★ 11月の末、寒さがゆるんだ日の朝9時頃のこと、ペテルブルグ=ワルシャワ鉄道の列車が全速力でサンクト・ペテルブルグに近づきつつあった。ひどく湿っぽくて靄がかかっているせいで、あたりはようやく明るんだばかり。線路の右手も左手も、十歩離れるともう何ひとつ車窓から見分け難いほどだった。乗客には外国帰りも混じっていたが、格別混みあった3等車の座席を占めているのは、概して仕事で旅する普通の人々で、遠方からの客は少なかった。みなお定まりのように疲れきって寝起きのどんよりとした目をしており、体は冷えきって、顔も靄と同じように血の気のない黄ばんだ色をしていた。
★ 3等車の窓際の席に、夜が白む頃からずっと、二人の乗客が向かいあって座っていた。いずれもまだ若く、ほとんど手ぶらで、しゃれた身なりもしておらず、いずれもかなり特異な容貌の持ち主で、おまけに、互いに相手と話を始めたがっていた。
★ ・・・・・・向かいに座った客のほうは、湿っぽい11月のロシアの夜のご馳走を、がたがた震える背中ひとつで受け止めねばならなかった。明らかにこんな状況を予期していなかったのだ。彼がまとっているのはかなりゆったりとした厚地の袖なしマントで、大きなフードがついている。ちょうど冬場にスイスだとか北イタリアだとか、遠い外国を旅行する人たちがよく着ているものと同じだが、もちろん、そんな格好のままアイトクーネンからペテルブルグまで行こうなどという者はいない。
★ フードつきマントの持ち主も同じく26か7といった年頃の青年で、背丈は中背よりも少し上、つやつやしたブロンドの髪は豊かで、こけた頬にほんのひとつまみ、先のとがったほとんど真っ白な顎ひげを生やしていた。大きく青い目はじっとこちらを見つめてくるようで、しかもその眼差しは、なにか物静かながら重苦しいものを含み、一種不思議な表情をたたえていた。ある種の人は一瞥しただけで、この人物が癲癇病みだと見抜くことだろう。
★毛の裏地がついた外套を着こんだ髪の黒い同乗者は、手持ち無沙汰のせいもあってこのすべてを観察し終えると、隣人の失敗を見た人間の満足感を無遠慮にさらけ出してしまう、例のあけすけな薄笑いを浮かべて、こう訊いた。
「寒いかい?」
<ドストエフスキー;『白痴 1』(河出文庫2010)>