東南アジア・ヴァーチャル・トラヴェル

空想旅行、つまり、旅行記や探検記、フィールド・ワーカーの本、歴史本、その他いろいろの感想・紹介・書評です。

塚谷裕一,『秘境ガネッシュヒマールの植物』,研成社,1996

2008-02-03 21:28:18 | 自然・生態・風土
自然科学系の野外調査のようすを描いた見本のような本。
著者は最近まるごと一冊ドリアンの本を書いたように一般向けの著作も多い方であるが、専門の植物の発生遺伝学の分野では重鎮であるようだ。

本書は、日記風に綴られた研究旅行の記録。
平成六年度文部省国際学術研究学術調査「ヒマラヤ高山帯植物相の起源と形成過程についての比較研究」の一環。
1994年7月から8月、カトマンズの北西、ドウンチェ出発ガネッシュヒマール峰のふもとをめぐってベトラワティまで反時計回りのトレッキング・コース。

あっと、雨季、モンスーン季の調査だ。ここが普通の登山やトレッキングと異なる点で、オフ・シーズンなのだ。

トレッキング・コースというのは頂上制覇をめざさず、山のふもとをまわるコースだが、そこはヒマラヤ山系、最高度4400m以上まで登る。
ポーターを50人以上やとい、隊員五名にそれぞれ選任のシェルパが補佐する。
つまり、ポーターの管理、テント設営、食事などすべてまかせ、隊員は植物採集と標本作成に専念できる体制である。

ここが遊びやサミット・アタックと異なる点である。
ネパールとなると、登山隊や研究調査隊へのポーターやシェルパの仕事は一大産業であり、伝統職人技であるので、あらゆる点でサポートがいきどどく。ここいらへんは、インドネシアやミャンマーとは大違いだし、中華人民共和国となるとさらに別種のトラブルがあるし、インドはもっとやっかい、であるようだ。

逆にいえば、こうした職人技や組織体制がないと、外国からの研究調査がはいっても短期間で成果をあげるのは不可能である。

とうぜんながら植物の話題が多い。
アラビドプシス・ヒマライカという植物の採集が第一の目標。
セーター植物と呼ばれる、花のまわりを毛でくるむ形に進化した植物があるのだが、(実際本書の中にも写真あり)、その遺伝機構が目下のところまったくわからない。「寒さに耐えて子孫を残すべく」花を毛でおおうように進化した、というのも仮説にすぎない。
その研究の基礎のための標本採集である。

調査地域は人口が増え、放牧地がひろがっていく地域である。上記アラビドプシスも家畜の食害により繁殖地が減少しつつある。
そのほかメコノプシス・パニクラータというおもしろい名(といっちゃだめか)のケシ科植物など、マニア垂涎の花々がいっぱい紹介されている。