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ウサチーロのとりあえず日記 Part 2

日々の記録および3人兄弟の成長日記。

No.3

2009-09-24 05:13:09 | 妊娠・出産
今まで特にブログに書かなかったし、特にまだ皆に積極的には言ってなかったのですが、実は現在第3子妊娠中です。出産予定は2月上旬の模様です。今のところすべて順調のようです。

自分は二人兄弟だし、昔からなぜか子供は二人が理想的だと思っていたので、なんだか自分が3人の子持ちになるとは、不思議な感じです。

こぐまが生まれたばかりの頃は、3人どころか2人目も考えられませんでした。子供が何人もいて、同じように愛せるのだろうかと想像が付きませんでした。でもこぐまが1歳過ぎた頃、2人目を考える余裕ができはじめ、カブを妊娠・出産しました。

カブが生まれてみると、二人目ってやっぱり気持ち的に余裕があるのか、赤ちゃんって、大変というよりは、本当に可愛いなと実感するばかりでした。そりゃ上の子もいるから、世話は大変になったけど、でも兄弟っていいなと思ったし、子供は何より可愛い。

一人目のときは、体力もなかなか戻らず、1ヶ月くらいは調子もでなかったし、完全に体調が戻ったと感じるまでには半年くらいかかりましたが、二人目は4200gの巨大児だったにもかかわらず、産後も体調はわるくなく(その証拠にカブが4ヶ月のときから出張再開してましたし)、これならもう一人くらい行けるかもね、なんて思ってました。二人ともかなり安産で、二人目なんて助産院に着いてから45分で生まれたというのも関係してるかもしれません。母は、二人目だと自分も年取ってるから大変だった、と言っていましたが、自分は少し違っていたようです。私も産後一部「シモ」のトラブルはありましたが、体力的には余裕がある感じでした。出産直前まで日本でアクティブに動き回っていたからでしょうか。

それと、カブは絶対女の子だと思っていたのに、男の子だったので、やっぱり女の子も欲しいなあと、産後しばらくは思っていました。周りからも「は女の子だね」なんて何度か言われました。(そのときは、えっ、次なんてないよ!と思っていましたけど。)でも、しばらくいろいろ考えて、女の子が欲しいからって3人目を作っても、既に男児二人生んだ場合は、男の子の可能性のほうが高いらしいし、そもそも本当に女の子っていいのかな?自分みたいな反抗的な娘ができたら不幸だし、男の子でも十分可愛いのに!と思い始めました。

子供が3人もいると里帰りにもお金がかかるし、ただでさえ仕事と育児の両立が大変なのに、3人も面倒見切れるのか?それに自分の年齢も年齢だし・・・

でもアメリカって、結構3人兄弟が多いのです。周りの日本人のママも、結構3人の子持ちがいます。3人も子供が居たら大変だけど、楽しそうだし、3人も子供に囲まれたら幸せだな、と、それも悪くないなとは思いました。実際3人の子持ちの人たちは口をそろえて、「二人居たら三人も同じ」と言います。まあお金とかは二人よりはかかるのでしょうけど・・・それに日本でも、多くはないですが3人の子持ちで働くママもいるみたいなので、まあ何とかなるかな、とも思いました。

いろいろ考えた末、しばらく様子を見て、ある時期までにもし自然に妊娠してしまったら、神様が3人目を授けてくれたのだと思おう、そうでなかったら、あきらめて避妊処置をしよう、と心の中で決めました。で、その「ある時期」が来て、妊娠してなかったので、ちょうど産婦人科の年に一度のチェックに行ったときに、避妊の相談をしました。それで資料をもらってきて準備をしようとしていた矢先に、妊娠が発覚したのです。

・・・というわけで、今回は(も)神様が授けてくれたんだと思っています。ありがたいことです。世の中欲しくてもできない人もたくさんいるなか、3人の子宝に恵まれるということ、そしてあの感動の出産を3度も経験できるということに、ほんとうに感謝しています。

仕事が相変わらず忙しくて、妊婦なのにまたあちこち出張しているのですが、飛行機やその他休めるところではできるだけ休養し、無理はしないようにしています。今のところ上司以外に妊娠を伝えていないのですが、会社のばれてもいないようです。(この間は仕事後の食事会でお酒を固辞していたのでうすうす気がついた人もいるかもしれませんが、誰も聞いてきません(笑))おなかも出てきているので、日本だったら言われると思いますが、アメリカではこの程度の「出っ腹」はいくらでもいるので、太ったと思われてるか、単に聞きづらいのでしょう

3人3様といいますが、3人目はどんな子なんだろう、とただただ楽しみです。おなかの中だけの感覚だと、こぐまのときのようにいつも元気に動いている子みたいです。(カブは、おなかの中でもおとなしくてのんびり子でした。三つ子の魂100までといいますが、二人とも、生まれる前から性格が変わっていないのには笑えます。)だからやっぱり男の子かなと思っていますが、超音波でもはっきりわからなかったし、今回は特に異常もなかったので、もう超音波はないと思うので、出産までは100%はわかりません。これも3人目の楽しみに取っておこうと思います。

悲しいボディー

2009-06-25 11:59:34 | 妊娠・出産
カブの断乳が終わってから、気がついてみたら、私の体はすごいことになっていました。鏡を見るたびにため息をついてしまいます。

何しろ、胸がしぼんで、代わりに腹が出てるのです!

こぐまのときは、授乳中も断乳後も、いくら食べても栄養が吸い取られて行く感じだったのに、カブのときは、授乳中お腹が空くまま食べていたら、そのままお腹の肉が出産後のまま取れなかった、って言う感じでしょうか。また、普通、授乳開始1年近く経ってくると胸も元の大きさに戻るといいますが、カブのときは断乳するまで胸が大きいままだったので、ひょっとして私胸が大きいままのかしら?と思ったくらいですが、全然勘違いでした。断乳してしばらくしたらもとに戻るどころか、さらに縮みました。

毎日鏡で見るたびに悲しくなる私の体。もともとスタイルが良いわけでも何でもありませんが、お腹が出てて胸が小さい、このギャップにショックを受けます・・・小さくなった胸はもうどうしようもないとして、出てる腹はどうしたらいいんだろう・・・・腹筋とか結構あるほうだと思うのですが、脂肪吸入でもするか?!

楽になりました

2009-04-18 09:55:07 | 妊娠・出産
断乳・卒乳ですが、どうやら成功したようです。皆さん、暖かいコメントありがとうございました。

昨夜、カブは何度か起きましたが、私の胸も張ってこなかったので、水だけ飲ませて乗り切りました。今日も一日、ぱんぱんになることはなかったし、今日もカブはミルクをちゃんと飲んで食事も普通に食べて、母乳を欲しがることはありませんでした。

最後にあげたのが木曜日の明け方。今は金曜の夜。もう痛みはないし、張りもなくなりました。成功です。

あの時、最後に飲んでくれて本当によかった。一度止めると決めたら、もうあげないほうがいいというけれど、私の場合は、自分も楽になったし、カブも寝ぼけていたせいか(?)精神的に負担にはならなかったと思うので、上手く行ったと思います。

断乳して、よかったなあと思うのが、カブが食事をちゃんとしてくれるようになってきて、ミルクや水分もよく飲むようになり、そのせいか、ウンチも柔らかめのがでるようになったのです。色も黒っぽかったのが、黄色っぽくなってきました。毎日オリゴ糖入りのヨーグルトを食べさせてるのと、食事・水分をちゃんと取るのと、相乗効果でしょうか。

今回も前回と同様、さびしかったし、コメントにもいただいた通り、私も「母乳をやめると母としてのお勤めが終わり」みたいな気もしていましたが、カブはおっぱいがなくても私を母と認識してくれてるみたいで安心しました。これで、母乳を飲んでいたことなんて忘れて大きくなって言ってしまうのでしょう。(こぐまも、あんなにたくさんおっぱい飲んだのに、今は全然忘れていて、「こぐまも、赤ちゃんのとき、おっぱいたくさん飲んだの忘れちゃったの?」と聞くと、「忘れちゃった!」と言っています。)

仕切りなおし

2009-04-17 10:29:43 | 妊娠・出産
断乳3日目の昨夜デトロイトから帰宅したのですが、最初の夜~朝よりは多少楽になった気がしましたが、それでもおっぱいはかちんかちんのパンパンでした。朝から一日中外にいて、飛行機が送れたため帰宅した夜11時まで、おっぱいをしぼることができませんでした。

インターネットで「桶谷式」の断乳法をみると、3日目は全部搾ってもらうらしいです。でもアメリカではおっぱいマッサージなんてないので(あればいいのにと何度思ったことか!)、皆が寝静まっている中、一人で搾ってみたのですが、こんなに張っているのにあんまり出てこないのです。こぐまのときに少し使った電動の搾乳機は、あっちこっち探したけど見つからないし。

夕方からは、なんだかちりちりした痛みもでてきていたので、「やばい」と思い始めました。ちょっと違うかもしれませんが、これは、この間、副鼻腔炎になったとき、歯が痛くなり始めたときと同じ感じの痛みです。つまり、乳腺が炎症になる一歩=このままでは乳腺炎になってしまうのではないかと思いました。

かなり迷ったのですが、溜まった分は、やっぱりカブに飲んでもらったほうがいいんじゃないかと思い始めました。「桶谷式」だと、3時間以上たった母乳は新鮮じゃなくて不味い、といいますし、断乳のときに搾ってもらうのをみたら濃い黄色がかったおっぱいが出てきて、赤ちゃんには飲ませられない、とかいう風に言ってる人が結構いますが、私はいくら搾っても、今までと同じように、白っぽい透き通った母乳なので大丈夫じゃないかと思いました。

でもカブはなかなかおきませんでした。断乳3日目ともなると、ぐっすり寝るようになるのでしょうか。今までは、8時~9時の間に寝ると、早いと10時半、遅くとも12時くらいには一度起きていたのに。とうとう夜中の1時過ぎ、私がトイレに行った音を聞いて、目を覚ましました。そして、おっぱいをあげてみたら、ごくごく飲むのです。両方ある程度飲んでくれて、また寝てしまいました。

このときの「快感」といったらなんともいえません。快感と言うのも変ですが、3日間胸に石が張り付いていたのが取れた、または1週間便秘してたのが全部出た、って感じです。胸が柔らかくなっても、ずっと張っていたせいか、まだ周辺部が痛くて敏感にはなっていますが、今までの痛みとは比べ物になりません・・・。

その後カブは明け方に一度起きたので、まだ重い感じがしたのをもう少しだけ飲んでもらいました。もっと吸っていたそうでしたが、途中からは夫が用意していた水を少し飲ませたら、また寝てしまい、それ以降朝まで起きませんでした。ここ数ヶ月、夜中に2度しか起きなかったことはないので、やっぱり断乳の過程で、ぐっすり眠れるように進歩しているのだと思います。

それ以来、今日一日は母乳を与えずに過ごしました。食事3回、その間の間食としてフォローアップミルクを200mlずつ。ミルクもちゃんと飲むようになり、ミルクを飲ませれば母乳をせがむこともありませんでした。夜寝る前も、私の胸はそれほど張ってこなかったので、本人は飲みたそうでしたが、何も与えずにベビーベッドに入れたら、しばらく怒っていましたが、そのうち寝てしまいました。

また明け方に起きたときに、私がまた我慢できないくらい張っていたら、与えようかと思います。張るまでがまんしておき、張りを取る程度に飲んでもらえば、そのうちでなくなると思うのです。この調子でいけば、私も苦しまないで、本人も悲しい思いをしないで、「卒乳」できそうです。もう絶対なしとか、気張らないで、もう数日かけて完全断乳しようとおもいます。

二人目だから余裕だと思っていたけど、やっぱり一人目のときと全く同じではないのだし、何でも上手く行くわけではないものだなと思いました。

つらいです

2009-04-15 09:23:14 | 妊娠・出産
まだ弱音を吐いていますが読み流してください。

昨日の夜は1時まで眠れず、朝もおっぱいが痛くて5時に目が覚めてしまいました。朝トイレで絞ったけど、めまいがして気分も悪くなりました。食事も、カロリー控えめがいいというので、今日は、今までの大食いから一転、なるべくヘルシーそうなものを選んで、量も控えめにしてみました。そもそもこんなにおっぱいが張っていると食欲も激減していますが。今もおっぱいは石のようにかちんかちんです。日中は仕事中で絞れないしつらかった!上半身の血行が悪くなって、背中もがちがちに凝ってる感じがします。

もっと絞ってしまいたいけど、上手に絞れません。明日は家に帰るのですが、カブに飲んで楽にしてもらいたい・・・・けどここで挫折してはいけませんね。

こぐまのときもこうだったけ??こぐまは確か最後の1ヶ月は昼間はミルクに切り替えたと思います。だからこんなにつらくなかったのかな?

カブも、最後のほうは少しずつミルクを与えてみたし、昼間は私のおっぱいも張らなくなっていたのにな。意外と飲んでたんですね。

夫曰く、昨夜「1時間おきに起きた」ものの大泣きはしなかったそうです。よかった。離れてるけど、みんな(カブ、わたし、夫)がんばろうね。

ブルーです

2009-04-14 12:10:34 | 妊娠・出産
今日はとうとう運命の日が来てしまいました。

カブの断乳です。

今まで子連れ出張で頑張って、今まで母乳を続けてきましたが、カブも11ヶ月になったし、そろそろ子連れ出張から開放されたいと言うのもあって、今回の2泊の出張には、カブを連れてきませんでした。

今デトロイトにいます。今まで子連れの出張は大変だなあ、早く開放されたいなあ、とは思ってはいたけれど、久しぶりにたった一人で飛行機に乗ると、開放感ももちろんありますが、肩の荷が一気に降りて、物足りないくらいです。

なんだか心に穴が開いた感じです。生まれてこの方毎日一緒にいた赤ちゃんがいないのですから。

カブは最近私のことがよくわかってきて、私の声を聞いたり顔を見るとにっこり笑ってはいはいしてきます。夜中も、私が部屋に入ってきたのを知ると、起きて隣に寝たがり、横で安心して眠りにつきます。そんな可愛い盛りに断乳というのは本当に忍びないです。

離乳食もだいぶ進んできているし、もうすぐ1歳だし、客観的にはおっぱい離れも問題ないとは思うのですが、生まれて今まで2人3脚でやってきて、頑張って出張にも連れまわして、母乳にこだわってきただけに、あっさりやめるのは本当に本当にさびしいです。

こぐまのときも同じように、出張をきっかけに、同じ時期に断乳しました。出張中はおっぱいが張って、半べそでおっぱいを絞ったのを思い出します。でも家に帰ったら、こぐまはおっぱいのことなど忘れていました。カブもあまり泣かないで、すんなり忘れてくれるといいなと思います。これも親離れの一歩、いつかは誰もが経験するものなのですよね。

今、夫は一人で大丈夫だろうか、カブはおっぱいがなくて眠れないんじゃないか、と、張っているおっぱいを胸に、ブルーになっています。

一人でだいぶ立てるようになりました。

今回の出産メモ(4)

2008-06-25 21:31:35 | 妊娠・出産
最初に書いた通り、日本で割礼の出来る病院は非常に限られていますが、東京では数軒の病院がやっているようでした。できれば産院の近くが良かったので、アメリカ大使館の米国市民向け病院リストを見て、千葉でも探したのですが、やっていそうな所は見つかりませんでした。

東京の病院でも、そこで出産した人のみ対象の病院もあり、または入院が必要な病院もありで、私が結局選んだのは、西東京にある産婦人科でした。

アメリカから電話して聞いたところ、午前中に行って昼頃には手術は終わっているとの事、入院も必要ないと言う事でした。

私が心配していたのは、生後時間があまり経つと痛みも大きくなるのではないかという事。インターネットで調べたら、生後3週間から1ヶ月以内に済ませるのが好ましいとの事でした。アメリカの病院では、生後入院中にやるので、2日目くらいです。ユダヤ教は7日目です。そこで、産後すぐに予約のための電話をしました。たまたま病院側の都合がつかず、約2週間後の予約となりました。

手術の日は午前中に診察を受ける必要があり、翌日は消毒のために通院が必要といわれ、また東京に行くついでにアメリカ大使館でパスポートの申請などもしたかったので、西東京のその街のビジネスホテルに2泊する事にしました。父に車で送ってもらって、夫と私と赤ちゃんの3人で前日の夕方ホテルにチェックイン。ホテルは病院から徒歩5分くらいで、駅からも近く、好立地でした。翌朝10時に病院に着き、手術は12時からとのこと。

最初に体重を量ったり、診察がありました。あまり低体重だったりすると出来ない事もあるようですが、うちの子は問題なし。そこの先生は一応英語が話せて(あとで調べたら、アメリカのユダヤ系病院での勤務経験があるようです。そこで割礼もしていたようです。)夫にも少し英語で説明してくれました。手術用の器具まで見せてくれたのですが、何か古そうだし、この先生もかなりの高齢。大丈夫かな?と不安になりました。でももう後戻りは出来ません。夫が、「かなり経験があるんですよね」と聞くと、「もちろん」との返事だったので、それを信じる事にしました。

診察が終わると、別の部屋で12時まで待機するように言われました。ここは産婦人科ですが今は産科はやっておらず、病室の一つに通されましたが、人気のない病室階はちょっと不気味でした。器具とかベッドとかもそのまま残されていたのですが、皆古くて、何年前からか時間が止まってしまった感じ。放置されている新生児室の壁にはいろいろ手順とか書いてあって、悲しい感じがしました。

狭い病室で親子3人、暑い日だったので冷房があったのはよかったですが、することもないし、時間をつぶすのが大変でした。12時になってもお呼びが来ないし。12時を20分ぐらい過ぎてやっとお迎えが来ました。赤ちゃんが泣くと両親もつらいので、待合室で待っているようにいわれました。

待合室に行ったのですが、トイレに入っていたら、泣き声がかすかに聞こえてきました。胸が締め付けられるような気がしました。それからさらに5分か10分後に手術が終わったので手術室に来るようにといわれました。入ると、泣いている息子が手術台に寝かされて、手術着の先生二人(診察してくれた先生と、その息子である別の先生)が立っていました。そこで消毒の仕方を実演してもらい、終わりました。1時前には病院を出たので、あっという間のことです。手術は成功したようで、問題ないとの事でした。

息子は赤ちゃんなりに、やっぱり大分ショックだったようで、しばらく泣いていて、おっぱいも飲まずに寝てしまいました。その時は本当に可哀想で、申し訳なさでしばらく落ち込んでしまいました。本当にこれで良かったのかなあという気がして、あとで夫とも話しましたが、もう痛くないはずだし、あっという間に回復するとのこと。確かにそのあとは泣きもせず、オムツ換えの時も特に痛いようではなかったので、ほっとしました。その日は沢山寝ていましたが、おっぱいは普通に飲んで、翌日には通常通りだったので安心しました。翌日病院でまた消毒してもらい、アメリカ大使館に向かい、無事申請関係の手続きを済ませて、千葉に戻る事が出来ました。

割礼後、1週間~10日程度で完全に傷は癒えます。その間、上の息子の時もそうだったのですが、かなり消毒に気を付けていても、少し炎症っぽくなってしまい、ちょっと心配でしたが、1週間後には大分治って、その数日後には完全にきれいになっていました。ちなみに1週間後にも見せるようにいわれて、今度は電車で診察に行きました。その時までにきれいに治っていれば電話で済まそうかと思っていたのですが、まだ炎症が少しあって心配だったので、わざわざ足を運びました。意外と近い(といっても電車で1時間半ですが)ので、何とかなりました。

とにかく無事に終わって何よりです。アメリカでは、最近は割礼しない人も増えているとの事ですが、私の知っている限りではほとんどの子供が、皆普通にやっている事で、出産後書類にサインしたら、退院前に、ほとんど自動的に終わってしまうことです。日本ではこのように手間もお金もかかりました。

今回の出産メモ(3)

2008-06-23 21:41:55 | 妊娠・出産
私の出産した助産院は普通の家のようなところでした。院長の先生一家は同じ建物内に住んでいるようです。私達患者(と呼んで良いのでしょうか?客?)はもちろん個室です。今回は他に出産した人もいなかったので、一番広いという部屋に滞在させてもらいましたが、ベッドとソファーベッドがありました。ちなみに夫は毎日通って夜はここで寝泊りしてました。

新生児室というのはなく、出産後から母子同室です。日本では、産婦が休めないということで初日は別室強制というところが多いようですが、アメリカでは自分で選べました。今回助産院では逆の選択肢はありませんでした。部屋には新生児用のベッドもありましたが、殆どのお母さんは添い寝で同じベッドで寝ると聞きました。私もそうするつもりでしたし、そうしました。ちなみにこぐまのときは初めての出産後で緊張していたのか、どのみちゆっくり眠れなかったのですが、今回はリラックスしていたのか、ぐっすり眠れたし、カブちゃんも疲れていたようで良く寝てくれたので、母子同室でも全然OKでした。

この助産院はお風呂も広くてきれいでよかったです。日本ではどこもそうだと思いますが、共同のお風呂です。でも私一人しかいなかったので、好きな時に使えてよかったです。アメリカの病院では個室にシャワーがついていました。これは部屋で着替えが出来て便利ではありました。

日本で良かったと思ったのは、ウォシュレットがあったのと、食事でしょうか。アメリカではウォシュレットは普及しておらず、産後はプラスチックの容器に温水をいれて手当てをするように指示されました。温水をいれるのが面倒だし、温水の量も制限されるので、ウォシュレットの方が断然良いです。食事は、アメリカの病院では、ホテルの朝食のルームサービスみたいに、数種類から選び、ソースも付けるか付けないかなど、細かく注文できましたが、味はあまりおいしくないし、量も意外と少なめ。いわゆる病院食をアメリカ版にした感じでしょうか。日本の助産院の食事は、旅館風の食事で、和食中心で一般に「母乳に良い」とされているような野菜や魚中心のヘルシーな手作り料理、しかも産後にお腹すいてる産婦にはうれしい、量も食べ応えがあり、味もなかなかでした。

総合すると助産院と言うのは誰かの家にお世話になっている(実際そうなのですが)感覚で、アットホームな雰囲気で産後を過ごさせてもらいました。4泊もすると結構ひまで、アメリカみたいに2泊でいいのになあと少し思いましたが、後から考えたら、あの時ゆっくり休めて良かったと思いました。ちなみに、その助産院では、最終日はアロマフットマッサージを部屋に来てやってくれました。

あと、出産後、アメリカでも、病室に助産婦さんが来て、オムツの換え方とか、母乳の与え方を個人指導してくれましたが、日本では、母乳のチェックとして、おっぱい自体をチェックしてくれました。出産数日後、胸が張って大変だったのですが、その時のケアの仕方も教えてもらいました。今回は問題なく母乳が出たのでチェックもすぐ終わりましたが、初産のときにチェックしてもらい、乳腺が開通していない時にマッサージとかしてもらっていたら、最初も苦労しなかったかもなあと思いました。アメリカでは、抱き方をちゃんとして、回数をあげていれば母乳はそのうち出ると言う考え方で、おっぱい自体のチェックはしてくれなかったので。

助産院の事は以上にして、次回は割礼の話をして終わりにしようと思います。

今回の出産メモ(2)

2008-06-10 14:31:09 | 妊娠・出産
さて出産に関してですが、助産院での出産は、ほとんど期待通りでした。

助産院は、医師が常駐していないので、いろいろ制限があります。リスクが高い人、帝王切開の人、正期産でない人などは、助産院では出産できません。私は幸い経過が順調だったので受けてもらえましたが、今回赤ちゃんの腎臓が肥大していると言われたときと、大きな赤ちゃんなので早産で出てくるかもしれないといわれたとき、そして逆に、今度はなかなか生まれなくて頭が自然分娩で出てこられるぎりぎりの大きさと言われたときは、ひやひやしてました。これで緊急帝王切開とかなったら、受けてもらえる産科がないかもしれない(この助産院は、一応近くの産婦人科と提携しているので大丈夫だとは思いましたが、今日本で問題になっている「お産難民」になりかねませんでした)、または、結局希望の「助産院での出産」ができなくなるかもしれない、と少し心配でした。

でも結局は、正期産に突入し、大きな赤ちゃんでも自然分娩で出てきましたので、結果的には希望通り助産院で全く問題なかったわけです。はっきり言ってラッキーだったと思います。

アメリカの病院でも夜中の出産でしたが、ERの入り口に到着後、車椅子で運ばれて、たくさんの看護婦に囲まれながら、陣痛に苦しんでるときに書類にサインさせられたりしつつ、モニターにつながれました。分娩台に乗った後は、決まったポジションに体を置いて、モニターで陣痛の波が強くなったときにプッシュするように指示されました。私は、分娩台の足置きに足を置くのが非常に心地悪かったので、最終的には看護婦さんに怒られながら、夫と看護婦さんの手を「足置き」にして踏ん張っていました。またモニターの通りにいきまないと、怒られました。途中で点滴も打たれて、腕には管が通っていました。

助産院でも分娩台に乗りましたが、最初に出迎えてくれたのは院長の助産師さんのみ。夜中の静かな助産院の分娩室で、助産師の先生と私たちのマンツーマンです。モニターもなく、陣痛がとうとうひどくなってきたと思っていたときに、いつの間にかいきむように言われました。モニターもないので、自分の感じる陣痛の痛みに任せた自然ないきみのタイミングでした。いきみのときは先生が呼吸を合わせてくれたり、肛門を押していてくれたり(これはかなり楽になりました)。体勢も、私は今回は横向きが一番楽だったので、横のままいきませてくれました。(最後は上を向きましたが。)

へその緒は、最初のときは怖がっていた夫も今回は切りました。

後産の後は、胎盤を見せてもらいました。病院では見せてくれなかったので初めてです(でも食べる?とも言われなかったし食べたいとも思いませんでした)。

その後はすぐに母乳をあげようとしましたが、赤ちゃんも分娩で疲れたのか、あまり吸い付かず。生まれたままの赤ちゃんをそのままお母さんのお腹に乗せておくと、おっぱいに向かって這うとか聞きますが、本当ですかねえ。

今回は生まれた後、赤ちゃんの体は拭いてもらいましたが、お風呂はなし。2日目にやっと入れてもらったのですが、聞いてみたら、最近は、赤ちゃんを「そのまま」にしておいて、お母さんのにおいとかになれさせて安心させるのが流行っている?そうです。はっきり言って髪の毛はかぺかぺだし、なんか臭いし(笑)、夫は特にuncomfortable だったようです。

なんか長くなってしまったので続きはまた次回。

今回の出産メモ(1)

2008-05-31 16:23:34 | 妊娠・出産
このブログを読んでいただいている方の中には、私の経験を参考にしてくれている人もいらっしゃるようですので、今回の出産体験を少しメモしておこうと思います。ちょっとパーソナルなこともありますが、今回は情報があまりない中で貴重な経験もさせてもらったので、知らない人でも困っている人が、ウエブで検索して見つけてくださると幸いです。

今回妊娠したときから、おそらく女の子だろうと思い込んでいたのもあって、迷わず日本で出産してみたいと思っていたのですが、男の子だと判明してからは悩んでことがありました。夫は典型的なアメリカ人(?)で、自分もやってるし自分の子供にももちろん「割礼」をしたいと言っていました。夫は宗教深いわけではないのですが、やっぱりキリスト教の影響と、ユダヤ教に改心した母親の影響があって、割礼はしなければいけない、とかなり強く思っていたようです。日本では割礼は一般的ではない、そして割礼は、新生児のうちにやるべきなので、日本での出産は無理だなあと思いました。

話は少しそれますが、第一子を普通の大病院で出産しました。それで後悔もないし、いやな思いをしたわけでもないのですが、モニターに囲まれて、「医療処置」の一環として出産させられた、という感じもあったので、今回はもう少し自然な出産がいいなと考えていました。また、自然な出産・育児の一環として、「母乳・母子同室・立会い出産」を勧めているところがいいと決めていました。

そこで、昨年10月に日本に来たとき、それらのキーワードで探したら、丁度実家の隣の市にこの3つを満たしている助産院があったので、そこに行って見ました。別に産婦人科でも良かったのですが、実家の周りでこの条件を満たしているところはこの助産院しかありませんでした。

ちなみに、日本の病院では、1日目は母体を休めるために赤ちゃんを新生児室に連れて行ってしまうところが多いようですが、私は一人目の子のときに、一緒にいないと不安だったのと、母乳育児を成功させるためには、最初から赤ちゃんと一緒に過ごしたほうがいいと実感していたので、別室に強制的にされるのはどうしてもいやでした。ちなみにアメリカの病院では、別室でも同室でも、自分で選べます。疲れたら好きなときに新生児室に連れて行って面倒を見てもらうこともできるし、私のように赤ちゃんと一緒にいたい人は、自分の部屋でずっと一緒にいてもいいのです。

それと、立会いはアメリカでは当然ですが、日本ではまだまだ少ないようです。夫は最初の時は立会いは怖い(?)のか嫌みたいな話をしていましたが、結局立ち会うと決めて、立ち会って、とても感動したようです。立ち会うと、やっぱり父親としての実感もわくようです。なので、日本で出産する場合も、夫には立会いをしてもらいたいと思っていました。

自宅で助産師さんに来てもらって出産する人もいるようですが、私は出産という非日常的なことと、あまり日常生活と一緒にしてしまうのは遠慮したかったので、やっぱり分娩・入院は病院なり助産院なりでしたいと思いました。

さて、アメリカで男の子ということが判明してから、かの助産院に、割礼をしてくれる病院が近くにないかと問い合わせたのですが、返答なし。これで、やっぱり日本での出産はやめたほうがいいなと思い、アメリカにいることにしました。アメリカでは今回も、大病院付属の産婦人科に通っていたのですが、アメリカの家の近くにも助産院があることを発見して、そこで出産してもいいなと考えていました。助産院は、どこでも、概ね私の理想の出産・育児を推進しているようでしたので、アメリカでもいいかなと思っていました。

でも、そんな時3月に会社で十数年に一度の一大イベントがあり、出張で日本に来ないかといわれまして、この時期にどうせ日本に帰るならやっぱり日本でも出産してみたかったから、割礼のことは何とかしてみようと思ってもう一度調べなおしたところ、東京では間違いなくやってくれる病院があるようでした。生まれてからどうせアメリカ大使館に出生届出しに東京に行かなければならないし、それならついでに東京の病院で割礼だけやってもらってもなんとかなるのではないか、と思いました。決めた病院に電話して聞くと、別の病院で出産しても、ちゃんとやってもらえるようなので、やっぱり日本で出産することにしました。

つづく・・・