「生涯に一度は富士山に登ろう」と決め、今年の8月4日決行として年明けから準備をしてきた。東京にいる長男に相談すると、「いっしょに行こう」ということになり、山小屋の予約やルートの設定などは長男がやってくれた。こちらは1ヵ月前に新幹線の予約をとり、自分たちの装備を準備すれば良かったので、その点は楽だった。ところで、富士山の世界文化遺産への登録が決まり、がぜん富士登山者が急増との情報が入り、我々は「御来光」はあきらめて、昼間の登山に計画を改めた。
3日、11:10二戸発の「はやて30号」に乗って東京へ、東京駅で長男が合流し中央線の大月まで特急「かいじ」に乗る。長男は最近はトレイルランニングに凝っており、かなり山行きもしているので体つきががっちりしてきたようである。大月から私鉄の富士急で富士山駅まで、富士山駅はもとの富士吉田市にある。駅前で「吉田うどん」を食して、タクシーで吉田口5合目に向かった。
5合目から30分ほど歩いて、この日の宿の「星観荘」へ。富士山の山小屋はどこでも素泊まりで6800円だが、「星観荘」は家族専用スペースで、寝袋が1人に1個あって山小屋としては快適な方だった。この山小屋は星の観察が売りらしく、この日も星を見るツアー客が入っていた。晩飯は済ませてきたこともあり、1缶500円の缶ビールを1人1個だけ買って、ペットボトルで持参した焼酎で「麦酎」をつくって飲み、早々と寝てしまう。
4日は3時30分起床。長男が持参したアルファルファ米のご飯とレトルトのカレーで朝食。4時30分、足下が見えるくらいになったので出発。最初は、比較的なだらかな登りが続く。落石を避けるためか、とにかく異様に大きな構造物が目立つ。
そして、吉田口のコースには山小屋がたくさんあって、山小屋の間を縫うように登るコースになっている。富士山の登山コースで最も登山者が多いのでこうなったものと思う。
8合目を過ぎ標高が3,000㍍を超えると私の連れ合いの調子がおかしくなる。頭痛がする、吐き気を催すなどのアピールがあった。これは高山病の軽い症状である。「吐く息を強くして呼吸を深くする」と指示したが、なかなかうまくいかない。ツアー登山のガイドも同じような指摘をしていたので、対応策としては間違っていない。長男は平気の平左で登っていく。私が付き添って「ハアハアスー」と呼吸法を指導しながら登ったが、結局かなり時間がかかって、11時に最後の鳥居をくぐり山頂の一角に着いた(最初の写真)。
せっかく来たのだからと「お鉢まわり」をはじめ、最高峰の剣ヶ峰を目指したが連れ合いが足の疲労を訴えるので、30分でやめさっきの場所まで戻った。
長男と協議し、ここで昼食休憩をして時間を早め下山することにする。山頂の小屋の一角でラーメンを食したが、どうもインスタントラーメンらしい。カップ麺でも700円。どんぶりに入ったラーメンでがこの味で900円。色々記念品を売っていたが、とても買う気にはならない。山を始めた頃ならきっと買っただろうと思う。12:30分下山を開始。吉田コースと須走コースの分岐まで、比較的幅のあるざらざらした道を下る。8合目下あたりで吉田コースを別れ、少し道が狭まって須走コースに入る。このコースの一番面白いのは柔らかい砂の上を走るようにして降りるところ(約1時間)である。砂が入らないよう、私たちはショートスパッツをこの日のために用意してきた。しかし、連れ合いは足に疲労が来て、滑るように降りるという動作が出来なくなり、時間を食いながら砂払い5合目にたどり着いた。
砂払い5合目で休憩し、須走5合目まで30分ほど歩く。4時のバスがあるかと期待していったが、バスは5時までなく山小屋の休憩所で1時間以上休んでいた。申し訳ないので、あまり面白くもないお土産を買って、5:10分発の新松田行きのバスに乗る。新松田からは小田急線で鶴巻温泉駅まで行き「弘法の里湯」で入浴して登山の汗を流して、同じ建物内のソバ屋でまず生ビールで乾杯しソバで腹ごしらえをし、上北沢の長男宅に泊まった。
5日は、上野に出て「国立科学博物館」で「深海」展を見て上野発11:03分の「はやて31号」で岩手に戻った。
結論的には、富士山はやはり眺めて良い山である。深田久弥も言ったが、登れば俗っぽいのはいたしかたがないと思う。下山途中にはゴミが放置されているのもあり、「自然遺産」では登録されなかったのも当然と思う。同じような地形の岩手山にはコマクサが咲いているのだが、富士山にはそうした高山植物の群落もなくなんとなく寂しい。富士山そのものが歴史の新しい山なので仕方ないのだとは思うが。