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新謎解きはディナーのあとで 東川篤哉

2024年11月02日 | 読んだ本
人気シリーズの最新刊。収録されている短編5編全て、主人公をはじめとする登場人物たちのキャラクター、事件解決までのやり取り、単純だが破綻のないトリックなど、これまで通りのパターンが完全に踏襲されていて、とにかく安心して読めるのが本シリーズの最大の特徴かつ魅力だ。人気アイドルが所属する芸能事務所の社長が被害者の事件は、なるほどと思わせつつ、もう一捻りある真相が一番面白かった。(「新謎解きはディナーのあとで2」 東川篤哉、小学館)

地図バカ 今尾恵介

2024年10月30日 | 読んだ本
色々な地図の楽しみ方を教えてくれる一冊。内容は、著者が地図好きになったきっかけ、地図マニアの先達、著者が所有するお宝地図、地図の構成要素である地名、駅名、高低差勾配の話など多岐にわたっていて、それらがどれも面白い話ばかり。読んでいて、自分も学生時代に欧州旅行した時にトーマスクックの地図を買ったなぁと懐かしく思い出したり、自宅近くの地名が出てきて嬉しくなったり、娘の世界地図帳を見て知らない国名が多くてびっくりしたことなどを思い出したりした。特に面白かったのは、著者が所有する殆ど海ばかりの20万分の1の地図で大きな図面に描かれているのが0.4mm×0.3mmの岩礁だけ。正式な地図が機械的に経緯度で区切られていた時代のものとのことで、同じ理屈で昔の地図は三宅島が2枚に分かれていたらしい。また、国際基準で経度がグリニッジを0度と決められる前、自分のところを経度0度にした地図を出したりしていた国があったらしい。地図の大きな楽しみの一つが昔と今の地図を比べることにある感じだ。また、戦後日本で丘とか台とか野を新しい地名につけるブームの話(いわゆるキラキラ地名)、踏切に一つ一つ名前が付いているといった話も面白かった。(「地図バカ」 今尾恵介、中公新書ラクレ)

原爆裁判 山我浩

2024年10月26日 | 読んだ本
副題「アメリカの大罪を裁いた三淵嘉子」とあるので、NHKドラマのモデルとなった初の女性裁判官三淵嘉子の伝記かと思ったがもっと多岐にわたる内容だった。アメリカの原爆開発の経緯(大量のウランをどのようにして入手したかなど)、原爆投下の意思決定過程(標的の決定など)、戦後のアメリカによる被害状況調査とそれに関する隠蔽工作などが描かれた後、いよいよ三淵嘉子の生涯、原爆裁判との関わりが述べられ、最後に三淵が主になってまとめたと言われる「原爆裁判判決文」の全文が掲載されている。原爆開発から投下に至るまでの経緯については、純度の高いウランを産出するコンゴに利権を持つベルギーの死の商人の話、投下に当たって事前通告なし、軍事施設でない都市部への使用、毒ガスや細菌兵器以上に非人道的な兵器使用の倫理的な問題が悉く無視された事情、降参目前だった日本にあえて使用した国際政治上の覇権争い、更には終戦後のアメリカによる被災地における残留放射能、死の灰の飛散の調査結果が隠蔽された事実などが語られる。巻末の判決文では、こうした状況を精査してアメリカによる原爆投下は明らかな国際法違反として断罪するが、原爆被害者である原告にアメリカを訴えることができるか、個人が国際法上の権利主体となりうるかなどを検討の上、被害者救済支援は日本国の政治によってなされるべき、それは司法の役割ではないとして訴えを棄却する。その後の日本政府の対応を見ていると、まだ十分ではないかもしれないがこの判決の果たした役割の大きさを感じることができたように思えた。(「原爆裁判」 山我浩、毎日ワンズ)

フェイクマッスル 日野瑛太郎

2024年10月22日 | 読んだ本
今年の江戸川乱歩賞受賞作。男性アイドル歌手のドーピング疑惑を調査するために彼がコーチを務めるジムに潜入捜査を命じられた若手雑誌記者が主人公。巻末の乱歩賞審査員のコメントを読むと、潜入捜査が目的のはずがマッスルトレーニングにハマってしまう主人公が微笑ましいといったところが評価されている一方、展開に無理があるといった苦言が書かれているが、読んだ限りは芯となるミステリー部分こそこの作品の良いところだし、警察組織に詳しい人にとってはストーリーに多少無理なところがあるかもしれないが自分のような素人にはそんなこともあるかなというくらいで全く気にはならなかった。主人公がピアノの練習を余儀なくされるくだりは、ただの展開上の成り行きかと思ったが、最後に明かされる疑惑の真相と呼応していて、そういうことだったのかとびっくりした。色々な面白さの詰まった一冊だった。(「フェイクマッスル」 日野瑛太郎、講談社)

母親からの小包はなぜこんなにダサいのか 原田ひ香

2024年10月19日 | 読んだ本
題名通り「母親から届く小包」をテーマにした連作短編集。送り主も受取人も女性という共通点はあるが、その両者の関係は娘に自分の過去を重ね合わせて過度に干渉してくる母親を疎ましく思う娘だったり、全く音信不通だったり、偽装家族だったりと様々。それでも相手の気持ちを汲めばどんなものでもちょっと前向きに捉えられるという話だ。ちょっと買うのがためらわれるような題名だが、わざと「ダサい」題名にしているのかなぁと考えた。(「母親からの小包はなぜこんなにダサいのか」 原田香、中公文庫)

カナリア外来へようこそ 仙川環

2024年10月16日 | 読んだ本
色々な過敏症に苦しむ人々を扱った医療小説の短編連作集。本書では化学物質、低周波音、味覚過敏、光などに起因した苦しみに直面する5人の人があるクリニックを訪れることによって希望を見出していく。こうした人たちの苦しみは、周囲の無理解だけでなく、悪気のない思い込み、医療体制の未整備などによって増幅されてしまう。過剰反応がストレスによるものだと因果関係を取り違えるというのはその一例だし、解決策が見出せない中で民間の俗説を鵜呑みにしてしまうというのもありがちな話だ。本書の舞台となるクリニックの成立に関わる人物が主人公の短編があったり、ある短編の主人公が別の短編で重要な役割を果たしたりと、一編一編の面白さだけでなく、連作らしい繋がりがとても印象的な一冊だった。(「仙川環、角川文庫)

なぜ働いていると本が読めなくなるのか 三宅香帆

2024年10月14日 | 読んだ本
日本文化に関する先行の研究論文、出版界の歴史、ベストセラーの変遷などの知見を駆使して、日本人の読書の歴史を語った一冊。題名をみて、読書の勧めとか自己啓発本のような内容を勝手にイメージして読み始めたが、予想に反してとても重厚な読み応えのある内容に驚かされた。まず明治期以降、読書は「修養」と呼ばれる自己啓発の手段として普及、その後エリート層による「教養」のための読書という考えや行動が「修養」とは別のものとして分離していったという。続いて戦前から戦後にかけて、インテリアとしての全集ブーム、エンタメとしての大衆小説が流行するなど、読書というものが教養と娯楽の間で揺れ動く様が描かれる。戦後については、パチンコ、ギャンブル、囲碁将棋、映画、テレビ、社内飲み会、社員旅行などの娯楽が広がるなか、会社人間としての長時間労働もあり、読書という行為の危機が訪れる。一方、日本人のメンタリティーは、社会は変えられないものという認識のもと、自分を市場や社会に適合させながら社会参加、社会貢献を果たすことに重きを置くようになり、ひいては自分でコントロールできない社会をノイズと捉えるようになっていく。そうしたノイズを視野から外して自分のコントロールできることだけを重視するメンタリティーから自己啓発本は読まれるが、何が書かれているか予想できない偶然性の強い一般の読書はノイズとして遠ざけられていく。また時間をどう使うかという価値観も、何事にも全身全霊で打ち込むことが美徳とされ、労働時間以外の時間も社会貢献や副業ステップアップのための学習に充てることが推奨されていく。こうした本書に書かれた流れと現状を認識するだけでも、何かが少し変わりうると感じさせてくれる内容だった。(「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」 三宅香帆、集英社新書)

ギリギリ 原田ひ香

2024年10月11日 | 読んだ本
ちょっと複雑な人間関係小説、シナリオライターのお仕事小説という2つの軸を中心に描かれた連作短編集。ある人物の関係者がそれぞれの短編の主人公なのだが、主人公たち全員と唯一関係のあるその人物はすでに故人となっている。一方、もう一つの軸は主人公のひとりがシナリオライターの卵で彼の作品が紆余曲折を経てテレビドラマ化されるまでが描かれる。不思議な題名だなぁと思ってずっと読み進めていくと、最後の短編の最後に「そういうことだったのか」とその意味が明らかになる。これまでに読んだ著者の作品とは少し趣きが違う感じだが読み応えのある一冊だった。(「ギリギリ」 原田ひ香、角川文庫)

バリ山行 松永K三蔵

2024年10月08日 | 読んだ本
芥川賞受賞作。書評誌に史上初の芥川賞直木賞同時受賞でもおかしくない大傑作だと絶賛されていたので読んでみた。中堅建物外装工事会社の営業マンの主人公が、社内の登山ハイキング行事をキッカケに、社内の同僚と正規のルートから逸脱する「バリエーション山行」を敢行し、次第にその魅力にはまっていくという内容。物語は主人公達の息詰まるような登山の描写が中心だが、それと並行して2人が勤める会社での古参社員の退職をキッカケとした経営不振、大手メーカーの下請け化への転身とそこからの出向社員の受け入れ、人員整理の噂といった経営危機の事情が語られていく。人生山あり谷ありと言ってしまえばそれまでだが、主人公は近くの平凡な山の難しいルートと対峙しながら、先行き不透明の不安とか、安全な道とは何かについて考えを巡らせていく。芥川賞受賞作の純文学なので、意表をつく展開とか謎はないが、臨場感あふれるドキドキの文章は読んでいてこれも立派なエンターテイメントだなと久し振りに感じた。(「バリ山行」 松永K三蔵、講談社)

ちょっとそこまで旅してみよう 益田ミリ

2024年10月06日 | 読んだ本
先日読んだ著者のエッセイ集。旅が題材のエッセイで、内容は出来事、出会った人、風景の感想などごく普通で際立った特徴などはなかったが、章ごとに旅行日程、同行した人、かかった費用が明記されているのが面白かった。旅先や目的も色々でバラエティに富んでいて、色々な旅のあり方があるんだなぁと感じた。(「ちょっとそこまで旅してみよう」 益田ミリ、幻冬舎文庫)

明智恭介の奔走 今村昌弘

2024年10月04日 | 読んだ本
著者の本は5冊目だが、本書はこれまでに読んだ4作品とはかなり違った内容で、著者の幅広さを強く感じた一冊。ストーリーは、大学のミステリー愛好会の2人組が日常のちょっとした謎を解くコージーミステリーの王道のような内容に、本格ミステリーっぽい緻密な推理と古典的名作ミステリーへのオマージュで味付けされたもの。5つの短編全て色々な仕掛けがあって面白かったが、一番強く印象に残ったのは、大学近くの寂れつつある商店街の老朽化した建物が市場相場よりも高く売却された謎を追う一編。コナンドイルの名作の亜流と思いきや、「そうきましたか」という意外な展開にしてまんまとはめられてしまった。著者の色々な作品をこれからも読んでいきたいと期待が膨らんだ。(「明智恭介の奔走」 今村昌弘、東京創元社)

おひとりさま日和 大崎梢他

2024年10月01日 | 読んだ本
6人の女性作家による一人暮らしの女性の日常を描いた短編が収録されたアンソロジー。6人のうち5人は初めて読む作家。一人暮らしのパターンとしては、未婚3、死別2、離婚1という構成で、一人暮らしの良いところ、困ることなどが色々書かれていて面白い。それぞれの主人公達の暮らしぶりの平均値をとると、精神的には不安よりも気楽さが優っているが、物理的には少し困ることが多い、それ以外は個人の好みや価値観次第というところだろう。短編なのである一つの状況を深く掘り下げるような深みはないが、アンソロジーという形態と相まって全体的なバランスの良さが本書の良さになっているように感じた。(「おひとりさま日和」 大崎梢、双葉文庫)

じい散歩 藤野千夜

2024年09月26日 | 読んだ本
齢90の老主人公の日常を描いた小説。その日常は妻の認知症の進行以外に事件らしい事件もなく、日々健康のために散歩をしてその途中で建物などの町の景色を眺めたり、行きつけの店によってちょっとしたものを口にするといった何とも平凡なのだが、それまでの本人の過去と家族の今が凄まじい。戦争、故郷からの家出、会社設立、バブル崩壊、事業の失敗といった本人の波乱に富んだ過去、引きこもりの長男、定職も定まらずお金にだらしない三男など独身中年の息子たち、妻の妄想や入院に伴う老老介護など現代社会の問題のオンパレードのような家族の記述が延々と続く。誰もが多少は巡り合うような困難を凝縮したようで、救いはそれぞれの人が持つべき諦観のみなのかなぁと身につまされる思いにさせられた。(「じい散歩」 藤野千夜、双葉文庫)

書いてはいけない 森永卓郎

2024年09月22日 | 読んだ本
著者がマスコミとの付き合いを通じて見聞きしたことやメディア活動の中で得た知見をもとに、ジャニーズ事件、財務省批判、日航機123便墜落事件という3つのタブーについて語った一冊。発行元は「〇〇日記シリーズ」で人気を博している三五館シンシャだ。ジャニーズ事件については、著者自身の体験も交えた内容で大手メディアの「たかが芸能スキャンダル」という奢りからくる問題軽視を痛烈に批判。 財務省批判については、減税をするべき時に実施しようとしない政治家と財務省との力関係の解説 。日航機123便墜落事件については、公表されている記録、住民や生存者の証言などから、元ネタになっている青山透子氏の「日航123便墜落の新事実」の妥当性を検証。自分も青山氏の本を読んで相当闇の深いタブーの存在を感じていたので、なるほどなぁと思った。なお本書の真骨頂はここからで、著者はこの3つのタブーを関連づけてさらに一つの仮説というかストーリーを提示していて、こういう繋がりもありうるなと何となく腑に落ちる感じだ。(「書いてはいけない」 森永卓郎、三五館シンシャ)

ナポリタンの不思議 田中健介

2024年09月20日 | 読んだ本
全国のレストランや喫茶店での実食、古いレシピ本などを頼りに「ナポリタンスパゲティ」のあれこれを教えてくれる一冊。横浜が発祥の地らしいとか、同じ料理が名古屋や関西では「イタリアン」と呼ばれているとか、店によって味付けに工夫があるとか、よく言えば緻密、悪く言えば知っていてもどうということのないトリビアが満載で結構楽しい。トマト味のパスタがレストランのコース料理の付け合わせではなくアラカルトの一品として供されるようになり、さらに一般家庭で普通に食べられるようになったのはそう古い話ではないというのにはちょっと驚いた。著者については、巻末略歴に「日本ナポリタン学会」の会長とだけ書かれていて本職などは不明だが、横浜出身の横浜育ちとあり、横浜の人の「発祥地自慢」が随所に見られたり、日本ナポリタン学会認定のお店のほとんどが横浜の店だったりでなんとも微笑ましい感じ。また、本書を読んでいて、昔よく通った浜松町駅内のナポリタンの店が美味しかったなぁと思い出してネット検索したら閉店になっていた。著者の「ナポリタンが危機にある」という記述、もしかしたら本当なのかもしれないと思った。(「ナポリタンの不思議」 田中健介、マイナビ新書)