これは由紀子が一年生になったのをきっかけに
お世話になった方たちに郵送していた新聞です。
それを日記風にアップしました。
もともとの新聞としてPDFで見ることもできます。
2013 年 12月 10日発行
ゆきちゃん通信 No31 最終号
いつもお騒がせばかりの我が家で、
なかなか平和な時間が続いてくれません。
最終号の予告をしておきながら、
今回も年末まで通信を作ることができませんでした。
やっとまた穏やかな日々が戻って来た今がチャンス!
さぁ、いよいよ最終号です。20歳の由紀子の今をお届けします。
成人式
。
ついに由紀子も20歳になりました。
この写真は由紀子が通っているデイサービスNが
成人式をしてくださった時のものです。
サプライズでドレスまで用意してくださいました。
当日まで知らなかった母は、感激で泣きそうでした。
由紀子も笑顔が満開です。
20年間、いろいろなことがありましたが、
いつもこの笑顔にすくわれてきました。
これからもこの笑顔を大事に守っていきたいと思います。
仕 事
そして給料
大人になった由紀子は、
デイサービスの活動の一貫として、
お弁当配達の仕事をするようになりました。
体調や機嫌の様子を見ながら少しずつ仕事をさせてもらっています。
そして、毎月少しですがお給料もいただけるようになりました。
初給料をもらった時の由紀子の誇らしげな顔を見たとき、
そんな気持ちが由紀子の中にもあったのかと本当にびっくりしました。
つい最近まで私は由紀子が働くなど考えたこともありませんでした。
ましてや眼を患った由紀子には無理だろうと決めつけていました。
でも、この写真を見せてもらって、
重いお弁当を「よいしょ!よいしょ!」と言いながら運んでいると聞いて、
私は自分が恥ずかしくなりました。
人が生きるということは、愛されるだけではなく、
誰かの役に立って、それを認めてもらえることも必要なのだと、
今さら気が付いた母なのでした。
頑張れ由紀子!!
お父さんの手術
今年の5月、由紀子の父親が心臓のバイパス手術を受けました。
突然のことで本人も家族もぼう然としてしまいました。
でも、我が家にはこんな事が普通におきます。
本当に普通に暮らしていて
突然その日がやって来るんです。
去年の5月は由紀子の眼の手術でした。
2年連続の手術!
よくこんなに災難が続くものだと家族全員あきれています。
10時間以上かかる大きな手術でしたが、
おかげさまで無事に終わって現在はとても元気に過ごしています。
我が家はみんなすれすれのところでセーフ!
結果オーライということでしょうか?
由紀子に父親の手術の説明をしたとき、
彼女は笑顔で言いました。
「お父さんも手術をするんだって!」o(*^▽^*)o
事の重大さは理解できませんが、
お父さんも自分と同じだとうれしかったようです。(笑)
おかげで父親も
「由紀子も頑張ったんだから、
お父さんもがんばらなければな?!」
と、手術に挑むことができました。
今回も由紀子の笑顔にすくわれた我が家です。
現在の由紀子の様子
去年、眼が不自由になって
たくさんの楽しみを失ってしまった由紀子ですが、
視覚障害者手帳を取得して
拡大鏡を購入する為の補助をいただき、
大好きなスーパー戦隊の本をまた読めるようになりました。
パソコンも知り合いのシステム会社に相談をして
由紀子の眼に合わせたものを作ることで、
以前と同じように自分で操作して楽しめるようになりました。
毎日CMなどの動画のチェックに忙しそうです。(笑)
施設にも今は週に4回通えるようになって、
また仲間と一緒にいろんな活動ができるようになりました。
大好きなドライブにもいっぱい連れて行ってもらってとても楽しそうです。
施設に行かない日もヘルパーさんと過ごしたり、
プールへ通ったり、音楽療法に出かけたりと
充実した毎日が送れるようになりました。
またどん底から這い上がって来たぞ!・・・そんな感じです。(笑)
まだ、パニックや自傷行為など問題の多い事も事実ですが・・・
どん底を経験した身としては、
あの時に比べれば
今はその事だけ悩んでいればいい!
と思える母です。(笑)
編集後記
ついに最終号です。
小学校の入学を記念して発行し始めた通信でした。
それが、気が付けば十三年間、三十一号まで続いてしまいました。
支援をしてくださる方々に、
少しでも由紀子の事を理解していただきたい。
そして、お別れした大切な方々とずっとつながっていたい。
そんな思いで書き続けてきました。
その思いは今でも同じです。
でも、由紀子が幼かった頃は
成長していく姿を楽しく書けばよかったのですが、
大人になるにつれ、辛いことを書くことが多くなりました。
そんな通信を書くのがつらくなり、
こんな由紀子の様子を皆さんにお届けすることがいいのかどうか…
私の中に迷いが出てきてしまいました。
いろいろ悩んだのですが、二十歳を節目に、
この通信を終わらせることにしました。
今回の通信には三歳から二十歳までの写真を並べてみました。
お世話になった当時の顔を思い出していただけたでしょうか?
写真を選んでいるとお世話になった皆さんの顔もそこにあって、
思い出がいっぱいよみがえってきました。
たくさんの人に支えていただいて今の由紀子があります。
障害があっても一度もいじめられたりすることはありませんでした。
おかげさまで、由紀子はいつも笑顔でした。
「私の仕事はその笑顔を守ることです」
と書き続けてきましたが、
守ってくれたのはみなさんでしたね。
これからは、親亡き後のことを視野に入れて、
由紀子の支援を頑張っていきます。
毎日の様子は日記としてブログに書き綴っていきます。
よかったら、時々様子を見に来てやってください。
自他ともに認める親ばか通信を長い間読んでいただき、
本当にありがとうございました。
由紀子誕生
平成5年2月10日
体重 2330g
愛されるために生まれてきた我が家の宝物です。
生まれてきてくれてありがとう!
=END=
お世話になった方たちに郵送していた新聞です。
それを日記風にアップしました。
もともとの新聞としてPDFで見ることもできます。
2013 年 12月 10日発行
ゆきちゃん通信 No31 最終号
いつもお騒がせばかりの我が家で、
なかなか平和な時間が続いてくれません。
最終号の予告をしておきながら、
今回も年末まで通信を作ることができませんでした。
やっとまた穏やかな日々が戻って来た今がチャンス!
さぁ、いよいよ最終号です。20歳の由紀子の今をお届けします。
成人式
。
ついに由紀子も20歳になりました。
この写真は由紀子が通っているデイサービスNが
成人式をしてくださった時のものです。
サプライズでドレスまで用意してくださいました。
当日まで知らなかった母は、感激で泣きそうでした。
由紀子も笑顔が満開です。
20年間、いろいろなことがありましたが、
いつもこの笑顔にすくわれてきました。
これからもこの笑顔を大事に守っていきたいと思います。
仕 事
そして給料
大人になった由紀子は、
デイサービスの活動の一貫として、
お弁当配達の仕事をするようになりました。
体調や機嫌の様子を見ながら少しずつ仕事をさせてもらっています。
そして、毎月少しですがお給料もいただけるようになりました。
初給料をもらった時の由紀子の誇らしげな顔を見たとき、
そんな気持ちが由紀子の中にもあったのかと本当にびっくりしました。
つい最近まで私は由紀子が働くなど考えたこともありませんでした。
ましてや眼を患った由紀子には無理だろうと決めつけていました。
でも、この写真を見せてもらって、
重いお弁当を「よいしょ!よいしょ!」と言いながら運んでいると聞いて、
私は自分が恥ずかしくなりました。
人が生きるということは、愛されるだけではなく、
誰かの役に立って、それを認めてもらえることも必要なのだと、
今さら気が付いた母なのでした。
頑張れ由紀子!!
お父さんの手術
今年の5月、由紀子の父親が心臓のバイパス手術を受けました。
突然のことで本人も家族もぼう然としてしまいました。
でも、我が家にはこんな事が普通におきます。
本当に普通に暮らしていて
突然その日がやって来るんです。
去年の5月は由紀子の眼の手術でした。
2年連続の手術!
よくこんなに災難が続くものだと家族全員あきれています。
10時間以上かかる大きな手術でしたが、
おかげさまで無事に終わって現在はとても元気に過ごしています。
我が家はみんなすれすれのところでセーフ!
結果オーライということでしょうか?
由紀子に父親の手術の説明をしたとき、
彼女は笑顔で言いました。
「お父さんも手術をするんだって!」o(*^▽^*)o
事の重大さは理解できませんが、
お父さんも自分と同じだとうれしかったようです。(笑)
おかげで父親も
「由紀子も頑張ったんだから、
お父さんもがんばらなければな?!」
と、手術に挑むことができました。
今回も由紀子の笑顔にすくわれた我が家です。
現在の由紀子の様子
去年、眼が不自由になって
たくさんの楽しみを失ってしまった由紀子ですが、
視覚障害者手帳を取得して
拡大鏡を購入する為の補助をいただき、
大好きなスーパー戦隊の本をまた読めるようになりました。
パソコンも知り合いのシステム会社に相談をして
由紀子の眼に合わせたものを作ることで、
以前と同じように自分で操作して楽しめるようになりました。
毎日CMなどの動画のチェックに忙しそうです。(笑)
施設にも今は週に4回通えるようになって、
また仲間と一緒にいろんな活動ができるようになりました。
大好きなドライブにもいっぱい連れて行ってもらってとても楽しそうです。
施設に行かない日もヘルパーさんと過ごしたり、
プールへ通ったり、音楽療法に出かけたりと
充実した毎日が送れるようになりました。
またどん底から這い上がって来たぞ!・・・そんな感じです。(笑)
まだ、パニックや自傷行為など問題の多い事も事実ですが・・・
どん底を経験した身としては、
あの時に比べれば
今はその事だけ悩んでいればいい!
と思える母です。(笑)
編集後記
ついに最終号です。
小学校の入学を記念して発行し始めた通信でした。
それが、気が付けば十三年間、三十一号まで続いてしまいました。
支援をしてくださる方々に、
少しでも由紀子の事を理解していただきたい。
そして、お別れした大切な方々とずっとつながっていたい。
そんな思いで書き続けてきました。
その思いは今でも同じです。
でも、由紀子が幼かった頃は
成長していく姿を楽しく書けばよかったのですが、
大人になるにつれ、辛いことを書くことが多くなりました。
そんな通信を書くのがつらくなり、
こんな由紀子の様子を皆さんにお届けすることがいいのかどうか…
私の中に迷いが出てきてしまいました。
いろいろ悩んだのですが、二十歳を節目に、
この通信を終わらせることにしました。
今回の通信には三歳から二十歳までの写真を並べてみました。
お世話になった当時の顔を思い出していただけたでしょうか?
写真を選んでいるとお世話になった皆さんの顔もそこにあって、
思い出がいっぱいよみがえってきました。
たくさんの人に支えていただいて今の由紀子があります。
障害があっても一度もいじめられたりすることはありませんでした。
おかげさまで、由紀子はいつも笑顔でした。
「私の仕事はその笑顔を守ることです」
と書き続けてきましたが、
守ってくれたのはみなさんでしたね。
これからは、親亡き後のことを視野に入れて、
由紀子の支援を頑張っていきます。
毎日の様子は日記としてブログに書き綴っていきます。
よかったら、時々様子を見に来てやってください。
自他ともに認める親ばか通信を長い間読んでいただき、
本当にありがとうございました。
由紀子誕生
平成5年2月10日
体重 2330g
愛されるために生まれてきた我が家の宝物です。
生まれてきてくれてありがとう!
=END=