東京教組(東京都公立学校教職員組合)

教職員のセーフティーネット“東京教組”

金春湯(こんぱるゆ)

2013年10月31日 | インポート

Photo_2 ウィークリー東京教組(東京教組の機関紙)にプラザというコラム欄がある。このブログでも何回か載せさせていただいた。肩の力を抜いて、組合員に書いていただくコラムとして愛読者が多い。今回は、銀座、金春通りの銭湯の話。

 このごろ「金春湯」(こんぱるゆ)に行く。銀座八丁目のバーが犇めく中に水色の「金春湯」の看板が輝いている。番台に神棚がある。この銭湯に入るとほっとする。この名前は江戸時代に「金春座」という舞台がこの前にあったことからつけられたそうだ。300年の歴史ある湯だ。番台のお姉さん(70代の素敵な方)の言うことには「銀座で銭湯といったらうちだけなんだよ。あっちは銭湯じゃないんだ。」と啖呵を切る。あっちというのは銀座にもう一つある「銀座湯」のこと。同じ銀座でも難しいものだ。なんで「金春湯」に行くようになったのかというと、東京電力本社に抗議デモをした後や日比谷公園集会の後、たまらなく暑いから寄るようになった次第。東電本社から歩いて10分。
 参議院選挙の後、福島第一原発放射能汚染水垂れ流しが発覚した。レベル3だという。福島から世界中の海に垂れ流され続けるセシウム135やストロンチウム。安倍政権は2020東京オリンピックの誘致に躍起だ。オリンピックまでに4号機の使用済み核燃料が地震などでメルトダウンしないことを願うのみだが、福島第一原発には防波堤すらない。こんな緊張を強いられてまで東京でオリンピックをする意義がどこにあるのだろうか。はやく国民に説明すべきだ。オリンピックが開かれる前に、脱原発を実現すべきだ。アスリートたちや観光客に安心して「銭湯」を楽しんでもらえることを願っている。

 この金春通り、江戸時代に能楽金春流の屋敷があり、8月の能楽金春祭りでは路上能が演じられる。今、その屋敷はないが、数年前、運動会の打ち上げで職場の仲間と金春湯で汗を流し、ショーレストラン「笑座こんぱる」でエンターテイメントと飲食を楽しんだ。忘年会としてもおすすめのコースだ。
エゾノコンギク


秘密保護法案反対

2013年10月30日 | 国際・政治

小雨降る中10月29日午後6時半から、日比谷野外音楽堂で「秘密保護法案と立憲主義否定の国づくりに反対する集会」が開かれた。夕方には止むかと思われた雨は、降ったりやんだりを繰り返していた。土砂降りでなかったのが、不幸中の幸いだった。集会には、全国から2000人を超える人々が集まった。

集会では、主催者代表、国会議員、連帯のあいさつに立った人たちから、次々にこの法案の危うさが語られた。「この法案では、何が秘密に当たるのか、それが秘密になってしまっている。」「この法案では、秘密に近づこうとすること自体を、犯罪にしようとしている。」「秘密の対象や、処罰される行為があいまいになっている。これは罪刑法定主義に反する。」「法案成立は、憲法の理念と人権を否定することになる。」などなど。聞くたびに恐ろしく、また、こうした事態になるまで無関心だった自分を反省する。

話の中で特に印象的だったのは弁護士の江藤洋一さんの話だった。
「戦前の治安維持法では、逮捕された人たちの9割は、起訴されていない。この法律ができれば、逮捕と捜査はできることになる。逮捕され、自宅を捜査され、例えばパソコンなどを押収される。権力側は、起訴し裁判にかけなくてもいいのだ。逮捕と捜査ができるということで、国民を脅すことができる。国民は権力を前に萎縮してしまうだろう。」

新聞等の報道では、知る権利や報道に「配慮する」規定が盛Photo1り込まれればよい。などとされているようだが、国民の知る権利とは、時の政府が「配慮する」などというものでは、ないはずだ。こうした考えは、自民党憲法草案の「公益および公の秩序」の範囲内で、人権を認めるということを先取りしているといえないだろうか?

集会の後、参加者は、国会までデモ行進を行った。国会では、民主党や社民党の議員が請願に応えていたが、その数のなんと少ないことか。今の与党は国会では、数の力で押し切ることができる。ここが踏ん張りどころだ。
キイチゴ


希望するすべての子どもに高校教育を!

2013年10月29日 | インポート

2010年4月に導入された高校授業料無償制度の理念は家庭の状況にかかわらず、すべての希望する子どもが安心して教育を受けられる社会をつくるということです。子どもたちの学びを社会全体で支える第一歩だったのです。現在政府は、高校授業料無償制度に合算した保護者の収入910万円を基準額として所得制限を導入するとともに、就学支援金制度と一本化するとし、開会中の臨時国会に改正法案を提出しています。
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就学支援金制度への変更は、高校教育を社会で支える仕組みから家庭の責任に帰すということです。所得制限が導入されれば、高校生のいる世帯の4分のlの生徒が授業料を払い、4分の3の生徒は収入が基準に達していないという証明書を提出することになります。生徒や保護者の経済的・精神的な負担となり、また学校側にとっては膨大な事務量が発生することは言うまでもありません。何より、教室に授業料を支払っている生徒と支払っていない生徒がいることは、子どもたちの気持ちに微妙な影を落とすことになるでしょう。

日本が批准している国際人権規約の中等教育・高等教育の漸次無償化条項に反することも明らかです。政府は所得制限導入で捻出した財源で奨学のための給付金の創設や公私間格差の是正をするとしていますが、これは当然のこととして新たな財源で措置すべきです。

2014年度からの実施となると、現中学3年生から対象となりますが、該当の保護者や生徒、学校現場に十分な周知もされておらず、学校設置者である自治体には十分な準備期間もありません。中学生の進路に大きな影響が及びます。拙速な導入は現場の混乱をもたらします。少なくとも、保護者・学校設置者・学校現場等の意見を踏まえた十分な国民的議論が不可欠だと思いますがいかがでしょうか。

国会では、慎重な審議を望みます。


これが自由というものか

2013年10月28日 | インポート

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26日の教研集会で伊藤真さんは、戦前の軍国主義と戦後の原発主義が同根であることを鮮やかに解説してくれた。
 戦前の軍国主義は「神風神話」で、①政官財(軍需産業)の癒着(大政翼賛体制)②国策としての戦争への批判を許さない。③批判する者の言論を封じる。④大本営発表の情報統制によって国民を支配
⑤戦争責任の所在が不明確で総括できず。
 戦後の原発主義は「安全神話」で、①政官財(電力会社)の癒着(原発翼賛体制)②国策としての原発推進への批判を許さない。③批判する者を排除。④マスコミを利用した情報統制。⑤事故の責任が不明確で総括できず。
 なんと似通っていることか、こう見ると戦後はなく、戦前は連綿とつながっているのだ。
 1954年にエノケンこと榎本健一が歌った「これが自由というものか」(三木鶏郎 作詞・作曲)の歌詞は、すでに60年前にそのことを予見していたことがうかがえてすごい。

知らない間に実験で 知らない間にモルモット
知らない間にピカドンで 知らない間に水爆病
これは呆れた驚いた 何が何だかわからない
これが平和というものか あちら任せの平和論
知らない間に値上げして 知らない間にMSA
知らない間に教育法 知らない間に機密法
これは呆れた驚いた 何が何だかわからない
これが自由というものか あなた任せの自由論
知らない間に金上げて 知らない間に金取って
知らない間に税金で 知らない間に自衛隊
これは呆れた驚いた 何が何だかわからない
これが政治というものか おかみ任せの政治論

MSAがTPP、自衛隊が防衛軍で一丁上がりだ。
実際の歌は、下記のYouTubeで聴くことができる。
http://www.youtube.com/watch?v=NCc2EgOvhwk
シュロ・ヤシ目ヤシ科ヤシ属)


学ぼう!サッカーのツボ

2013年10月25日 | インポート

Img_5740 サッカー講座「学ぼう!サッカーのツボ」が11月2日(土)に開催される。
 町田ゼルビアのプロコーチから直接サッカーの指導方法を教わるまたとない機会だ。
 その指導事例集にスポーツの技術習得に最も適した時期をゴールデンエイジ(8・9才~12・3歳)と呼び、ほかのどの時期にも見られない「即座の習得」の可能な時機だそうだ。その前のプレ・ゴールデンエイジ(幼児から低学年)に豊富な運動経験と、見た運動に共感する能力を身に着け神経系の発達を促すことが大切だそうだ。
 その為に、無駄な動き、寄り道で多様な運動経験積み、様々な動きの入った遊びが大切だという。基本的な考え方は、「サッカーの楽しさを伝え、自主性・自発性を育てる」こうした考え方に立って、具体的なサッカー指導が組み立てられている。
 子どもたちとサッカーを楽しみ、自分で考えて行動できることを共に学ぶことができると、毎回好評である。あと1週間ほどに迫っているが、あと数人ほど定員に余裕があるので、お早めにお申し込みください。

   
町田ゼルビア・フットサル・パーク
12時45分集合、サッカー講座は13時~15時
(町田市小野路町1701 TEL.042-734-0377)市立陸上競技場のすぐそば
※ 動きやすい服装、運動靴でご参加ください。(現地に更衣室があります。)
※実際にボールを使って具体的な指導方法を教わります。
☆雨天の場合は中止です。実施かどうか判断しかねる場合は、下記の山合携帯までお問い合わせください。  
☆申し込みは、090‐4675‐1763(山合)または、東京教組書記局(03-5276-1311)
☆プロコーチが作成した「指導事例集」がお土産にもらえます!
詳しくは、東京教組ホームページをご覧ください。


焼き芋パーティーの行く末を心配

2013年10月24日 | インポート

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 子どもたちと一緒に校庭の片隅で春にサツマイモの苗を植え、秋になると収穫、区民公園で焼き芋パーティー。芋の茎はクリスマスリースをつくる。ここ数年の子どもたちが楽しみにしている我が学級の年中行事である。
 ところが、米国で昨年、自家菜園禁止法(食品安全近代化法)という恐ろしい法律が成立したという。
 「米国の話だろう」と安心していられない、日本版〇〇という制度・政策が続々登場しているが、ほとんど元祖は米国である。米国で起きることは日本でもが実感である。
 米国では911以後「愛国者法」が成立して、軍事国家としてテロとの戦いを理由に、個人の自由や尊厳が奪われ、国民監視の事態が進んでいるが、食べ物まで支配するにいたったかと暗澹たる気持ちになる。
 この法律の運用次第では、種の自家採取、小規模な野菜の流通販売、野菜市もダメになるという。種と食べものの寡占を画策する遺伝子組み換え食物生産のモンサント社が関係しているようですが、TPPによって日本にも同様なことが要求される恐れを感じる。と言うわけで子どもたちが楽しみにしている焼き芋パーティーの行く末を心配するのである。
ムラサキシキブ


ちょっといい話

2013年10月23日 | 日記・エッセイ・コラム

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 名古屋の知り合いから聞いた、ちょっといい話を紹介したい。

 先日、台風が日本を襲った時のこと。嵐の中、電車が止まってしまい、駅前のタクシー乗り場には、すでに長蛇の列ができていた。列の最後尾に並んだ知り合いは、「割り込みをしようとする人がいたら、注意してやろう」と正義感に燃えていたそうな。そこに、大学生らしい若者3~4人がやってきた。彼らはタクシー乗り場の列を見て、「こりゃまいった!」「帰れへんかもわからんで!」などと言っていたらしい。若者たちは、列の最後尾に並ぶのか、それとも割り込みでもするのかと思いきや、、、、!知り合いも予想できない行動に出たというのだ。

 列の先頭に走って行った若者たちは、列の先頭に並んでいる人に、「どちらまで行くんですか?」と聞き、「岡崎まで」という返事を聞くと、「岡崎まで、相乗りできる人はいませんか~」と、列の後ろに向かって声をかけた。何人かが手を挙げて、前に進んだ。若者たちは、次の人にも、同じように「どちらまで帰るんですか?」「〇〇まで」「〇〇まで相乗りされる人はいまへんか?」と次々に声をかけて行ったそうだ。長蛇の列はたちまちのうちに、半分以下になったのだという。それを目の当たりにしたタクシー待ちの人たちからは、「いまどきの若いもんは、大したもんや」と、称賛の声が上がった。若者たちの行動力と、何よりもそのアイディアに。

 とりあえず、おとなしく列に並ぶしか考えが及ばないおじさんとしては、「あっぱれ!」の一言である。

 


台風クラブ

2013年10月22日 | インポート

台風がまた近づいている。甚大な被害をもたらした先週の26号に引き続き、27号と28号の2つがまた日本列島に近づくようだ。今週末26日の土曜日に教育研究集会を控えており、その対応に慌ただしい毎日を送っているさなか、台風による影響への対策も練らねばならず、事務所は大わらわだ。

子どもの頃、台風は非日常の襲来であり、戸締まりの点検やロウソクなどの用意に慌ただしく働く大人たちをよそに、ボクら子どもたちは、 モーレツな勢いで流れていく雲をながめながら何となくソワソワ、ワクワクしていたものだ。当時は、停電も珍しいことではなく、「電気消えるかな」などと不埒なことを言い合いながら、それぞれの自宅に帰っていったことを思い出す。
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先日、「そう言えば、『台風クラブ』という映画がありましたねぇ。あれはいい映画だった」と言われ、「あぁ、あれはいい映画だったなぁ」と思い出した。

『台風クラブ』(たいふうクラブ)は、1985年8月31日より一般公開された相米慎二監督による日本映画。台風の襲来をきっかけとして、日頃の鬱屈した感情を爆発させる少年少女の姿を通して、思春期の少年少女たちの危うさ・脆さを表現している。一見理解しがたい表現や、今日では規制の対象となるであろう過激な表現が散見されるが、それがかえって登場人物の心情の複雑さを浮き上がらせている。イタリアの映画監督であるベルナルド・ベルトルッチもこの作品から創作意欲を刺激されたと語っている。また、この作品で体当たりの演技を見せた工藤夕貴が注目されるきっかけともなった作品であり、これまで優等生的な役柄が多かった三浦友和がそれまでのイメージを180度転換させるような演技をしたことでも注目された。挿入歌にはBARBEE BOYSの楽曲「暗闇でDANCE」、「翔んでみせろ」が使用されている。第1回東京国際映画祭ヤングシネマ部門大賞受賞、第7回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞受賞(大西結花)。

と、ウィキペディアには紹介されている。久しぶりに見なおしたくなった。


たましいの書

2013年10月18日 | インポート

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「憲政の神様」「議会政治の父」と呼ばれる尾崎行雄は、東京の市長もつとめた人だ。
 1954年(昭和29年)10月6日、95歳で亡くなるまで、生涯を「立憲主義」の実現のために尽力した。彼は、たとえ憲法があっても、使い方を間違えれば人々は「奴隷」になる。批判精神を持って何が正しいかを考えぬくことが立憲主義には大切だと人々に訴え続け、1947年に、国民の「奴隷根性」を変えるためにテキスト「民主政治読本」を書いた。そのテキストが今年9月に尾崎行雄記念財団から復刻出版された。
 少し引用すると。

 封建政治の下では、人民に何等の権利自由を認めないから、人民はただお上にあいそし、たんがんして、ひたすらお上のお慈悲にすがる。お上にすがってもききめがなくて、いよいよやりきれなくなると今度はサクラ・ショーゴローにたより、クニサダ・チュージにたより、オオシオ・ヘイハチローにすがる。その内には誰かが何んとかしてくれるだろうと、もっぱら他力の救いをあてにして、どうしても自分で自分を救う気は起らぬらしい。政治上に何等の力も与えられていなかった封建時代ならそれも仕方がなかったであろう。
 しかし今の日本人はそんな無力な奴れいではない。上手に使えば、どんな政治の改革でもなしとげることのできる力をもっている。ただ、その力を自覚しないから、依然ひとだのみの奴れい根性からぬけきれずに、今でも、いよいよ行きづまったら、アメリカが何んとかしてくれるだろうと、すぐ他人にすがりつく。

 自民党の憲法改正草案が立憲主義をかなぐり捨て、安倍政権が憲法を無力化する特定秘密保護法、国家戦略特区を強行しようとする今、このテキストは時勢に適した箴言ではないだろうか。尾崎行雄は、「われは奴隷にあらず」という人が一人でも増えることを期待して、日本人に「奴隷根性」が染みこんでいる理由や、立憲主義を成立するために個人はどうあるべきかという考えを明らかにし、「私はこの本を、私の90年の生がいにおいてもっとも清ちょうな心と、愛国の情熱を打ち込んで書く。この本こそ、私のたましいの書である」と記している。
(アカゲラ)
 


逆らわず ただうなずいて 従わず

2013年10月17日 | インポート

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 職場で「女子会川柳」(ポプラ社)を回し読みして大笑いしながら、「ある、ある」とみんなで相槌を打ったりした。
 いくつか紹介すると

ジジクサイ 思った相手が 同い年
気がつけば 癒し系から 威圧系
「常識よ!」 言ってるあなたが 非常識
「調子どう?」 あんたが聞くまで 絶好調
ストレスは 仕事じゃないの あなたなの
「俺がやる!」 その後始末 誰がやる?
逆らわず ただうなずいて 従わず
きつくなる 目つき性格 腹まわり
「至急でね」 頼んだおまえが なぜ帰る
忘年会 私はあんたを 忘れたい

 そこで、学校川柳も考えてみた

職員室 子どもの話 よりパソコン

 こんな光景が増えてきていませんか?
 皆さんも、学校川柳を考えて東京教組の送ってください。
ttu@tokyoukyouso.org

ホオズキ


オリンピックについて

2013年10月16日 | インポート

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東京でまた、オリンピックが開かれるということになった。7年後といえば、長そうな、短そうな、ひょっとすると自分がこの世にいるのだかいないのだか・・・・。

1964年の東京オリンピックの時は、小学校2年生だった。その時のオリンピックの記憶をたどると、雨のしょぼ降る中、聖火リレーを見に行ったことや、開会式ファンファーレが印象的だったことなどを覚えている。このごろのオリンピックは、開会式を夕方から夜に行うが、1964年の東京は、昼間だった。たしか、「日本中の青空を集めたような青い空」とアナウンサーが言っていた。当時我が家のテレビは、白黒だったから、そんなことはわからなかったが…。

当時のオリンピックは、まだまだ「アマチュアリズム」(あまちゃんリズムではない)が幅を利かせていた。開催都市を決める「招致合戦」などというものも、あまり話題にはなっていなかったように思う。たまたま、あるフリーペーパーを見ていたら、64年の東京オリンピックの招致では、東京は「オリンピック教育」ということを強調したらしい。オリンピックの五輪のマークの意味であるとか、オリンピックを通して世界平和に貢献するということを教育に取り入れたということらしい。当時のことを知っている人がいたら、詳しいことをぜひ教えてもらいたいと思う。なかなかな理念であるが、残念なことに、開催後は、すたれてしまったようである。この辺が日本らしいかもしれないが。

当時は、「参加することに意義がある」ということもよく聞いた。今のように、「メダルがいくつだ」とか「経済効果は、何億円だ、何兆円だ」なんてことを、こんなにも声高に語っていなかったような気がするがどうだろう。

オリンピックといえば、仮設社の「ミニ授業書シリーズ」に「オリンピックと平和」がある。(吉田秀樹著)古代オリンピックや、近代オリンピックと文化・政治・宗教との関連について興味深く学ぶことができる。おすすめである。


原則分離別学から個別の総合的判断へ

2013年10月15日 | インポート

学校教育法施行令「改正」が閣議決定され、8月26日に公布、9月1日より施行されました。これまでは施行令第22条の3に該当する障害のある子どもは、地域の学校への就学から除外され、特別支援学校に措置される仕組みになっていました。ただし、市町村教育委員会が認めた場合は「認定就学者」として小・中学校に就学していました。障害者権利条約を批准するには、この部分が改正されなければなりませんでした。
今度の「改正」では、これまでの22条の3に該当する子は、特別支援学校へとはじめから決めるという原則分離別学から、教育委員会が一人一人の障害の状況、教育上必要な支援の内容、地域における教育体制の整備の状況及び本人・保護者の意向と専門家の意見を総合的に判断して決定するということになりました。その判断の結果、特別支援学校へ就学すると決まった子をあらたに「認定特別支援学校就学者」と言っています。Dsc01800
本来は原則統合に改めるべきだったのですが、残念ながら非常に中途半端で、分離を原則とはしないけれども統合も原則とはしない、文科省の説明では「ニュートラル」(「中立的」)に「個別」に判断することになりました。
しかし、施行にともなって文科省が各教育委員会に出した通知には、「本人・保護者の意見を最大限尊重し」「保護者の意見については、可能な限りその意見を尊重しなければならないこと」と書かれています。共に学ぶことが基本である事が書かれてある障害者基本法16条も参考資料として載せられています。
障害者権利条約や障害者基本法の趣旨を生かし、権利条約にある「合理的配慮」をすることに よって、子どもたちが安心して、楽しく学校生活がおくれるようにしていかなくてはなりません。


あぶない秘密保護法案

2013年10月11日 | インポート

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 憲法をなし崩しに無力化する政策や法案が安倍政権になってから目白押しだ。中でも、間もなく始まる国会に提出されようとしている「特定秘密保護法案」は、国民の表現の自由も知る権利も奪う、とんでもない内容だ。戦争への道をひた走った戦前の「治安維持法」にも匹敵する法律である。なぜ言論界、マスコミが法案の問題点を大きく取り上げないのか不思議であり、不気味でもある。
 日本弁護士連合会(日弁連)は、特定秘密保護法案に反対する会長声明(10/3)を出している。この法案の問題点をわかりやすく指摘しているので、要約、抜粋して紹介する。

①法案は、統治機構の在り方、国民主権及び国民の諸権利に重大な影響を与えるものであるが、国民に秘したまま7年以上にわたり水面下で検討し、わずか1か月前に法案の概要を示し、更にパブリックコメント期間を2週間しか設けない国民不在の手続を強行した。国民主権の否定で断じて許されるべきではない。
②パブリックコメントには、約9万件の意見が寄せられ、約8割が法案概要に反対する内容だった。政府は、パブリックコメントを分析し、法案の再検討、提出の断念を検討すべきであったが、これを無視して本件法案を公表した。
③法案の内容は、特定秘密の範囲が広範かつ不明確で、違法秘密や疑似秘密(政府当局者の自己保身のための秘密)の危険性もそのままであり、適性評価におけるプライバシー侵害の問題や、重罰化、共謀・独立教唆の処罰による取材活動の萎縮や知る権利の制約の問題も解消されていない。
④特定秘密情報を提供することができる要件が、外国の政府や国際機関に対しては、国会等への提供の場合よりも明らかに緩やかなものになっている。そのうえ、国会議員がその情報を議員活動でどのように利用できるかについても不明確なままで、国会が国権の最高機関であることを無視するものというほかない。全国民を代表する国会議員によって構成される国会が行政を監視するのではなく、逆に行政によって国会が支配されかねない構造となっており、わが憲法下の統治機構の在り方を根底から蝕むものである。
⑤警察庁長官が、都道府県警察に特定秘密の提供を求めることができるものとしている。これは、警察組織の更なる中央集権化を推し進める役割を果たし、戦後の警察組織の民主化を大きく後退させることにつながりかねない。
⑥法案の第20条に「報道の自由」に配慮する旨の規定が盛り込まれたが、「報道の自由」は判例上確立しているから、その文言を改めて規定する意味は特にないのであって、幅広い処罰規定を設け、過失犯まで処罰するという本件法案の重罰化がもたらす憲法の保障する自由権に対する深刻な萎縮効果は何ら拭えない。

 日弁連の声明は、「特定秘密保護法案」の提出を断念し、重要な公的情報を適正に保管するための「公文書管理法」と国民の知る権利を充実させるための「情報公開法」の改正こそが行われるべきである、と結んでいる。
イタドリ


おとしまえ

2013年10月10日 | インポート

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 オリンピックの合言葉が「おもてなし」になったようだが、外国からのお客様を丁寧におもてなしするのは結構な話である。最大のおもてなしは、安心して安全なオリンピックに参加していただくことだが、その為には福島第一原発事故処理に「おとしまえ」をつけることが緊要であることは論をまたない。
 IOC総会で「状況はコントロールされている」「影響は原発の港湾内で完全にブロックされている」と言い放った一国の首相の発言は重く、これによって世界に七年後までに原発事故から復興することを公約したと考えるべきだろう。
 汚染水が今も港湾外に漏れている中で、世界に向けて言い放った言葉の「おとしまえ」をつけてこそ「おもてなし」と言えるのではないか。
 国会原発事故調査委員会の最年少メンバーだった相川祐里奈さんは、事故調報告書提出後も調査を続け、「避難弱者」(東洋経済新報社)を発刊した。相川さんは、七年後の東京五輪で「福島の復興にタイムリミットができたということ。被害を決して風化させてはなりません」と訴える。
 「建設関係は、オリンピックで景気がいいといわれるけど稼いでいるのは大手だけで、あと5年のバブルにすぎない。しかも、期間限定だから東北の復興の方が後回しになる危険もある。職人が足らず、しかも長時間労働で超勤手当は色をつける程度。喜べる状況じゃないですよ。」と建設関係の労働組合の方から聞いた。

残業代 まともにつけば 大富豪(「女子会川柳」より)
この感覚、教員も建設業も同じらしい。

コクワ


もっと早く言ってよ!

2013年10月09日 | 国際・政治

 今月2日の東京新聞の記事によれば、小泉元首相が「もはや、脱原発しかない」と名古屋の講演会で発言したとのこと。「核のごみをどう処分するのか、あてもないのに原発を進めていくのは、無責任ではないか。・・・原発は事故が起きれば、人の健康や農水産物、地域への影響が計り知れない。・・・汚染水対策も廃炉も税金を使わなきゃできない。原発のコストほど高いものはない。・・・・」まったくもって、その通りとしか言いようがない。だったら、もっと早く気付いてほしかった。

 小泉さんは、フィンランドの「オンカロ」という、放射性廃棄物の最終処分場を視察したそうだ。オンカロは、強固な岩盤を400メートル掘った穴に、原発からの高レベル放射性廃棄物を埋めていくというものだ。フィンランドの地質は、19億年前に形成されたきわめて古い岩盤からできていて、プレート境界も近くになく、活断層もないという。だからこそ、処分場になったわけである。逆に言えば、プレート境界に近く、地震の巣である「活断層」だらけの日本で、高レベル廃棄物をどのように処分するのか?という疑問がわくのは、当然のことだ。
テレビニュースによれば、視察団には、ゼネコンや電力会社の人たちがいて、「元総理、原発推進で一つよろしく」といったらしい。それに対して、「いや、原発推進は無理だ。脱原発ならまとめられる」と答えたそうな。

「今まで、自民党は原発推進だったのに、なぜ脱原発なのか?」と記者が質問したら、「3.11だ!」と答えたそうだ。至極まっとうな答えではある。今までのしがらみや、あちこちの顔を立てるといった気遣いと無縁な小泉さんらしいとは思う。

それにしても、もっと早く言ってほしかったし、こうした考えの政治家が、もっと出てくるべきだろうと思う。