音楽は語るなかれ

音楽に関する戯れ言です。

狂気 (ピンクフロイド/1973年)

2010-09-12 | ロック (プログレッシヴ)


「原子心母」がプログレッシプ・ロックの夜明けならば、このアルバムはまさにプログレの新たな旅たちである。この間、僅か3年間で、ブログレッシブ・ロックはフロイドに寄って誕生し、フロイドによって完成した。しかしそれはこのプログレスという言葉が象徴しているように新たなる旅たちを生む、要はフロイドはそのためにこのアルバムでこの音楽を確立し完成させたのである。

考え方にもよるが、私はフロイド自体は、「神秘」からここまではずっと止まらずに走っていた。しかし、それは後述するがただ走っていたのではない。彼らに取って大きかったのは2枚の映画音楽アルバムである。これは、このバンドが音楽と映画というふたつの芸術をどう創造していくかということの大きなきっかけになった。だから私は、フロイドの歴史の中で一般的には重要視されないこの2枚のアルバムはとても重要だと考えている。特に、映画音楽の後に、大きな構想がある。最初が「原子心母」であり、その次が本作品である。そしてそれがそれぞれ黎明期と成熟期である。この「狂気」というアルバムは、1枚でひとつの交響詩になっている。これは現代でいうワグナーの楽劇でもある。後世の「ザ・ウォール」が「ニーベルングの指環」だとすれば、この作品はさしづめ「ローエン・グリン」であろうか。特に旧アナログ盤でいうところのA面はそれぞれ曲にタイトルはついているが、これはクラシックでいう楽章とも違い、やはり、楽劇のシーンであるかのように、全体の統一性と、"breath"がひとつのテーマとなって同じ主題を繰り返している。またこの主題に対して呈示があったりしているところは、ロック領域のソナタであるという言い方もできるし、寧ろ、一度ソナタにしたものをもう一度壊している、そしてその部分がプログレスな要素だと言える。この音楽が「虚空のスキャット」で一旦終焉して、一転出てくるのがシングルカットにもなった「マネー」である。この曲も大変エピソードが多く、冒頭のレジスター音は、今にしてみれば簡単に表現できるだろうが、この時代にはこの部分だけで収録に1カ月以上かかったという。そういう意味では、サンプラーが無かったこの時代に音はひとつひとつテープで張り付けるという作業をしていたのだから、録音自体も大変な労力だったと言えよう。また、この曲は中間でサックスが入っているが、プログレファンならこのフレーズを聴いて殆どの人が以前に聴いたという錯覚に陥るが、それはキング・クリムゾンの「21世紀の精神異常者」を思い起こしているのである。この辺りの構成といい演出といい実に憎いし、ただ自分たちの音楽を押しつけるのでしなく、プログレファンのことを良く知っているバンドであることが分かる。そういうと何かとても商業音楽っぽく聴こえるが、決してそうではなく、ファンの期待に応えるということも、最早、プログレ界の雄として存在している彼らの宿命であることを知っている、その辺りがフロイドなんだ、他のバンドとは違うんだということを自らが証明している。「アス・アンド・ゼン」からまた、主題に戻るが、この美しい楽曲こそがブログレの代表曲だと思うし、この曲は、本作品でプロデュースに関わったアラン・パーソンズの大ヒット曲「タイム」にもきちんと引き継がれている。主題は戻るが、前半と違って際立って特徴的なのがサックス演奏で、これも実はあることを象徴しているのである。前述した、フロイドが走って来たというのは、走らざるを得なかった、そう、逃げて来たのである。3曲目の「走り回って」には、その逃亡の焦りがひしひしと伝わってくるのだが、何から逃げてきたのか、アルバム「神秘」からずっと逃げてきたのは、そう、シド・パレットなのである。私は最初にこのアルバムを聴いたときに、実はしっかり忘れられたと思っていたシドの幻影を冒頭部分ではっきりと捉えた。"Breath"はシドの息遣いなのであったが、いよいよ逃げて逃げてB面は逃げ切って、そこで、サックスが高らかに演奏される、フロイドと共にプログレ音楽のレ黎明である、クリムゾンの名曲をそこに被せて、完全にシドからは逃げ切っているのである。そして「アス・アンド・ゼン」以降は、それを昔の思い出、失った青春のようにしっとりと歌っている。「狂人は心に」、「狂気日食」と意味心なタイトルが続くが、やはりなんといっても原題の"The Dark side of the Moon"は月の反対側、つまり地球からはみれない向こう側の世界を表現していて、それは実は長いこと実はフロイドの「裏側」に残されていた、というかシドを切った自責の念だったのであるが、最後に"There is no dark side of the moon really. Matter of fact it's all dark(本当は月の暗い側なんて存在しない。何故なら、すべてが闇そのものだから)」という言葉が入ってこの作品を締めくくっている。やはりシドは存在していのだし、でも、本当にこれで最後なのかは、次のアルバムに影響してくるのである。

全世界で同時No.1になった中に、なんと日本も含まれているという珍しいアルバムでもある。アルバムチャートに28年間も入り続けていたのもギネスであり、全世界で4000万枚とも7000万枚とも言われていて、マイケル・ジャクソンの「スリラー」が出てくるまでは、世界で一番売れた作品であった。音楽史上、まさに人類としての音楽との関わりにも欠かせない大作であり名盤である。


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