淳一の「キース・リチャーズになりたいっ!!」

俺好き、映画好き、音楽好き、ゲーム好き。止まったら死ぬ回遊魚・淳一が、酸欠の日々を語りつくす。

「Le vent se lève, il faut tenter de vivre」

2013年12月23日 | Weblog
 忙しくて読めずに溜まっていた「朝日新聞」を日付順に読んでいたら、「天声人語」に小津安二郎の事が書いてあった。

 小津安二郎。
 世界に誇るべき日本を代表する映画監督である。
 よく、これまで世界中で上映されてきた数多の映画の中で、何が一番素晴らしい作品かを決める、「映画ベストテン」なる企画が雑誌などで行われる。

 そんな世界映画ベストテンにエントリーされる常連作品といえば、デビッド・リーン監督の「アラビアのロレンス」とか、スタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」とか、オーソン・ウェルズ監督の「市民ケーン」とか、マルセル・カルネ監督の「天井桟敷の人々」とかになるわけだけれど、そこに必ず入る日本映画がある。

 小津安二郎監督作品、「東京物語」である。

 この、小津安二郎監督の名作「東京物語」は、前段で列挙した最高傑作映画の中でナンバーワンに選出されることもある。
 それほど素晴らしい映画なのだ、「東京物語」という映画は。

 朝日の「天声人語」は、12月12日が命日―生誕110年、没後50年―ということで記事にしたらしいが、記事を読んでいたらまた無性に「東京物語」が観たくなってしまった。

 小津の映画には、波乱万丈な人生だとか、何らかの大事件とか、そういう類いのことは一切起こらない。
 ユーモアがあり、落ち着きがあり、削ぎ落した簡潔極まりない科白の遣り取りがあり、静謐な時間の中で流れる温かな空気がある。

 ほとんどの小津作品では、平凡な家族とか、何処にでもいるような夫婦とか、何気ない日常が描かれる。
 でもそこに、退屈だとか、平坦だとか、マンネリズムだとか、凡庸などは一切ない。

 小津の後期作品に、「秋刀魚の味」という素晴らしい映画がある。
 1962年の作品で、これもまた小津作品の常連、笠智衆が、妻に先立たれながら、可愛い娘の岩下志麻とひっそり静かに暮らす初老の男性を好演している。

 物語は、特にこれといった大きな山場があるわけでもないし、親子の葛藤が描かれているわけでもない。
 淡々と、それでも凄まじいまでの緊張感を持って進んでゆくのだけれど、静かに淡々と進むことと最後まで続いてゆく緊張感に、何ら矛盾がない。
 張り詰めた画面からもストレスは感じられないし、ワンカット・ワンカットに意味があるから、途轍もなく深い。

 妻に先立たれた笠智衆は、娘の岩下志麻(これがまた美しい。そして可愛い。あの、熟女になってからの「極道の妻たち」の岩下志摩のイメージなど、ここでは皆無である)が気掛かりで仕方ない。かといって、愛しさから、結婚させて嫁がせることにも消極的だ。

 分家している兄夫婦の後輩である佐田啓ニ(中井貴一の実のお父さんね)が、ちょくちょく笠智衆の家を訪ねて来る。
 どうやら、娘の岩下志摩は佐田啓二のことが好きなようだ。でも言い出せずにいる。ところが佐田啓二には別な婚約者がいた・・・。

 映画では、この先、何も起こらない。
 岩下志摩は知人の紹介で見合いをして遠くに嫁ぎ、笠智衆がほのかに憧れていた小料理屋の女将とは何の発展も見せずに終わり、佐田啓二と岩下志摩に愛の告白とか恋愛感情に到る一切の行動は生じない。
 ただ一切は、静かに、ゆっくり、そして美しい景色と四季の流れの中で終わってゆく・・・。

 ラストがいい。
 月日が流れ、朝の通勤電車待ちのプラット・ホームで佐田啓ニと笠智衆がばったりと遭遇する(ここから先の会話は、映画のシーンを、観た時の曖昧な記憶の中で辿っているだけなので、正確な台詞じゃないことだけはご了解ください。映画の雰囲気を知ってもらえればそれでいいと思うので。あとは実際に映画を観てご確認下さいませ。間違ってたら御免なさい)。

 「やあ、お元気でしたか」(笠智衆)
 「はあ。ご無沙汰しておりました。ところで、お嬢さん(岩下志摩)はお元気ですか」(佐田啓ニ)
 「それが・・・娘は遠くに嫁いで行きました・・・」(笠智衆)
 「そうですか・・・それはまた、お淋しいですね」(佐田啓ニ)


 というような科白が淡々と交わされ、佐田啓二が、岩下志摩の事を内心ではずっと好いていたことを仄めかす。

 そして二人は「ではまた」というような、とおり一遍の挨拶を交わし、互いに笑顔で右と左に別れてゆく。
 もう、佐田啓二と岩下志摩は一生会う事はないだろう。
 何処にでもあるような、誰にでもあるような、そんな平凡な出会いと別れ。

 最後の最後、すべてが収まる場所に収まったあと、それまで見えてきたものとは異なる、内面で蠢いていた心の葛藤や、淋しさや、苦しさや、切なさや、息苦しさが、ひょこっと現れる。

 でもそれさえ、小津は観客の前に露呈させたりはしない。
 あくまでも静かに、あくまでも優しく、映画の中の冬の緩やかな陽光のように、限りなく美しい眼差しで人間たちだけを捉えてゆく。

 小津は一生涯独身を通した。
 一度も結婚しなかった。

 彼のお墓は鎌倉の「円覚寺」にある。
 墓の表面には、たった一文字だけが深く刻まれているという。

 「無」。
 このたった一つの「無」の文字が、小津安二郎のすべてを表しているように思える。

 一度、機会があったら「円覚寺」に行ってみたい。
 
 






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