東京教組(東京都公立学校教職員組合)

教職員のセーフティーネット“東京教組”

先輩教師のアドバイス(いじめと向き合う②)

2012年11月16日 | インポート
Dcp05804
 (前回のあらすじ)「乱暴者」のヤスシがいじめられているとイズミとミカコが指摘され、担任の私の建前と本音の間にある嘘に気付かされる。

 部活のあと、私は同学年の先輩教師に相談した。トラブルメーカーであるために孤立し始めているヤスシをどうしたら良いのか、と。先輩はこうアドバイスしてくれた。
「ヤスシを小学校の時から知っている子たちの中でヤスシと友達になろうとするのはいないだろうな。だとしたらまだそういった人間関係に疎い、他の小学校出身の子の方が仲良くなれそうなんじゃないか?でも、先生が『友達になってやって』って言ってはダメだ。先生の指示に素直に従う年齢ではないんだから」
「では、どうすればいいですか?」
「席替えの時に、周囲を他の小学校の子で固めてみたら?あとは、他の子の前でヤスシを褒めるようにするとか。叱るときは一対一、褒めるときはみんなの前」
「でもヤスシは、宿題はやってこないし、授業中に遊ぶし、掃除はさぼるし、褒めるところがありません」
「そうでもないよ。ヤスシは結構いいところあるよ。わかんないかな?じゃあまずはそこからだな」
 次の日から、『ヤスシのいいところ探し』が始まった。特定の生徒を注意深く観察するのは初めてのことだったが、28人の学級ではそれはそんなに大変なことではなかった。休み時間も職員室に降りることなくヤスシを観察し続けた。
 褒めるところがないと思い込んでいたが、先輩が言うとおりそうではないことが分かってきた。
 ヤスシは、さりげなく働く子だった。注意深く周囲に気を配り生活している子だった。雑巾掛けから落ちている雑巾をかけなおす、落ちているチョークの欠片を拾って捨てる、給食のワゴンを難儀して運んでいる子の後ろから当番でもないのに押してやる、プリントを回すときにはちゃんとふり返って手渡しする、などなど… ただ、褒めようと思って近づいても、ヤスシは暗い目をして私を無視するのだった。『どうせ俺を叱るんだろ』その目の中にあったのは、私への不信感だった。
 そんなある日、各学級でとあるテキストを配るように言われた。私はいつものように、放送で日直を呼び出し配らせようと思った。そのとき、教室に居場所がなく廊下を歩いているヤスシが目に止まった。
「ヤスシ君、ちょっといいかな。これ、教室に持っていってくれない?」
 ヤスシはいつものように暗い攻撃的な目を一瞬向けたが、「ん…」とうなるように言って、28人分のテキストを持ってくれた。ダンボールは見るからにずっしりと重そうだ。
「あれ、一人じゃ大変かな?ごめん、やっぱり日直呼ぶわ」
「…いい。大丈夫」
 ヤスシはそのままテキストを運んでくれた。2分後教室に行くと、そのテキストは全員に配られていた。
「日直、ありがとう。配ってくれたんだね」
「え?俺らじゃないよ」
「ヤスシ君だよ」
 教えてくれたのはイズミだった。私はお礼を言うべき相手を間違えたのだ。ヤスシはそばで傷ついたような目をしていた。
「ヤスシ君、ごめん。係じゃないのに運ばせて、配ってくれたのにお礼も言わないで。本当にごめんね」
 私は心から謝った。すると、ヤスシの前の席のヒロムが驚いたように言った。
「これ全部、ヤスシ君一人で持ってきてくれたの?すごいね」
 ヤスシは真っ赤になりながら、ぼそぼそと言った。
「いや別に…そんなに重くなかったし…」
「これ絶対重いって。すごいよ」
 ヒロムは他の学区から転居してきた生徒だった。入学早々体調を崩して欠席が続いた上、同じ学年の生徒がいない部活動に入った彼は、仲良しグループを作ることもどこかのグループに入ることもできず、少し浮いた存在になっていた。みんながヤスシを避けるので、何となく同じように避けていたらしかったが、自分同様孤立しているヤスシには話しかけたいと思っていたようだった。
 真面目で明るく、おっとりしているヒロムに、ヤスシは噛みつくような態度を向けることがなかった。ヤスシとヒロムは好きな食べ物やゲームの話をするようになり、その後急速に仲良くなっていった。
        (グアムの家族)