東京教組(東京都公立学校教職員組合)

教職員のセーフティーネット“東京教組”

弱さに向かい合う教育実践を 関東ブロックカリキュラム編成講座に参加して

2018年09月21日 | 日記

 8月18日、19日に日教組関東ブロックカリキュラム編成講座が千葉県で行われました。今回の講座は、「豊かな学びとは何か」というテーマで、「学力」「外国語」「人権」という三つの分科会に分かれて討論がされました。二日間の講座を通して印象に残ったことを紹介します。

 初日は、浅川 和也さん(明治学院大学)が「検証 新学習指導要領~ゆたかな学びの創造に向けて~」というテーマで講演を行いました。この話の中でとても印象に残ったことは、浅川さんが学生に向けて「学校で学んだ結果できるようになったことは何なのか」と聞いたところ、多くの学生が「規則を守れるようになった」「時間を守れるようになった」「我慢ができるようになった」などと答えたそうです。浅川さんは「隠れたカリキュラムによって学ぶことで自ら進んで不自由になっている」と学生の現状を嘆いていました。

 私は、常々「どうして、安倍内閣はあれほどひどいことをしているのに支持率があるのだろう」と疑問に思っていたのですが、この話を聞いて私たち教員は規則を守り、我慢強く、従順な子どもたちを育ててきてしまったのではないかと思い至ったのでした。

 「学力分科会」の講師、菊地 栄治さん(早稲田大学)もその講演の中で、グローバル化社会の到来によって社会は不確実なものとなりその不確実さに対応することを教育に求めることを通して不安感をあおり「学力」を身についていかないと危険だという思いを私たちに抱かせていることや、「内面をコントロールするすべを獲得することが社会に通用するために必要」という考えをもたせているということを指摘していました。

 新学習指導要領は「できるようになること」を目指しているが、これは「強さ」「できること」を個人に追及させることを旨とする「個人能力論」であり、私たち教員が人間の「弱さ」にきちんと向かい合わなければ個人能力論は極めて大きな影響力をもって子どもたちの生活に浸透してしまうだろうと述べていました。また、この考えは「特別支援教育」を個人能力を高めるための合理的配慮にシフトしていく懸念があり、「受け止める寛容さ」を養う機会が排除され、人々は分断されるであろうと語っていました。

 こうした状況に抗していくためには、私たち教員自らが陥りがちな思考習慣や常識についていったん立ち止まって吟味し、人間と社会の「限界性」に気づくような生を味わい経験することでしか豊かなカリキュラム作りはできないだろうと述べていました。

 もう一度、「人類の進歩」という目線から学力論やカリキュラム論をみていく必要があります。9月22日(土)には授業づくりの本質を学べる授業講座 「いのちの授業」を行います。ぜひこの講座に参加して、「豊かな学びとは何なのか」ともに考えてみましょう。

コメント

敗れた朝に2

2018年02月22日 | 日記

 前回の「敗れた朝に」では、去年の共謀罪が成立したとき、悔しい朝を迎えたけれど、また諦めずに立ち上がっていこうね、という話をしたよ。沖縄でも何度も悔しい朝を迎えてきたけど、諦めずに立ち上がってきたという話もあったね。沖縄では、諦めずに立ち上がるのに、1つ大きなコツがあるんだよね。

それは「歌」なんだ。

 どんなに努力をしても、届かないときもある。どんなに声を上げても変わらない時もある。くじけそうな時に、数々の歌が支えになったよ。それもみんなで肩を組み、声を合わせる歌に意味があるんだ。

 基地建設の強行が続く辺野古では、反対のために集まった人の中から、自然に歌が生まれてきたよ。

 かつてからあった歌「ここへ座り込め」。肩を組み、歌をうたい、決して崩れない団結を歌った歌だ。

 辺野古のリーダー的存在の山城さんが「美しき5月のパリ」を替え歌にした「今こそ立ち上がろう」。もともとはパリ革命で歌われた歌が、沖縄の闘いの中で自分たちのものに昇華した。「・・・圧政迫るが 立ち止まりはしない 今こそ立ち上がろう!」と横暴な権力に立ち向かう勇気を与えてくれる。

 「ケサラ」もよく歌われる。もともと内地で音楽活動をしていた川口真由美さんが辺野古で歌い始めた。川口さんのパワフルな声に熱い歌詞がよく似合う。二番など共謀罪成立後の「敗れた朝」にぴったりだ。「・・・泣きはらした夜 迎える朝のまぶしさ 涙の乾くときは ないけれど 決して倒れはしないさ・・・」。サビの「・・・ぼくたちの人生は、平和と自由を求めて 生きていけば いいのさ・・・」で僕らは、これからの指針を見出す。

 今も、悔しいできごとが続いている。

 だから、ぼくも、ここは、歯を食いしばり、歌の力で「諦めない心」が折れないようにしていきたいんだ。今風の歌にだって、そんな歌がたくさんあるよ。安室奈美恵さんの「Fight Together」なんてこんな時のためにあるみたいな歌詞だ。最近は子どもの歌にもグッとくるものが多いね。去年7月のおかあさんといっしょの月の歌「ぱんぱかぱんぱんぱーん」もいい。「・・・そう、みらいは、ぼくしだい」なんて、自己決定権の大切さを歌っている。

 こんな「歌の力」も使って、困難な時代を乗り越えていきたいんだ。

コメント

女性部・冬の講座から

2018年02月15日 | 日記

1月8日(月・祝)、女性教職員のための冬の講座を実施されました。

冬休み最終日、連休最終日にもかかわらず、多くのの方が参加してくださり、秋季闘争の報告、職場交流、ミニ学習会が行なわれました。

 秋闘結果の報告

 臨時国会の冒頭解散のため、回答指定日までに閣議決定がなされず、 都の回答が遅れ、異例の交渉継続となった経緯についての説明がありました。

 月例給の改定がなかったり退職金が引き下げられたり、残念な結果となりましたが、一時金の0.1月増、退職金の削減をある程度圧縮させたことなどは一定の成果です。また、福祉関連要求の一部が実現しました。

◯子どもの看護休暇の要件小学校就学前→中学校就学前

◯育児参加休暇の養育対象小学校就学前→中学校就学前

◯行政職の年休の時間取得5日分が上限撤廃(時間単位で可)

◯時差勤務の取得育児・介護通院も可・日単位可

◯退職手当からの育児短時取得期間の1/3の除算がなくなる

粘り強い交渉の結果です。これからも力を合わせて闘っていきましょう。

 職場交流

 セクハラ・パワハラが陰湿なものになってきているという報告の他に、 「教員にもシャツをジャージに入れるよう指導があった」「服装や髪型、履き物について文句を言われる」など、教職員どころか社会人としての尊厳を踏みにじるような管理職が増えていることがわかりました。

また、Jアラートによる避難訓練、小学校英語教諭や特別支援教室に関する問題点も挙げられました。

 「市教委や市役所は、組合には対応しないが市民団体には対応している」「中教審の中間まとめの中に不正確な記述があった。答申などはよく読むべきだ」など、今後の活動のヒントになるような報告がありました。

コメント

民主主義を守る教育とは

2018年01月17日 | 日記

 
 新しい年、2018年がスタートしました。年の初めには希望を語りたいところですが、安部首相は1月4日に「戌年の今年こそ、新しい時代への希望を生み出すような、憲法のあるべき姿をしっかりと提示し、憲法改正に向けた国民的な議論をいっそう深めていく。自民党総裁として、そのような1年にしたい」と述べ、憲法の改悪に弾みをつけようとしています。                                                          

 先日、毎日新聞でドイツの政治教育を取り上げている記事を読みました。記事によるとドイツで政治教育を行う教師は「児童・生徒に特定の政治思想を植え付けてはいけない。自分の意見と違うからといって、言及しないのもいけない。教師が中立でなければならないという考えも否定する。人間が何らかの思想を持つのは当たり前という考えからだ。その上で、教わる側が教師の意図を理解し、批判もできるように、教師が自分の思想信条を明らかにすることを重んじる。また、政治教育がどのようなものであるべきかについて多様な考え方を認め、一人一人が判断すべき」だとしているそうです。そして、選挙中に授業に候補者を招き、候補者は生徒の質問を受け、主張を行います。参加する生徒に対し教師は「候補者の発言は本当なのか、と批判的に聞くように指導」しているのだそうです。

 「森友、加計疑惑」であれだけ支持率を落とした安部自民党を、昨年の衆議院選挙で圧勝させてしまう国民を育ててきたのは戦後民主主義教育です。度重なる組合への激しい攻撃と、教育現場の管理強化によって民主主義を担う主体の形成がとても難しくなっていることは事実ですが、教師が首をすくめたままでいいのでしょうか。

 ドイツと同じような政治教育を日本で行うことは難しいでしょう。なぜなら政治教育の中身は、時の政治体制によって変わる可能性が高いからです。記事の中で、ドイツの政治教育に詳しい早稲田大学教育学部の近藤孝弘教授(政治教育学)は、「ドイツでも第一次大戦中、連邦政治教育センターの前身は政府の宣伝機関だった。民主主義のための政治教育とは、さまざまな意見を許容する超党派的なもの。民主主義そのものが壊れやすく、守り続けるには国民の努力を必要とするが、その認識が一般的に共有されなければ、いくら公的機関を作っても機能しないだろう」と述べていました。

 私たちは学校教育の様々な場面で民主主義の大切さと「民主主義そのものが壊れやすく、守り続けるには国民の努力を必要とする」ということを子どもたちと共有化していく努力を私たち教師はしていかなければいけないのだなと思うのでした。

コメント

あけましておめでとうございます

2018年01月09日 | 日記

あけましておめでとうございます。組合員のみなさんに支えられ、東京教組もおかげさまで新たな年を迎えることが出来ました。ありがとうございます。

 

 安倍政権の長期化により、その新自由主義的な経済運営の下で、日本の社会に貧困と格差が大きく広がっています。子どもたちの貧困率はOECDによって警告されるまでに高まり、今や6人に1人の子どもが貧困に苦しんでいます。また、「戦後レジュームからの脱却」をめざすその政治路線は、平和と人権を脅かし、立憲主義の危機を招き、憲法の改悪さえも現実味を帯びてきました。未だに収拾の目処が立たない東京電力福島第一原子力発電所大事故と(にもかかわらず)再稼働する原発、暴力的にすすめられる沖縄の辺野古新基地建設の実態は、日本の民主主義の脆弱性を如実に表しています。

 しかし、安倍首相の「自己都合解散」による総選挙は、残念ながら自民党の圧勝で終わり、与党(自民党、公明党)が三分の二を超える議席を獲得しました。審議が進めば進むほど疑惑の深まる森友・加計問題は、いよいよ幕引きが図られようとしています。

 

 学校では、多忙化に有効な歯止めがかけられないまま、四月からは新学習指導要領の下で、小学校「英語」が始まり、ますます多忙化に拍車がかかる状況です。東京都教育委員会が公表した「職場実態調査」の結果では、中学校の約七割の教員が過労死ラインを超えた超過勤務の実態にあることが明らかになりました。さらに、「特別の教科 道徳」が始まり、国家の価値観を子どもたちに一方的に押しつける教育が推し進められることが危ぶまれます。

 

 なかなか新年らしい明るい話題がない中で、以前観た映画『世界の果ての通学路』をふと思い出しました。

 

『世界の果ての通学路』は、道なき道を何時間もかけて通学する子どもたちを追った、驚きと感動のドキュメンタリー映画です。野生のキリンや象が生息す

バンナを駈け抜けるケニアのジャクソン。山羊飼いの仕事を終えてから、愛馬で学校へ向かうアルゼンチンのカルロス。女子に教育は不要とする古い慣習が残る村から、寄宿学校に通うモロッコのザヒラ。生まれつき足が不自由で、弟たちに車椅子を押されて登校するインドのサミュエル。通学路は危険だらけで、大人の足でも過酷な道のりですが、それでも子どもたちは学校へ向かいます。

 

東京で暮らす私たちからすれば、正に「毎日が大冒険!?」の通学路、その想像を超える危険な通学路を学校を目指して通う子ども達は、しかし、喜びに溢れています。彼らの世界では学校へ行けず働いている子どもも多いのです。学校で学び、なりたい職業に就ける可能性がある未来が彼ら、彼女らにはあるからです。

私たちは、登場する4人の子どもを通して、女子教育の問題や貧困、そして児童労働など多くの問題を考えさせられます。また、スクリーンからは、お仕着せの感動ではなく、先生や親たちを含むそこで暮らす人々の生きる姿勢が鮮烈に私たちに迫ってきます。そして、何よりも、「夢をかなえたいから」と瞳を輝かせる子どもたちの笑顔に「学校とは何か」という問いかけを自分にすることになります。

 

 東京の子どもたちが喜びと希望に溢れ、笑顔で学校に通えるように、そして、子どもたちが目を輝かせて「夢」を語れる学校、教職員が子どもたちとともに未来を語れる学校を私たちも取り戻さなければなりません。

 

 今年も組合員の皆さんとともに、執行部・書記一同全力で頑張る決意を申し上げ、結びに組合員の皆さんとご家族のご健勝を心より祈念し、新年のご挨拶と致します。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

コメント

安倍政権の狙いは独裁国家なのか

2017年12月14日 | 日記

 男は戦士、女は子どもを産み家を守る機械、高齢者や障害のある人は排除。安倍政権の狙うこの男性優位主義は、ファシズムと親和性があり、戦争へ突き進む危険性をはらんでいることから話が始まりました。改憲については、特に緊急事態条項を入れることが危険だということでした。かつてヒトラーは大統領緊急令を次々と発令し、全権委任法を制定しました。これにより憲法違反の法律を作れるようになり、独裁体制を確立していったのです。自民党の推し進める緊急事態条項が憲法に入るということは、何の縛りもなく政府に全権を委ねる戒厳令条項が出来上がるのと同じことになります。 

 緊急事態条項、9条改憲、共謀罪の3つがそろったら、日本はいつでも戦争のできる国になってしまうのです。

 安倍道徳教育から見える戦争国家・ニッポン

 教育基本法改悪から国家主義への暴走が始まりました。日の丸・君が代を学校教育に浸透させ、国家のための国民を育てようとしているのです。「新しい教科道徳」には、教育勅語取り扱いの可能性もうかがえます。天皇神格化のために天皇から直に出された教育勅語を持ち込むことは、学校教育に天皇の神格化を持ち込むことになるといいます。政府やメディアは北朝鮮危機を利用して「北朝鮮は怖い国」と子どもたちを洗脳しています。北朝鮮のミサイル発射についてメディアは正しく報道していません。

 マスメディアの報道は疑ってかかる

 北朝鮮のミサイル発射報道では、マスメディアは異常なほど国民の危機感を煽っています。メディアの中立とは、5万人規模の護憲集会と4千人の改憲集会を同量の紙面で扱うことではありません。ジャーナリズムとは、国家と権力を見張り、批判するものであるべきです。私たちはメディアの報道を鵜呑みにせず、きちんと事実を見取る目を持たなければいけません。

 民主主義とファシズムのたたかい

 憲法を取り戻し、民主主義を護る闘いを進めていかなければなりません。それは単に護憲というだけでなく、差別の起こらない社会をこの手で創っていくという積極的人権擁護の立場に立つということです。「正義」とは、100%弱者の側に立つということです。この闘いは、自分の立ち位置をはっきりさせて、声を上げるだけでなく、創りだす必要があるということです。

コメント

タイムカードの導入は意味がない?

2017年11月30日 | 日記

「タイムカードの導入なんて意味がない!」逆に管理強化。

打刻できない土日・・・嘆く教員。(弁護士ドットコムニュース編集部)という記事をネット上で見つけました。一体どういうことなのかと読んでみると、

 大阪府の小学校で15年以上勤務しているベテラン教諭は、勤務する自治体で10年ほど前からタイムカードが導入された。ただ、「タイムカードは入れないほうがいい。結果として管理が強まっている」と訴えている。
その大きな理由は、始業時間から1分でも遅れた場合には、年間20日間(1日あたり7時間45分)ある年休(有給休暇)申請をしなければならなくなったからだ。

 だいぶ前になるが、国立で働いていたときには勤務時間開始の8時15分を1分でも過ぎたら、出勤簿は片づけられ1時間の年休をとらされたことを思い出しました。確かに使い方によっては職場の管理強化につながる危険性があるのかもしれません。

また、この記事には、タイムカードを打刻したくてもできないという状況も紹介されている。

 東海地方の中学教諭のYさんは、5年前から勤務する自治体でタイムカードが導入されるようになった。Yさんの一日の流れはこうだ。出勤するのは6時45分、校門を開ける作業から始まる。授業準備をして7時半になると、生徒の登校に合わせて朝の挨拶。そして授業終了の15時になると、部活動が始まる。体育大会を控えている最近は、部活の指導と並行して応援団の指導にも入る。そうして18時過ぎに部活動を終えた生徒を帰すと、そこから生徒指導について他の教員との打ち合わせが入ってくる。

 タイムカードがあって、良かったことはあるのだろうか。「自分がどのくらい働いているのかが分かるところですかね。今自分の状況が異常だと認識できています」と言う。ただ、部活動の土日の遠征などで学校外に行く際には、出勤しないためタイムカードは切れない。若手の教員の中では「全く意味がないよね」と話しているそうだ。
 文科省は9月22日に授業以外の仕事の分担を見直す方針を示しました。その内容は「登下校の見守り活動や放課後の見回りを『学校以外が担うべきだ』としたほか、校内清掃などの見直しも提案した」というもの。

掃除がなくなるのはいいかもしれないと思いつつ、「掃除は情操教育として大切だ」なんて意見が出てきて結局つぶされるのだろうなと思うのでした。

 タイムカードの導入や授業以外の仕事の見直しなどのとりくみは学校現場の超勤問題に関心をもつきっかけになるかもしれませんが、問題となることもあるようです。文科省は超勤解消の提案をするならばまず現場の声を聞いてこれを反映させるようにするべきでしょう。

コメント

「今、つたえたい―沖縄・平和への思い」

2017年11月22日 | 日記

10月28日に行われた東京教研の全体会では、映画「標的の島~風かたか~」の監督である三上智恵さんに講演していただいた。

  自分を変えた中学教員との出会いや小学生の頃の自分と沖縄とのつながり、平和祈念資料館の改ざん問題などのお話の後、標的の島の話になった。 「沖縄の人々はなぜ身を投げ出してまで基地を止めようとしているのか」と問われた。いろいろな理由があるだろうが、最も重大な理由は「辺野古の新基地は、出撃拠点になってしまうから」だ。沖縄をベトナム戦争の時のように悪魔の島にしたくないのである。

  今、辺野古で作ろうとしている基地は、V字滑走路があり、オスプレイが離発着でき、軍港や弾薬庫も備える多機能で強力な基地である。こんな基地が できたら人々の暮らしも豊かな自然も壊されてしまう。これはおかしいと多くの人々に知ってもらいたいから映画を作り続けているという。

 「標的の『島』は沖縄本島ではありません。『日本列島』のことです」と言われ、なぜと思った。

 アメリカはエアシーバトル構想を立てている。その構想では太平洋は西側諸国の利益を守る場所であり中国を太平洋に出さない作戦を考えている。第一列島線を使って中国を止めようとしている。その第一列島線が日本列島なのだ。

 現政府は昨年自衛隊を与那国島に800人配置、これから宮古島600人石垣島600人配置しようとしている。これはまさしくアメリカのエアシーバトル構想に取り込まれてしまうことである。離島への自衛隊配備は日本では関心が低いが、諸外国は注目しているという。自衛隊配備には反対しなければならないと思った。

  「これらに対抗するには、日本と中国と韓国朝鮮が仲良くすること、それが大切です」と三上さんは強く訴えた。

 民間の草の根交流は重要だ。

 私は11月1日に朝鮮通信使がユネスコの記憶遺産に登録されたことを喜んでいる。朝鮮学校の無償化運動にも取り組んでいこう!

コメント

ジェンダーの視点から働き方を考える  ~労働経済ジャーナリスト・小林美希さんの講演から~

2017年10月31日 | 日記

 9月9・10日に行われた日教組女性参画推進担当者会議で、労働経済ジャーナリストの小林美希さんのお話を聞きました。小林さんは非正規雇用問題やブラック労働、産育休についてのルポを書かれている方です。

劣化し続ける日本の雇用

 2000年以降、専門業務の派遣期間が無期限になったり、製造業務への派遣が解禁になったりと、非正規雇用が生まれやすい法改正が相次ぎます。法律を作っている大学教授が、企業からお金をもらっているので、企業寄りの法律が作られているのだそうです。

 現在、約5200万人いる労働者のうち、4割近くが非正規労働者となっています。連合の調査によると、正規雇用の半分、非正規雇用の7割が妊娠後に退職しているそうです。働きたくても働けない女性は303万人もいるとのことでした。キャリアが継続しないことは、労働者自身のためにならないだけでなく、企業のためにもなっていないと言えるのではないでしょうか。                                                      

 正規・非正規というふうに、雇用を分断することで、異なる立場の社員への想像力を失わせ、団結する力を弱めたと小林さんはおっしゃいます。組合の力が弱められていること、マタハラやパタハラが深刻化していることにもつながっているように思います。

今、何が必要なのか

 「社員を大事にしない会社は業績も傾きがち」「採用時にエントリーシートで大学差別をする企業も業績が悪化している」と小林さんはいくつかの具体的な企業名を挙げていました。労働環境を整えることが企業としての先行投資の一つである、と考えている企業は少しずつですが業績を伸ばしているそうです。また、賃金表のある企業は、東京都でも半分しかないとのこと。正規雇用でも、労働条件があいまいなまま働かされているのです。

 ワークライフバランスに向けた先進的な取り組みも紹介されました。ある病院では妊娠8~12週は強制的に深夜勤を免除しているそうです。またある介護施設では、いつでも短時間正職員になれる制度があるそうです。このような、女性が活躍してきた職種(保育士・看護師・介護職等)は、国の制度で働き方が決まってしまいます。この職種が今、激務であり低賃金であることを、国が改善しなければ劣化どころが存亡の危機だともおっしゃっていました。

 妊娠したら当たり前のように「おめでとう」と言うべきであること、組合が労働条件を改善していることなど、今、取り組んでいることに自信がもてるようなお話ばかりでした。

 

グループ討議での話題~各道府県からの意見など~

 日教組女性参画推進担当者会議では、グループ討議の時間も設けられています。話し合いの中で出てきた意見などをいくつか紹介します。

・女性の雇用問題は差別であるととらえるべきである。

・多忙であり激務だが、教職員は恵まれている方かも。他職種を巻き込んで活動を。

・現在は産育休代替は非正規教員が行っているが、以前は各職場に正規職員が常駐していて、その人が代替していた。正規職員にゆとりが必要である。

・女性の社会進出と同時に、男性の家庭進出を。

・「妊娠・出産・育児=働けない」はおかしい、というところから女性部の様々な運動が始まった。子どもたちに自立と共生を伝えるためにも、女性の働き方をより良いものにしなければならない。

・女性参画とは女性を何人参加させるといった見た目をよくするということではない。女性が元気な単組は全体が元気である。女性に寄り添える職場・組合は、全ての人に寄り添える職場・組合である。

コメント

チェ・ゲバラ没後50年

2017年10月24日 | 日記

今年(2017年)は、チェ・ゲバラが39歳という若さでこの世を去ってから50年目にあたります。そのため、日本でもいくつかチェ・ゲバラに触れられる機会がありました。チェは、どこに行くにもカメラを手放さなかったと言われています。恵比寿では、約240点もの写真を展示した「写真家 チェ・ゲバラが見た世界」が開催されました。その中の1枚に、チェがヒロシマで撮った原爆ドームの写真がありました。

映画『エルネスト』の冒頭は、日本外務省の意向を無視して、チェが汽車で大阪から広島に向かうシーンから始まります。原爆資料館や原爆ドームを見学し、慰霊碑に献花を終えたチェは、「君たちは、アメリカにこんなひどい目に遭わされて、どうして怒らないんだ」とつぶやきます。

『エルネスト』は、チェ・ゲバラとともにボリビアで戦った、日系ボリビア人フレディ前村の生涯を描いた映画です。ヒロシマの心を世界に発信することに最も寄与したと思われる作品に贈られる「ヒロシマ平和映画賞」を受章しました。

全編スペイン語で、前村を演じるオダギリジョー、素晴らしいですよ。是非ご覧あれ。

コメント

佐伯敏子さんの逝去を悼む

2017年10月24日 | 日記

 佐伯敏子さんと私との出会いは1989年、杉並教組で行った平和ツアーです。8月5日の市内慰霊碑巡りのバスで私の隣に座られたのが佐伯さんでした。うだるような真夏の広島、市内100カ所程の慰霊碑を一つずつ訊ねて回りました。大きなやかんを抱え、ろうそくとお線香を持ち碑の前で手を合わせます。酷暑の中、私自身相当堪えましたが70歳を過ぎている佐伯さんのどこにこの様なエネルギーがあるのだろうと不思議でした。

  その日の晩、供養塔の前にござを敷き、車座になって佐伯さんの話を聞きました。 

  「1945年8月6日は、疎開していた長男に合うため前日から郊外の姉の家にいたので、私は直撃を避けられた。市内にいた母や夫の両親を探しに、まだ火の海となっている爆心地を駆けずり回った。まだ生存している重傷者達が無傷の私に助けを求めたが、家族を捜すので彼らを見捨てざるを得なかった。また、市内を歩くには道を埋め尽くす多くの死没者達の遺体を踏みつけるしかなく、この時の足の感触は今でも残っている。『足が熱く、人の上を踏んで歩いた。人間としてやってはいけないことをした。』

 直撃を受けた兄2人と妹はその後亡くなり、母は首だけの姿で見つかった。従兄弟を含め親戚計13人を70日間で失った。その間、私の親族・家族同士の間ですら『病気がうつる』と言って原爆症を発症した者に近づくのを嫌がったり、負傷者を一時的に別の家に預けようとしても、食い扶持が減ると言って断られたりすることがあった。戦争や原爆が人間の身体のみならず心も傷つけることを見せつけられた。」と話された。

 平和公園内には被爆による無縁仏を葬るための原爆供養塔があります。この供養塔の拝礼者はほとんどおらず雑草などで荒れ放題でした。佐伯さんは七万体もの遺骨が納められている供養塔の周辺の草むしりや清掃等を毎日行うなど献身的に活動されていました。また、供養塔を訪れる人々に被爆体験の証言活動をされていました。東京子ども派遣団でも毎年、子ども達の前で証言をしていただきました。

 佐伯さんはその後、脳梗塞で倒れられ入退院を繰り返されました。供養塔への日参や証言活動も止められましたが、自宅を訪れる人々に体験談を語られていたそうです。

 私は佐伯さんをはじめとする被爆体験者から多くの事を学びました。特に「戦争は人の心をも傷つける。」との佐伯さんの言葉はその後の平和への闘いの原点になっています。この言葉を今一度噛みしめ、反戦・平和の絶え間ない取り組みをしていきます。

  今回のご逝去を知り、驚きと悲しみに耐えません。ご生前のお姿を偲びご冥福をお祈り申し上げます。

コメント

沖縄 1959年6月

2017年10月12日 | 日記

先日のNHKスペシャル 「スクープドキュメント 沖縄と核」は衝撃的だった
番組HPから内容を抜粋する

  45年前の本土復帰までアジアにおけるアメリカ軍の“核拠点”とされてきた沖縄。これまで、その詳細は厚いベールに包まれてきた。しかし、おととし、アメリカ国防総省は「沖縄に核兵器を配備していた事実」を初めて公式に認め、機密を解除。これを受け、いま「沖縄と核」に関する極秘文書の開示が相次ぎ、元兵士たちもようやく重い口を開き始めた・・・という切り口だ。

 核が1000発以上も沖縄に持ち込まれ戦争のたびに危険にさらされていたということや、嘉手納弾薬庫に置かれた大量の核を守るためにそ周りにまた核弾頭ミサイルナイキハーキュリーズを配備していたという冗談みたいな事実も衝撃だった。しかし恐らく番組を見た多くの人が度肝を抜かれ「魂(まぶい)を落とした」状態になってしまったのは、この核弾頭ミサイルが誤射されていたというスクープだったろう。

 当時、事故を起こしたナイキ運用部隊に所属していた元米軍兵士、ロバート・レプキーさん(81歳)によると、事故は1959年6月19日、海に面した那覇基地(現在の那覇空港の場所)で訓練中に発生した。一人の兵士が操作を誤り、突然、ブースターが点火して、ナイキが水平に発射。核ミサイルはそのまま海に突入したという。たまたま爆発せずに海中に沈んだらしい。それも米軍がこっそり素早くサルベージしてしまったらしい。核弾頭を積んだミサイルが沖縄の海に落ちていたなんて・・・背筋が凍るとはこのことだ。

 そして注目したいのが、この日付だ。1959年6月。これは教員ならぜひ覚えておかなければならない日付の月なのだ。1959年6月30日に沖縄県石川市(現うるま市)の宮森小学校の校舎に米軍の戦闘機が突っ込み、児童11名を含む17名が亡くなる(後に火傷の後遺症で1名亡くなる)悲劇が起こった。

 那覇の基地で核の誤射。その11日後に嘉手納基地の戦闘機が小学校に突っ込む。この密度に驚く。宮森小学校への墜落も原因は人為ミスだと判明している。この時期新型機の導入が続いたことも人為ミスを誘発した原因の一つだという。

 共和国にしろどこの国にろ核実験には断固反対する。しかし恐怖すべきは、飛んでくるミサイルよりももっと身近にある、オスプレイという新型機の配備をしている米軍基地の方にあると断言できる。

コメント

運動嫌いを作る?体育の時間

2017年09月27日 | 日記

 小学校1年生まで行わされているスポーツテスト。高学年と組み合わせを作って何とか結果の記録をして、記録の間違いがないか細かくチェックして提出。その結果が最近学校に届きました。

 個人表には真ん中の方に大きくA~Eまでのランキングが表示されています。子どもたちは、そのランキングだけを見て一喜一憂していました。「A」以外の評価の子どもたちはみんな残念そう。E判定の子どもは「やっぱり運動はだめだな。」と肩を落とします。                                

 今年の春に、スポーツ庁長官の諮問機関であるスポーツ審議会が「1億総スポーツ社会」の実現を掲げた答申を発表し、スポーツが嫌いな中学生を現在の半分に減らす目標を打ち立てました。

 ところが、このようなスポーツ庁の動きに対して、インターネットでは反発の声があがりました。とりわけ、「体育の授業が原因で運動嫌いになった」「よけい嫌いになる」「スポーツ嫌いではなくて体育嫌いなだけ」と訴える人が少なくないようです。

 自分の子どものころは、逆上がりができず、登り棒は棒につかまっているだけがやっと、運動会の徒競争は毎回ビリという状態だったので、体育の時間は苦痛でしかありませんでした。しかし、遊ぶことは大好きで、鉄棒では腕の力は必要ないけど度胸だけは必要な「飛行機飛び」や「振り子降り」などを友達と競うようにやっていました。また、ゴミ置き場に置いてあったマットレスをもってきて、出来もしないバク転に何度も挑戦して頭から落ちていたものです。小学校時代の体育の成績はひどいもので体育は嫌いでしたが体を動かすことは大好きでした。

 そんな私は中学に入ると運動系の部活動になぜか入りました。やはり運動が苦手なままなのはくやしかったのでしょう。ところがトレーニングを行うことで筋力が付いてくると、これまでできなかったような運動が急にできるようになりました。また、器械運動が得意になり、体育の成績もずいぶんと向上したのです。つまり、小学生の時に色々な運動経験を遊びを通して行っていたことが大切だったのでしょう。

 そんなわけで、教員になった自分は体育の時間に、子どもたちに「できるかできないかじゃなくて、やるかやらないかが問題なのだ。」と良く言っています。

 競争原理から全く自由な教育実践はできるものではないのですが、自分が子どものころに感じていた「体を動かすのって楽しい」という感覚を共有できるような授業をしていきたいものです。

コメント (1)

女性教職員のための夏の講座

2017年09月20日 | 日記

 7月17日、女性教職員のための夏の講座が開かれました。               

  前半は職場の実態アンケートをもとに、職場交流が行われました。勤務時間がほとんどオーバーする、休憩時間がほとんど取れないと答えた人は7割を超え、勤務時間の振替ができない職場は8割以上でした。「疲れている」「忙しい」という訴えも非常に多く、5%の人は通院しながら勤務しています。夏休みは育児・介護以外の理由でも時差勤務の取得が可能となりましたが、今回のアンケートではわずか1%しか取っていないことが分かりました。生理休暇を1日でも取った人が1割程度であることも見逃せません。振替なしの土曜授業の弊害、時間外の会議や研修、職員会議の形骸化、権利に関する管理職の無理解、管理主義的な教育の進行、パワハラ・セクハラなど多くの問題が各職場からあがりました。

 若い教職員に、勤務時間や休憩時間など、労働者としての意識を持つよう働きかけることや、調整を取らせることが管理職の責務であることを明確にすべき等の意見が出されました。組合が勝ち取ってきた諸権利について知らせ、労働時間やジェンダー平等教育についての職場での意識を高めていくことの大切さを痛感しました。

 後半は、在日本朝鮮人人権協会で活動されている宋恵淑(そん・へすく)さんを講師として、「加熱する朝鮮半島報道の裏側で~在日朝鮮人として感じていること~」というテーマでお話を伺いました。「在特会」に代表されるヘイトスピーチや排他主義集団による朝鮮学校襲撃事件の背景には、戦後間もないころからの日本政府による朝鮮学校に対する差別的政策や日本のメディアによる偏った報道の責任があることが分かりました。

 7月28日大阪で、国が朝鮮学校を高校無償化の適用対象外としたことは違法であるとの判決が出されましたが、7月19日の広島に続き、9月13日には東京地裁でも、原告敗訴の判決が出されました。子どもの学習権や民族教育の意義を無視し、司法の責任を放棄した、差別的で不当な判決であると言わざるをえません。政治情勢を「そんたく」するのではなく、法律に則った判決が求められます。

コメント

ゲバラと広島

2017年09月13日 | 日記

  58年前の1959725日は、チェ・ゲバラ(エルネスト・ラフアエル・ゲバラ・デラ.セルナ)が広島原爆慰霊碑に献花をした日。58年たった今年の86日、長男のカミーロ・ゲバラさんが、広島慰霊碑に祈りを捧げた。20085月には、長女のアレイダ・ゲバラさんも広島を訪れている。ゲバラは1959715日、キューバの通商使節団を引き連れて日本を訪れる。大阪に泊まった際、広島が大阪から遠くないことを知り「広島はアメリカが10万人の一般市民を殺した場所だ」と言い、日本政府にも言わず極秘に広島に向かったと言う。広島に着くと1500円の献花用の花束を買い慰霊碑に献花する。見学した資料館では、「見たものはただただ恐ろしいものばかりだった」と大きな衝撃を受け、「アメリカが犯した罪、引き起こした惨劇を世界の人々が見るべきだ」というメッセージをカストロはじめキューバ国 民に発する。その後、カストロもこの地を訪れている。キューバ革命の闘士であるゲバラ。

 今回の安倍改造内閣で看板政策として掲げた「人づくり革命」というネーミング。「革命の意味を知らないのか」という声が上がっているそうだ。「革命=体制を転覆」。上から目線の内閣、高慢な人々には人をつくってもらいたくない。

コメント