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水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

シエナ演奏会

2009年08月27日 | 演奏会・映画など
 昨日、今日と文化祭のアンサンブルチームを6つみた。
 5つが1年生主体のチームだったので、ほんとに基本的なことを指導する。
 目の前にあるのは音符の羅列だけど、、ここからここまでをひとかたまりとみて演奏するんだよ、というような指導である。
 基本的なことなのだが、教えなければ知らないままに終わる。
 生きていくうえで必要なことでは全くないから、高校で吹奏楽に入らなければしらずに終わることだ。
 ぎゃくに、それに気づくだけで、急に音楽的になる。
 ほんとに、うちの1年生しょくんは、うそ? というくらいとんでもない吹き方をするけど、こうすればいいよというと、すぐ変わる。
 教えないといけないのだ。
 芸術系の科目は、感性を大事にしよう、主体性をいかそう的な意見があるけれど、まず基本は教えてあげないとだめなのだ。
 国語も同じだな。
 小説の読み方はいろいろあるとか、国語には正解はないとかいう人がたくさんいて、研究会に出かけると「主体的な読みの創造」なんてたいそうなテーマで発表が行われていることもままあるが、まずは基本を教え込まないといけない。
 読みの基本、定石、お約束を知ったうえで、「でもおれはこう読む」というのはありだ。
 昨日は、アンサンブルをみたあと、久しぶりにシエナの演奏会に上野まで出かけた。
 おどろいたのは、音楽のおもちゃ箱コーナーの充実ぶりだ。
 充実というか、佐渡裕さんがプリマドンナの格好で4羽の白鳥をおどったり、ラテンダンサーの格好をして客席を練り歩くのだ。
 もちろん、お客さんは立たされ、踊らされ、唄わされる。
 楽しいのだが、なんか自分がやってる側になった気分で、汗が出てくる。
 世界の佐渡裕がここまでやるのだから、定演で唄っていいかななんて迷ってはいけないと思った(いっかいも迷ってないけど)。
 人前で何かをやるということは、何かをサービスするということなのだ。
 小難しい顔で、高尚な雰囲気になっているのがえらいのではない。
 
コメント
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