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ひまわりの種

毎日の診療や暮しの中で感じたことを、思いつくまま書いていきます。
不定期更新、ご容赦下さい。

春本番だよ

2015年04月12日 | 日々のつぶやき
コロと散歩していると、
毎日少しずつ季節が移ろうのが実感できる。
ことに今の時期、
道ばたの草花が一生懸命咲いているのが嬉しくなる。

  
  ホトケノザ(中央から手前)とヒメオドリコソウ(画面左に群生してる)
  ヒメオドリコソウは、少し離れたところから群生をながめると、
  まるで紫のドレスをまとったお人形がたくさんいるみたいに見える。

  
  ねぇ、あれ、たべられないの?

  
  快晴の空に吾妻安達太良連峰。

  
  種まきウサギもナイスバディになってきた。

    
  信夫山の夜桜。
  夜の桜って、なんか妖しい。

  
  これは庭の桜。


春本番だ。
嬉しい。



春のお客さま

2015年04月07日 | 日々のつぶやき
今年もツバメがやってきた。
昨年は実は途中で巣が壊れてしまい、
ヒナたちが全滅してしまった。
なので、心配してたのだ。

帰ってきてくれて、すごく嬉しい。


 4月3日。
 巣の中から周囲を見渡してるみたい。



 これは4月7日。
 早速リフォームにとりかかっているようだ。

今年は巣が壊れたりしないで、元気にヒナたちが育つといいな。




早春の信夫山・2

2015年03月29日 | 日々のつぶやき
今日もそこそこいいお天気。
クリニックの用事も今のところなさそうなので、
昨日のリベンジでまたま夫と信夫山へ。
今日はコロを連れずに出かけた。

 
 少し登ったところからの福島市の北側の眺め。
 飛行機はきらいだけど、高いところからの眺めは結構好き。
 画面の一番右端は半田山。
 画面中央のくぼんだ谷の向こうは茂庭だ。

 
 昨日は近道の細い山道をすぐに下ったのだけれど、
 今日は車道をのんびり歩いて下る。
 ここは北限の柚畑。
 収穫されない柚が枝についたままになっていた・・・。
 梅の花が満開。
 もう春だなぁ。

 
 信夫山南側、福島市街の眺め。
 夜ドライブに来ると夜景が綺麗。

 
 護国神社から下るところからの眺め。
 吾妻小富士にはもう種まきウサギが姿を現している。
 桜のつぼみもだいぶふくらんでいた。
 
今日はそのまま街中までてくてく歩いて、
途中お昼を食べて、デパートで買い物して、
帰りはさすがに疲れたのでバスで帰宅。

楽しかったな。

うちは、遠くにはなかなか行けないのだけれど、
小さな幸せはさがせばいくらでもある。



早春の信夫山

2015年03月28日 | 日々のつぶやき
本当は今日、友人のお嬢さんの独り芝居を観に、東京へ行くはすだったのだけど、
急用が出来て行けなくなってしまった。
用事が終わって、時間があいてしまった。

お天気もそこそこ。なんかもったいない。

で、最近運動不足のわたしたち。
夫を誘って、コロも連れて、信夫山まで歩いて行ってみることにした。


信夫山の北側、七曲の坂という登山口から登る。

  

  カタクリの花。懐かしい。子どもの頃過ごした茂庭にもたくさんあった。
  あと数日時期が早ければ群生が観られた。

  

  七曲の登山道。
  ここは、うちの子ども達が小学生の頃の春の遠足で毎年登った道。
  写真だとあまりわからないのだけれど、結構急な坂道だ。
  数年前に、子ども達からこの登山道はお母さんなんて絶対無理と言われ、
  山育ちの母ちゃんをナメるんじゃないぞと娘を一緒に登り、
  楽勝だった記憶があるのだけれど、
  今回は登り初めから息切れが・・・。
  荒れ・・・? こんなに急な坂だったっけ・・・?
  あああ・・・、年齢を重ねるって、こういうことも含むのね・・・。

  

  七曲の坂を登り切ってさらに少し上に行くと、羽黒山の分社がある。
  鳥居はくぐったけど、わたしは分社まではさすがにパス。
  夫だけ急な階段を登って参拝してきた。


このあとは、信夫山南側の護国神社まで細い山道を下り、
国道13号線の歩道トンネルをてくてく歩いて帰宅。

一番元気だったのはコロ。

なんか悔しいぞ。




歳月

2015年02月28日 | 日々のつぶやき
たまに食べに行くことがあった古い食堂が、今日限りで閉じることになった。
たまたま閉店を知ったので、夫とふたり、最後にもう一度食べに行くことにした。
まだ開店30分以上も前なのに、すでに数名並んでいた。
待っている間にも、ぽつりぽつりと並ぶ客が増えた。

ここの店は、わたしが中学生の頃にはすでに営業していたように記憶している。

中学・高校と叔父の家に下宿していたわたしは、週末毎に実家に帰っていた。
土曜の午後、仕事を終えた父が車でわたしを学校まで迎えに来る。
その帰り道沿いに、この店はあった。

父は時折、ひとりでこの食堂でラーメンなどを食べることがあったらしい。
わたしを乗せてこの店の前を通るとき、時々父が言った。

 ここのゆずワンタンメンは、案外味がいいんだ。
 食べていくか?

迎えに来てもらって、時間はちょうど昼過ぎ。
弁当は食べているけど、食べられないこともない。
でも、思春期の女の子が父親と一緒に入るには、あまりに普通の食堂だった。

 べつに。
 食べなくてもいい。お弁当食べたし。

わたしはいつもぶっきらぼうにそう答え、父もそうかと答え、
このようなやりとりが、年に数回あったのだけれど、
高校を卒業して父の迎えを必要としなくなるまで、
その食堂に、ついに父と一緒に入ることはなかった。

今日、しみじみと店内を見渡した。

父はひとりで、どの辺に座って何を食べたのだろう。
ゆずワンタンめんだろうか。
カツ丼だろうか。

      

      脇看板の「ゆずワンタンメン」の文字。
      父はいつも車を走らせながらこれを見ては、「食べていくか?」と聞いた。

  

  天井はよく見ると網代天井になっている。
  これは開店当時からのままなのだろうか。

  

  わたしが頼んだのはもちろん「ゆずワンタンメン」。
  あっさりしたスープに柚の香りがからんで、クセになる美味しさだった。

店主が体調をくずし、療養するための閉店なのだそうだ。
開店して48年とのこと。
震災のあとも、ほどなくして営業を再開したように記憶している。
どこのお店もまだ始めていない頃、ここで食べたラーメンはあたたかかった。

48年間、お疲れさまでした。ありがとう。








また、新しい年

2015年01月01日 | 日々のつぶやき
  
 24時間休みなく地球は周り、365日が過ぎて、
 誰にも等しく新しい年が来る。

 今年も恙なく暮らせますように。

 


 1月17日追記:
  何か気の利いた文言、なんて考えていたら
  小正月も過ぎてしまった・・・。
  このまま投稿することにします。
  写真は、ステンドグラスの工房をなさっている知人からいただいたもの。
  ひつじです。


クリスマス・イヴ

2014年12月24日 | 日々のつぶやき
今日はクリスマス・イヴ。

昨年もおととしもその前の年も、わたしの外来では、
クリスマスやサンタクロースの話に花が咲くことが少なく感じてたのだけれど、
今年はどの子もみんなサンタさんを楽しみにしていた。

フトコロの余裕というよりも、
お父さんやお母さんたちの気持ちにもゆとりが出てきたのかなと思う。
いままで営んできた「楽しいこと」をフツーに楽しんでいいんだ、っていう。

さて、わたしにはもちろんサンタはきませんが、
先日友人からこんなプレゼントをいただいていた。

 

可愛い小さなブック型の箱をあけると・・・、

 

中身はこれまた可愛らしいチョコレート♪

今夜食べようと思ってとっておいたのですが、食べる前に記念撮影。

一緒にいただいたCDの、ピアノ伴奏で柔らかく語りかけるような歌声を聴きながら。






「不将、不迎、応而、不蔵」

2014年12月23日 | 日々のつぶやき

 おくらず、むかえず、おうじて、おさめず

と読む。

尊敬する方から教えていただいた。
荘子の言葉だそうだ。

「いつまでもくよくよせず、取り越し苦労をしないで、事柄を処理し、終わったら忘れるというものです」

・・・とわたしに教えて下さったその方はおっしゃっていた。


言葉の意味は、

 不将 過ぎ去ったことをくよくよ悔やまない
 不迎 先のことをあれこれ取り越し苦労をしない
 応而 事態の変化に臨機応変対応して
 不蔵 心に何もとどめない

あれこれ昔のことをくよくよしないで、
どうなるかわからない先のことも先回りして悩まないで
起きたことにはさからわずに粛々と対応して
終わったあとは(禍根を)心に残さずきれいに忘れよう

そういうことなのかなと考えた。


昨年から今年にかけて、

 よく生きてきたな

こう思う日々だった。だった、というかそれは現在進行形なのだけれど。

もう消えてしまいたい。
そう思うこともあった。

だけど消えずにいるのはやっぱりこの世が楽しいことを知っているからだ。

 不蔵 心に何もとどめない
    終わったら忘れる

という気持ちにはなかなかなれないけれど、
多分凡人にはそれが容易にできることではないことがわかっているから、
荘子サンもこのような言葉をおっしゃったのだろう。

いまわたしが毎日もがいていることも、
わたしでない人たちからみれば取るに足りないこと、
そしてずっとあとになって、
あぁ、あんなことあったね、頑張ったなぁ、 
きっとそう思える日が来るにちがいない。




ひまわりとバラ

2014年08月09日 | 日々のつぶやき


ちょっと前にちょっとした記念日があって、
ひまわりの花をいただいたので、記念撮影。

こんなアレンジメントもいただいた。わたしの好きなピンク



お花をいただくのって、いくつになっても嬉しい♪

久しぶりの記事は、テストも兼ねたスマホからの初投稿。
うまくいくかな。


思うところあって・・・

2014年03月05日 | 日々のつぶやき
久々に更新しました。
コメントお寄せ下さった方々、ありがとうございました。
遅まきながらお返事を書きました。

いい加減ずぼらブログですが、
これからもゆるゆるとおつきあいのほど、
どうぞよろしくお願いたします。

  ・・・・・・・・・・・・・・

タイトルは思うところあって・・・、としたけれど、
実はそれほど思うところがあったという訳ではなくて。

昨年いろいろあって以来、
パソコン開くのに「よいしょ!!」と構えないといけないような心理状態が続いたので、
書いてもなかなかアップすることができないでいた。

あれから、もうすぐ3年になるのだなあ。

いろいろな過去の出来事を振り返るとき、
あれは震災前のこと、それは震災以降のこと、みたいな、
「3.11」を境にして振り返るクセがついてしまった。

ほかの人たちはどうなのかな。

最近のテレビでは毎日のように震災関連の番組がある。
ドラマだったり。ドキュメントだったり。
全国版。東北版。福島版。
どれも作り手・報道側の思いはわかるのだけれど・・・。

・・・ちょっと待ってよ。
と思ってしまう自分がいる。

 悲惨な状態のままの被災地。
 これからの生活に見通しのつかない被災者。
 けなげな子ども達。
 復興はいつなの。

そういったメッセージが散りばめられていて、それは全国・世界のひとたちに、
「忘れないでね」
と伝える大きな役割を果たしているのだと思うのだけれど、

でも、ちょっと、待って・・・。
わたし、それ、見たくない。

忘れては欲しくない。
でも、そっとしておいて欲しい。なんか矛盾。

8月15日の記念日の特集のような気持ちで、
太平洋戦争を振り返るような気持ちで、
3年前の3月11日を振り返ることは、まだできない。

・・・そんな気持ちが、わたしの中にはある。

こんな風に思うのって、勝手なことなのかな。

きっとこれから毎年、3月11日が近づくたびに、
特集番組が作られるのだろう。

そのたびに、揺り戻しがくる。

本当に被災したひとたちは、どんな気持ちなのかな。
揺り戻しは来ないのかな。

だけど、こういったことにも、慣れていかなくちゃならないんだろうな。


太平洋戦争を経験したひとたち、
沖縄のひとたち、
広島・長崎のひとたち、
神戸のひとたち、
みんな、こんな気持ちだったんだろうな・・・。


いやぁ、あやまっちまった

2014年02月05日 | 日々のつぶやき
タイトルは、福島の方言。

誤った(間違えた)訳でも、誰かに謝ったわけじゃないですよ。

意味は・・・、うふふ。
知らない方々は、記事を読みながらご想像していただきましょう。

さて、今日は市内某所で放射線と健康のお話をさせていただいた。
環境省で行っている事業の一環だそうで、
消費者庁の方の食品の安全に関するお話もセットだった。

で、そこにいらした聴衆のおひとりがコテコテの放射脳で・・・。
放射脳、って表現、ホントは自分のブログではあまりしたくなかったんだけど、
その方に関してはほかに表現できないかな。

実はその方は2年前にもわたし当てにビデオテープを送ってきた。
「ひまわり先生、これを観てもっと勉強して下さい」という手紙を添えて。
送られてきたビデオは「チェルノブイリ・ハート」
まぁ一応は観たけどね。
わたしの話をその方が聴きにきたのは今回が初めてだったのだけれど、
実は以前から市内各所で開催する講演会に来ては自説を披露し、
ひそかにブラックリストに載っていた方だった。

で、今回の講演会でも、質疑応答の時に、
質問ではありません、と前置きをして自説をとうとうと述べられた。

その自説たるや、、、、
センセイは放射線は体に蓄積はしないとおっしゃったけれど、
「放射能」はからだに溜まるんですよ、とか、
子どもを外遊びさせるならマスク着用すべきとか
(インフルエンザは花粉症・PM2.5の予防にはなるけど)
福島にはまだ放射性物質が降下してるとか
(そりゃ、ほんのわずかはありますが・・・・・)
セシウムはカリウムより大きい(分子量のこと?)から排泄されずに溜まる、とか
(これはもう、化学を基礎から勉強していただかないと・・・)
信夫山のふもとに住んでた方が荒井地区(市内西部)に越したら鼻血が出なくなったとか、
いやはや、何と説明していいのやら理解に苦しむ説をとうとうと述べられて、
さらにここでもまた、「センセイもっと勉強なさって下さい」とおっしゃり・・・。(苦笑)

わたし、「そのままそのお言葉をお返しします」と思わず言ってしまった。
う~ん、まだまだ、人間できてないなぁ、わたし・・・。(反省)

要するに、だ。
消費者庁の方やわたしが、延々計2時間もかけてしゃべったことは、
まったくアタマに入っていかなかったんだなぁ。

いつまでも演説?してるんで、
しまいには他の参加者から「いい加減、黙れ!」って言われてました。 

この方は、元養護教諭をなさっていた。
こういう肩書きを持つ方が始末に悪い。

自分が勝手に解釈して思い込んだまま生活するのは止めませんが、
このような講演会に来て質疑応答の時間に誤った自説を披露するのだけは、
お願いだからやめて欲しいと心から願う。

福島での放射線被ばくレベルを未だに不安に思っている方々もいて、
そういう方々の不安な心に、こういった間違いだらけの情報って、
案外たやすく入っていってしまうんだよね。

ほんと、参った。

・・・ということで、福島の方言、「あやまっちまった」の意味は、

「参ったなぁ」「困ったなぁ」 でした。

福島での低線量放射線被ばくによる健康への影響について、
(多少の不安はもちろんあっても)きちんと理解できて暮らしている方々と、
未だに怪しげな情報と誤った認識(知識ではない)に懲り固まっている方々と、
二極化しているように感じる。

後者の方々へ:
どうぞ、好きになさって下さってかまいません。
あなた方の考えを変えようとは思いません。
だけど、お願いです。
どうか、善良で心優しく、でも未だに不安が心の隅に巣くっている方々を、
これ以上誤った情報で惑わせないで下さい。




天馬行空

2014年01月01日 | 日々のつぶやき
また新しい年がめぐってきた。

  

写真はお世話になっているピアノの先生のお母様が折った折り紙で、
赤いのが「赤兎馬(せきとば)」、頭だけのは「春駒(はるこま)」。

赤兎馬は三国志に登場する名馬で、一日に千里駆けることができるのだとか。
春駒は張り子の民芸玩具なのだけれど、岐阜県郡上八幡の郡上踊りにも春駒というのがある。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨年は、ほんとにいろんなことがあったな・・・。

ゴールデンウィーク明けの夫の突然の入院。
といっても蓋をあければただの胃潰瘍だったのだけれど、
予想以上に吐血・下血がひどくて、搬送が遅れたら結構やばかったらしい。

約3週間の入院生活で、彼はやっとタバコをやめた。
まぁ、おかげでがんのリスクが多少は減ったというもの。
こういうのはケガの功名?

思わぬ出来事があると、
人の心のありようがつい垣間見えてしまうということを
思い知った日々でもあったかな。

どんな出来事にも無駄なことはないんだと思う。
大事なことは、自分はどう受け止めるかということだ。

半月以上も産科外来を休診したので、
妊婦さんたちには大迷惑をおかけしてしまった。
復帰後からはぼちぼちお産をご希望される方も増えて、
今はもうほとんど以前の外来になった。

  突然のことなのに他所の産科施設で出産なさった方々、
  急なことなのに快く分娩を引き受けて下さった先生方、
  院長の急病にうろたえることなくクリニックを守ってくれたスタッフのみんな、
  本当にありがとうございました。

  おかげさまでこうやって新しい年を迎えることができました。

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新年のブログタイトルは、「天馬空を行く」(てんまくうをいく)と読む。
天に住むという馬が自由に空を駆けめぐるさまから、
考え方が自由で何ものにもとらわれることないさま、の意味だそう。

ことわざの意味からは少しはずれるのだけれど、
どんなことがあっても、心が折れないように、
頑丈じゃなくてもいいから、
ふわりふわりと解き放てるような心を持てたらいいな・・・。

・・・そんな願いを込めてみた。