「妙」の山の東麓、きつね坂のすぐ下に昔からの泉があって、清少納言の「枕草子」に「井は少将井、桜井云々」とある桜井に当たるとも言われています。自然石で囲った浅い泉ですが、昔から旱魃にも枯れることなく清冽な水が湧き出しているそうです。
また、一説には白河天皇皇子桜井僧正(行慶)または後鳥羽天皇皇子覚仁法親王(桜井宮)の旧跡とも言われていますが、定かではありません。紫式部が、六月ばかり桜井の聖のもとに行きたりしに、鶯の鳴きしに、「春めける声にきこゆる鶯はまた桜井にすめるなりけり」と詠んでいます。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/10/7fc44e3a72cb5d49bbbeda7371b75778.jpg)
泉の上のほうに「南無妙法蓮華経 桜井水」の石碑があり、近くにある日蓮宗信徒のお墓の墓参の供え水として使われていて、聖域となっています。
桜井のすぐ下のほうに末刀岩上神社があります。小さな社があるだけで、言われもわかりませんが、隣接する民家の人が禰宜またはお世話をしている人のようです。
また、一説には白河天皇皇子桜井僧正(行慶)または後鳥羽天皇皇子覚仁法親王(桜井宮)の旧跡とも言われていますが、定かではありません。紫式部が、六月ばかり桜井の聖のもとに行きたりしに、鶯の鳴きしに、「春めける声にきこゆる鶯はまた桜井にすめるなりけり」と詠んでいます。
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泉の上のほうに「南無妙法蓮華経 桜井水」の石碑があり、近くにある日蓮宗信徒のお墓の墓参の供え水として使われていて、聖域となっています。
桜井のすぐ下のほうに末刀岩上神社があります。小さな社があるだけで、言われもわかりませんが、隣接する民家の人が禰宜またはお世話をしている人のようです。