ひまわりの種

毎日の診療や暮しの中で感じたことを、思いつくまま書いていきます。
不定期更新、ご容赦下さい。

・・・のに

2011年11月25日 | 日々のつぶやき

またまた、意味不明のタイトルだけど・・・。

「・・・のに」の「・・・」には、いろんな言葉が当てはまる。

  頑張ってるのに・・・・。

  ちゃんとやってたのに・・・。

  だから言ったのに・・・。

予想や希望が現実と異なるとき、思い通りでなかったとき、人は落胆する。

そこから先が、大事なんだと、思う。

思い通りでなかったことを、誰かのせいにすれば、軋轢を生じる。

自分だけのせいにすれば、心がつらくなる。

どちらにしても、いいことは、ない。

ならば、だれのせいにも、自分のせいにも、しないことだ。

わたしは、わたしの、できることを、心をこめて、やればいい。

 _______________________________

ちょっと一息

http://www.youtube.com/watch?v=W3wq7ejawIA&feature=related

  Waltz for Debby(Bill Evans)

 

 


恩師の言葉

2011年11月14日 | 医療
「病気を治しても、心に傷を残すような治療をしてはいけません」
   は治っても

お世話になった教授の、退官前の最終講義の時の言葉だ。

外来の患者さんをこなすことに忙殺され、へとへとになった時に、ふと思い出す。
あぁ、今日わたしは、あのお母さんに、もっと丁寧に話を聴いてあげればよかった・・・。
しきりに反省するのだけれど、また、同じことを繰り返してしまうことがある。

「内科診断学」を常に手元に置いて、基本に立ち返りなさい、というのも、教授がよくおっしゃっていたことだ。
わたしも教えを守って、外来の机のそばに「内科診断学」を置いてはいるが、
実はじっくり読み返したことが、あまりない・・・・。
まったくもって、不肖の弟子だ。

でも、冒頭の言葉は、折りに付け、思い出す。

母校でお世話になった恩師たちの、

「(目の前の患者さんが)自分の子ども、家族だったら、どうするか・・・。」
「(今は無駄だと思えることも)教科書の一行になるのです。」

という言葉とともに、わたしの座右の銘ともいえるものとなっている。
いつもいつも守れている自信はないのだけれど、守ろうと思いながら、診療をしている。

教授はわたしの夜更かしもよくご存知で、メーリングリストの投稿時間が遅いと、たびたび叱られた。
医師は健康が第一! 早く寝なさい! ・・・と。(^_^;)
「早寝、早起き、朝ご飯」
と子どもやお母さんたちに説くべきわたしは、その逆の生活をしている。
まったく、困ったものだ・・・。

(先生、ごめんなさい、わたしは今日も、夜更かしをしてしまいました・・・σ(^◇^;) )



 _____________________________________________
 追記:(11月16日)
  ご本人である恩師から、メールをいただいた。
  (わたしのブログを時々読んで下さっているらしい・・・。ひえぇ・・っっ)

   一つ、お願いがあります。
   それは、先生のブログの冒頭の記載文です。
   ブログには、
  「病気を治しても、心に傷を残すような治療をしてはいけません」
   ・・・とありますが、
   「病気」は自然に「治るもの」でして、「治すもの」ではないと
   私は、常々、考えております。
   つきましては、
   「病気を治しても、・・・」を「病気は治っても、・・・」に
   修正していただければ幸甚に存じます。


  嗚呼・・・。
  なんということ!!!
  本当に、教授のご指摘のとおりである。
  日本語はむつかしい。
  しかし、この「て・に・を・は」を間違えれば、大きく意味が異なってしまう。

  実は、この記事を書いたきっかけは、過去の日記帳だった。
  「10年日記」というのを書いていたことがあって(もちろん、早々に頓挫している)
  いつかこの言葉を書こうと思いながら、いつ聴いたのだったか思い出せないでいた。
  ほとんど真っ白の分厚い10年日記帳を処分しようかどうしようか迷っていて、
  でも捨てる決心がつかずページをめくっていたら、最終講義を聴いた日のことが書いてあったのだ。
  そこには、「病気は治っても・・・」と、聴いたとおりの言葉をわたし自身が書いていた。

  なのに、この記事には「治しても・・・」と書いてしまった。

  わたしたちは、実は「治る」お手伝いをしているに過ぎない、と以前の記事にも書いたことがある。
  それなのに、このような表現をしてしまったのは、
  わたしの気持ちのなかに、無意識の「奢り」があったのかもしれない。
  反省だ・・・・。

  先生、またしても、ありがとうございます。m(__)m
  
  

復活した浅田真央ちゃん

2011年11月13日 | 日々のつぶやき
フィギュアスケートのNHK杯が札幌で開催された。
男子・女子ともに、シングルは日本人選手が1位・2位を占めた。
高橋大輔、小塚 崇彦、鈴木 明子、各選手ともに、素晴らしい演技だったと思う。
(・・・って、わたしがフィギュアスケートに詳しい訳じゃないんだけど・・・)

そして日本中が注目する浅田真央ちゃん、
残念ながら優勝は逃したけれど、フリーの演技が終わった後の彼女の満足そうにうなずきながらの笑顔、
本当に久しぶりに拝見した。
http://www.youtube.com/watch?v=lK6F8JN_kWQ&feature=player_embedded

きっと彼女は、子どもの頃から、スケートは「練習さえ積めばできた」のだと思う。
年齢制限にひっかかり、トリノオリンピックの出場は叶わなかったが、その時のインタビューで、
「今はダメでも、バンクーバーがありますから」と無邪気に答えていたのを、覚えている。
そしてその頃、真央ちゃんがバンクーバーオリンピックに出場すれば、ほぼ間違いなく金メダルだろう、
と、ほとんどの日本人(スケートの専門家の方々は別として)は思っていたのではなかろうか。

でも、現実は、そうではなかった。

バンクーバーで真央ちゃんが流した涙の映像は、記憶に新しい。
同じ銀メダルなのに、伊藤みどり選手のそれと、真央ちゃんのとは、意味合いが違っていた。

この10代の少女が背負うものって、どれほどのものだろう、と、観ていて切なかった。

その後の彼女の試合での不調ぶりは、すでに皆がご存知のとおり。
メディアでは、CM打ち切り(辞退?)だし、浅田真央はもうダメか? 的な報道もあったと思う。
(これは、安藤美姫選手の時も、そうだった。)

今回の彼女の演技は、それらの憶測を見事に跳ね返すものだったと思う。
ここまでの間に、どれだけの練習を積み、どれだけの涙を流したのだろうか。
コーチも換わり、ジャンプの基本から立て直し、それを次のオリンピック出場権を獲得する試合までに、
完成させなけでばならない、
かつては「練習さえ積めば」必ずできたはずのことが、思うようにいかない悔しさも、あったに違いない。
それが、どれほど大変なことなのか、わたしには想像もつかないことだけれど、
ともかくも、彼女は頑張ってきたのだ。

それが、あの、フリーの演技のあとの、満足そうな笑顔に表れているのだと思った。

彼女は、日本のためとか、被災地のためとか、そんなことで練習を積んできたのでは、なかろう。
自分ができること、すべきことを、黙々と、こなしてきた、それだけなのだと、思う。

でも、その彼女の姿に勇気づけられた人ちも、たくさん、いるはずだ。
わたしも、そのひとり。

真央ちゃん、ありがとう。
そして日本のほかの選手の方々も、ありがとう。

おまけ:エキシビジョンでの演技
http://www.youtube.com/watch?v=tY-eHhqNHMI

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ついでに、
東日本女子駅伝女子駅伝に出場して下さった選手の方々も、本当にありがとう。







「他人事」という優しさ

2011年11月08日 | 日々のつぶやき
ちょっと妙なタイトルなんだけど・・・・。

9月下旬に、用事で名古屋まで出かけた時のこと。
用事を済ませると夜も遅くなったので、宿泊先までの移動にタクシーを使った。
運転手さんは、大阪から働きに来たというおっちゃんだった。

 ーお客さん、どちらから?

わたしは、ちょっと迷ったが、思い切って答えた。

 あのう・・・、福島からです。
 あ、でもね、「放射能」は付いてませんから。σ(^◇^;)

こう、冗談めかして答えたら、

 ーあぁ、そうですかぁ。福島からおいでんなったですか。ワシ、全然そんなこと気になりまヘんデ。

 そうですか、ありがとうございます。

わたしは素直に礼を述べた。

運転しながら、おっちゃんはさかんに景気のこととか世間話をした。

 ー名古屋はトヨタがあるもんで、景気がいいと言われとるけど、震災を受けて自粛自粛で、
  まぁ、ワシらの商売も上がったりですワ。

 ーホントなら、こういう、関係ないとこの住民は、いつもとおりにお金遣ってもらわな、
  日本の経済が上向きになりませんワね。

 ーこんなこと言うたら気ぃワルくするかも知れんけど・・・・、気にせんで聞いてナ。
  お客さんには、ワルイけどな、本音言うたら、わたしらからしたら、震災も原発事故も、人ごとですねん。
  阪神大震災の時、ワシは大阪におったけど、あんなに近くても、大阪人からみたら、神戸は人ごとやった。
  ニンゲンなんて、そんなモンですワ。

 まぁ、そうでしょうねぇ・・・。

と、わたしはうなづくしかない。

おっちゃんは続けた。

 ーだいたいナ、当事者でもないのに、わかりますかいナ。
  本音は人ごとのくせに、ああせい、こうせい、言うほうが、ウソくさいですワ。

 ー人ごとやから、なんもできんけど、義援金は募金しましたデ。少ないですけどナ。
  福島のモモも買いましたデ。安くて農家は気の毒やワ。

 (おっちゃん、いいひとやんか!!)
わたしの心の声も名古屋弁になって、それはありがとうございます、と答えた。

 ーせやから、お客さんが福島から来ようがどこから来ようが、ワシには関係ありませんねん。
 ーワシらは普通にしとっったらええんですワ。

結構な長距離になったせいか、おっちゃんは目的地の1キロぐらい手前で、料金メーターを倒した。
そして降りる時に、

 ーお客さん、負けずに頑張ってや。

こう言って、さらに料金を少しまけてくれた。

狭い車内での、小一時間にも満たない、初対面の、おそらくは1回こっきりの出会い。
「(あの)福島」から来たというわたしに、
「(震災や原発事故は)他人事だ」ときっぱり言い切ったおっちゃんは、
大阪の人だから(関西人だから)というより、もしかしたら、ちょっと変わり者かもしれない。
会社のタクシーではなくて個人タクシーだったから、これはわたしの想像だけど、
そのおっちゃんにも、よそさまには「他人事」でしかない、いろんな人生があったのかもしれない。

「人ごとですねん」という言葉に、不思議なんだけれど、なぜか安心して聞いていられる自分がいた。

人ごとだから、普通に接してくれる。
こういうのも、優しさなんだと思う。