(大昌寺 つづき)
馬場家先祖代々の墓に、馬場平助が合葬されている。馬場平助は、日野宿で荒物商を営む傍ら、天然理心流を学んだ。八坂神社の奉納額にも名を連ねている。文久三年(1863)、浪士組に参加して上洛したが東帰し、新徴組に加わった。江戸警備に活躍後、慶応四年(1868)には庄内戦争に参加した。明治十九年(1886)没。
弟・馬場市次郎は、慶応三年(1867)十二月十五日、八王子宿壺伊勢屋事件に参加して戦死した。二十五歳。傍らの墓碑にその名前を確認することができる。
馬場家先祖代々之墓(馬場平助・市次郎の墓)
馬場家先祖代々の墓に、馬場平助が合葬されている。馬場平助は、日野宿で荒物商を営む傍ら、天然理心流を学んだ。八坂神社の奉納額にも名を連ねている。文久三年(1863)、浪士組に参加して上洛したが東帰し、新徴組に加わった。江戸警備に活躍後、慶応四年(1868)には庄内戦争に参加した。明治十九年(1886)没。
弟・馬場市次郎は、慶応三年(1867)十二月十五日、八王子宿壺伊勢屋事件に参加して戦死した。二十五歳。傍らの墓碑にその名前を確認することができる。
馬場家先祖代々之墓(馬場平助・市次郎の墓)
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