よりも
体育の時間がK君は楽しそうだった。
・・・・・・



T君の事は、前の見学では全然気づかなかったので
前日は欠席だったのかもしれません。


「注意欠乏多動症候群」(ADHD)
今でこそ知られていますが
その頃は、私も初めてテレビで知ったくらいの時代です。

もしかしたらT君は
発達に問題があったのかもしれませんが
検査などは受けていなかったと思います。


自閉症という障害名が付いているK君は
出来ないことがあっても許されるのに

T君は普通の子どもと同じ行動を要求され
違う行動をとると、仲間外れにされてしまう。

彼の暴言は理解されないことで起きた
二次障害だったのかもしれないと思いました。


あっ!
T君のことを発達障害だと
決めつけた書き方をしてしまいましたが
本当はどうだったのか・・・
解りません!!
(;^_^A アセアセ・・・




2日間の見学を終わっての感想です。

・・・・
※感想

普通学級でうまくやっていけるかどうかは
特殊学級と同じで担任の先生の力が大きいと思った。
それとクラスの子どもたち……。

K君は普通学級にいる事にストレスは感じていないよう見えた。
回りの子どもたちに支えてもらって毎日を送っている。
今の由紀子の保育園生活と同じだ。
でも、保育園と違うのは授業があるという事。
授業中の45分という時間の長さが私を不安にさせる。

無難に過ごせる事で満足していいのだろうか、
もっと有意義な時間があるのではないか……。
由紀子に必要なのは、勉強よりも訓練と、ずっと思ってきた。
普通学級では訓練を受けられない。

でも、お友達から受ける刺激の事を考えると
クラスの仲間という意識は、
ずっと同じ教室に居る事で育っていくような気もする。

先輩ママ友たちが、普通学級にこだわるのはなぜだろう。

普通学級には私が見た事以外にもっと大切な何かがあるのだろうか。

見学に行く前よりも迷いは大きくなったような気がする。

・・・・・・





普通学級の担任の先生はベテランの先生でしたが
これが若い先生だったらどうだったのだろう?

あの頃、それを心配していたのですが・・・・

由紀子が小学校に入ってから解りましたが
普通学級に障がい児を入れるときは
学年主任とかベテランの先生が担任をしていました。

当たり前のことですが
学校もちゃんと考えてくれます!(笑)


18年前には障害児と言えば
身体障害・知的障害・自閉症・ダウン症
それくらいの区別しかありませんでした。
「発達障害」その言葉がチラホラと聞かれるようになった
そんな時代でした。


今は発達障害への理解も進みつつあるので
学校での対応はもっとよくなっていると思います。



まだまだ記録は残っています。
私って、記録魔なんだと、再確認です!(笑)

・・・つづく・・・
コメント (4)
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