東京教組(東京都公立学校教職員組合)

教職員のセーフティーネット“東京教組”

2022年度 年頭にあたって

2022年04月01日 | 日記

 今年の冬は、ここ数年の中では寒い日が多かったようです。それでも、だんだん暖かい日々が増え、新年度を迎えました。今年度の入学式もCOVID-19感染症対策を取りながらの式となったのではないでしょうか。

 昨年度も一昨年のような全国一斉の臨時休校こそありませんでしたが、COVID-19対策に追われた一年となりました。毎日の検温チェックや消毒作業に加え、地区・学校によっては、感染症対策として、オンライン授業に取り組まざるをえなくなり、その準備に時間を取られたところもあったのではないでしょうか。子どもたちにとっても、遊びが制限されたり行事が縮小されたり楽しみにしていることに対して規制がなされました。その結果、学校生活が息苦しいと感じた子どもたちも少なくないのではないでしょうか。

 その一方で、一年延期された東京オリンピック・パラリンピック2020大会は、多くの反対の声を押し切って開催が強行されました。学校連携観戦については、オリンピックについては全区市町村で中止が決定されましたが、パラリンピックについては4つの区市で観戦が強行されました。COVID-19の感染が拡大して、子どもたちの日常生活に規制が加えられ、さらに、一部の地区では休校や分散登校が行われている中での観戦強行は学校連携観戦が子どもたちのことを考えて取り組まれてきたのではないことを如実に表しています。

 2021年の小・中・高校生の自殺者は473人で、2020年よりも減少したものの、過去2番目の多さでした。自ら死を選ばざるを得なかった子どもたちの痛みや苦しみを思うといたたまれない気持ちになります。そして、やっとのことで自死することを踏みとどまっている子どもたちもたくさんいると思います。こうした子どもたちに対して、おとなは何ができるのか、真剣に考え、行動するべき時が来ています。さらにおとなの独りよがりではなく、子どもたちと一緒に考える必要があると思います。

 ロシアがウクライナを侵略しました。どのような理由があっても、武力で他国を侵略することは許されません。戦争で傷つくのは、子どもたちをはじめとした弱い立場の者です。即時停戦を求めましょう。また、これを機に憲法改正や核の共有に言及する人たちが現れました。全くもって許せないことです。

 教員の「働き方改革」に対して、世間の関心が向けられ、法的な整備も進められてきました。「在校等時間」の上限は月45時間、年間360時間と法的根拠のある指針として定められましたが、実態はどうでしょうか。上限に収まっていない方はまだまだ多いのではないでしょうか。確かに、かつてよりは年間の余剰時数を少なめにしている地区・学校、COVID-19感染拡大の影響と相まって行事の簡素化が行われた地区・学校も見られます。しかし、大幅な改善には至っていないのではないでしょうか。いくら時間外労働をしても残業代が出ない教員の仕事量を大幅に減らしていく必要があります。今後、小学校においては順次35人学級が進められていきます。これは、長い間、組合が要求してきたもので、喜ばしいことではありますが、教員の働き方を本当に改善していくためには、小学校においては専科教員増による持ち時間の削減、中学校においては部活動の負担軽減等の抜本的改善が不可欠です。これらの施策が行われてはじめて、教員の仕事量が勤務時間内に収まるようになるのだと思います。これでこそ、本当の意味の「働き方改革」です。

 子どもたちが楽しく学び、教職員が楽しく安心して働ける、そんな学校現場をめざしていきましょう。


新年あけましておめでとうございます。

2022年01月19日 | 日記

新年あけましておめでとうございます。                              

組合員の皆様のお力で東京教組も新たな年を迎えることができました。ありがとうございます。

 昨年も新型コロナウイルスの蔓延により、苦労や不安の多い年だったのではないでしょうか。東京でオリンピック・パラリンピックが開催された夏は、最も感染者が多くなり、入院できずに自宅で放置される患者が増加していました。重症化しても入院先が決まらずに救急車で何時間も待たされたとか、自宅で亡くなったなどという話も出てきました。しかしオリンピックやパラリンピックが始まると、テレビは1日中メダルラッシュで沸き立ちました。無観客で開催されたオリ・パラなのに、一度中止になったはずの「学校連携観戦」が強行され、いくつかの自治体は希望する子どもたちを観戦させました。

 近隣の自治体ではクラスターが発生したのに、東京でも子どもたちは動員されました。「学校連携観戦」を強行した人たちは、子どもたちを人間ではなく、道具としか思っていない。と、思い知らされた出来事でした。

 中学の休日の部活指導や、小学校の持ち帰り仕事などは相変わらず多いし、今はコロナ感染者が減ってきたので、中止したはずの学校行事が復活し、後半の学校行事が増えて、大変な思いをしているという話も聞きます。ひとり1台タブレットの運用で、忙しさに拍車がかかっています。ICTの研修で疲れ切っている教員も増えています。

 日本では新自由主義が推し進められ、格差や貧困は自己責任とされ、生きにくく窮屈な社会になっています。改憲を標榜する議員が増え、戦争の足音がいよいよ近づいてきています。でも、子どもも大人も外国の人も、みんなが希望をもち、安心して生きていける、平和で温かい思いやりにあふれた社会をみんなでつくっていきたい。そのためにも、参議院議員選挙では「こども」「くらし」「平和」を大切にする古賀ちかげさんを応援していきましょう。

 今年も組合員の皆様とともに、執行部・書記一同全力で頑張る決意を申し上げ、皆様とご家族のご健勝を心より祈念し、新年のご挨拶と致します。本年もどうぞよろしくお願いいたします。


漫画「ペリリュー 楽園のゲルニカ」完結に寄せて

2021年08月24日 | 日記

図書室に「はだしのゲン」とともに「ペリリュー」も静かに置くべき

漫画「ペリリュー 楽園のゲルニカ」完結に寄せて

 いくつかの新聞の書評にも載っていましたが、この夏「ペリリュー 楽園のゲルニカ」の最終11巻が刊行され完結しました。

 2014年のNHKスペシャル「狂気の戦場 ペリリュー ~忘れられた島の記録~」が放送されそれまであまり知られてこなかったこの島が注目されるようになりました。、2015年に「平成天皇」が訪問したことでも話題となりこの漫画の連載のきっかけとなったようです。

 太平洋に浮かぶパラオの小島ペリリューでの、主に日本軍側から見た戦闘を描くこの漫画は、これまでのどの戦争を描いた漫画とも違った深い想いに捉われる漫画でした。これまでの漫画の多くは、「はだしのゲン」にしても「この世界の片隅に」にしても、戦争での一般市民を描いてきたように想います。日本兵の武勲をたたえた戦記物以外で戦場での様子をここまで克明に描いた漫画は、水木しげる以降には、なかったのではないでしょうか。

 一見すると、かわいくて表情が乏しく思えるデフォルメされた三頭身のキャラクターで描かれるのですが、このタッチだからこそ描けた「戦争のリアル」は、戦場の経験のないものからしたら、最大限「それ」に近づいているだろうと感じさせるリアルなのです。単純な顔の表現が却って各キャラクターの心情を想起させるのです。

 グアムとフィリピンの中間に位置するこの島では、玉砕から徹底抗戦に作戦が切り替えられ、ゲリラ戦が展開します。その間の逃げ隠れる緊張感や戦闘の悲惨さや極度の物資不足の中におかれる日本軍の飢餓などもすさまじい表現なのですが、2か月半という長い大規模戦闘は6巻で終わり、7巻で終戦を迎えたにもかかわらず、7、8、9、10巻とずっと「戦争」が続いていく悲惨さ、そこでさらに失われる命が一番胸に残ります。

 最終11巻では、遅れに遅れた「戦後」と現在が描かれ、ペリリューの漫画が描かれるに至った経緯もフィクションとして描かれますが、もうこれは半分以上が本当の体験でしょう。取材の経緯で「漫画で本当に伝わるのか」と問われ苦悩する姿に作者の真摯な姿勢が伝わってきます。

 戦争が終わって76年目の夏。こうして一人ひとりがそれぞれの方法で戦争に向き合い、体験者から聞いたことを伝えていこうとする試みが大事なのだと、自分にもう一度問い直すきっかけとなった作品でした。これは学校の図書館に置くべき漫画として、新しい定番にすべき作品です。


「初めてのおつかい」

2021年02月10日 | 日記

「初めてのおつかい」のテレビ番組をみていたら、私も覚えているよと娘が言ってきた。

 「暑い日に、ガリガリ君アイスをコンビニに買いに行かされた。溶けちゃったらと心配だったから、走って帰ってきたんだよ」との話に思い出した。7月の暑い土曜日、冷蔵庫が壊れてしまった。配送を待っている間に、冷たいものが食べたくなり、年長組の末娘にお願いした。保育園の帰り道に、毎日寄るコンビニ。家族経営の店だったので、レジには顔見知りの人がいつもいる。ここなら安心とお願いしたが、当人はドキドキの出来事だったらしい。

 小さな峰原坂商店街、個人商店が道路に面して並んでいた。保育園の帰り道、毎日「お帰りって」声をかけてもらった、懐かしい日々。日常生活はこの商店街で完結できていた。

 勤務先が遠くなり、仕事帰りに寄り道して買い物は不可能になり、生協の宅配を利用することにした。個人宅配は、生鮮食料品から米、ビールなど重いもの、紙おむつまで玄関先に配達してもられて助かっている。一番利用していた魚屋は、大家の代替わりでマンションに建て替えられることになり、移転してしまった。小さな商店街との付き合いも無くなってしまった。それから20年、商店街も代替わりや再開発でマンションや住宅に代わり、酒屋が1軒残っているだけになった。孫ちゃんの初めてのおつかいはどうする?という会話になった時、ちょっと離れたスーパーか、坂を下って駅横のコンビニしかないね。でも、レジに立っている人とは関係性も薄いから、心配だね。昔のような商店街との関係性はもう望めない。地域で子どもを見守り育ててくれた昭和が懐かしい。1軒立ち退くと、3軒の建売が完成している昨今。隣の駐車場は、5階建てのマンション建設が始まった。平日は出勤ルートの決まった道しか歩かないので、たまの日曜日、孫との散歩の度に、街の様変わりに驚いている。路地で遊んでいる子どもたちの姿は変わらないが、此方のほうが、新住民のような気分である。


感染症対策・一斉休校で見えた学校の人権問題 2

2020年12月22日 | 日記

オンライン教育への警戒    

 超多忙として社会問題となっている学校現場にも、今コロナ禍による更なる困難が押し寄せています。消毒、健康観察、密を避ける、校外学習や運動会などの代替行事の模索、など様々な課題がありますが、今回は「オンライン教育」の問題をご報告します。

  休校中のオンライン教育の推進は、今現在の段階では各家庭のネット環境に大きく左右されてしまうため大きな誤りでした。「オンライン教育」と言っても様々ですが、単純なHPからのプリントのダウンロードができない環境の子も大勢いました。動画配信であっても、日中子どもが一人では見ることができない、きょうだいが同時に見る環境まではない、親が帰ってきてからやっとスマホで見る、など大きな格差が生まれました。「ハードの不足」よりも「インフラとしてのネット環境不足」なのであって、「一人一台」だけで解決する問題ではないのです。

 さらに大きな問題は「オンライン授業」が、一方向の授業を加速させ、教員がそれで満足してしまうことです。もちろんオンライン授業で、子どもの側からの質問が可能なツールもたくさんあります。しかしカメラへ向かって質問するハードルは、通常のそれより明らかに高くなります。そもそも質問できなくて困っている子を見つけてフォローしながら進めたり、質問までいかない「つぶやき」を拾っていったりするのが「良い授業」ではないでしょうか。にもかかわらず、一方的な配信で「授業をした気」になる教員の増加が心配です。

 まして「GIGAスクール構想」で聞こえてくる「個別最適化」という言葉は、これまで特別支援教育での子どもの差別・選別を正当化してきたキーワードそのものです。点数学力による子どもの集団の輪切りが「個別最適化」の正体でしょう。

 「教員が新しい技術を身に付ける大変さ」以上に教育の本質を問われるのが、今のICT教育・オンライン教育だと感じています。


感染症対策・一斉休校で見えた学校の人権問題

2020年12月08日 | 日記

休校要請の差別性

今年2月27日の安倍前首相による突然の一斉休校の「要請」は、学校現場を大きな混乱に陥れた。東京教組は直ちに執行委員会声明を発し、一斉休校の問題を訴えた。一斉休校に反対したのには様々なポイトンがあったが、子どもの人権の観点からも大変危険な「要請」であった。声明から抜粋する。「・・・共働きでなければ生活困難な家庭、シングル家庭などでは、突然子どもを返されれば、仕事と家庭の両立は崩壊する。・・・両親が揃い裕福でどちらかの親が働けば生活できる家庭しか思い描けない首相の想像力と現状認識の欠如は深刻だ。・・・」もっとも危険だと感じたのは「『普通』の家庭」しか想定しないで政策を打ち出してしまう姿勢である。緊急事態だからこそもっとも深刻な影響を受ける社会的「弱者」を基準に考えなければならなかった。さらに実際に差別政策を我慢して受け入れる社会の姿を子どもに見せてしまったことは、差別の再生産につながってしまうのではないか。

休校中のオンライン教育の問題

休校中のオンライン教育の推進は、今現在の段階では各家庭のネット環境に大きく左右されてしまうため格差拡大であり、大きな誤りであったと考える。「オンライン教育」と言っても、単なるプリントの配信・動画配信から、授業のライブ中継まで様々である。単純なHPからのプリントのダウンロードができない環境の子も大勢いた。動画配信であっても、日中子どもが一人では見ることができない、兄弟が同時に見る環境まではない、親が帰ってきてからやっとスマホで見る、など大きな差があった。「1人1台」が先行していたところでは、タブレットやルーターなどを貸し出したというが、結局同様の差が生まれることは言うまでもない。「ハードの不足」よりも「インフラとしてのネット環境不足」なのであって、一人一台だけで解決する問題だとは思われない。

さらに大きな問題は「オンライン授業」が、一方向の授業を加速させ、教員がそれで満足してしまうことである。もちろんオンライン授業で、子どもの側からの質問が可能なツールもたくさんある。しかし、カメラへ向かって質問するハードルは、通常のそれより明らかに高い。そもそも質問できなくて困っている子を見つけてフォローしながら進めたり、質問までいかない「つぶやき」を拾っていったりするのが「良い授業」ではないだろうか。にもかかわらず、一方的な配信で「授業をした気」になる教員の増加が心配である。

GIGAスクール構想の問題

まして「GIGAスクール構想」で聞こえてくる「個別最適化」という言葉は、これまで特別支援教育での子どもの差別・選別を」正当化するキーワードであり、警戒が必要である。そもそも現在のAIが判断できるのは点数学力であり「点数学力」という基準による子どもの集団の輪切りが「個別最適化」の正体なのだと思う。また、教育産業が提供するプログラムを使用することによる授業の画一化、教員の創意工夫が失われる危険性も感じている。

そもそも、これまでの教室の問題

一方休校明けの約一か月「分散登校」がほとんどの学校で行われた。クラスを半分ずつに分けて(この時の分け方を男女別にした学校があったとの報告があり、これは大きな問題)授業を行い、少人数で行う授業の功罪が問われた形となったが明らかに「功」の声が大きい。これまで過密な人数を教室の押し込み授業を行ってきたことは、子どもにとっての人権侵害であったのではないか、との視点からも、少人数学級をおしすすめる声を上げていきたい。


あけましておめでとうございます。

2020年01月07日 | 日記

 新年あけましておめでとうございます。

 組合員の皆様に支えられ、おかげさまで東京教組も新たな年を迎えることができました。ありがとうございます。

 昨年は台風15号、19号の記録的な暴風・豪雨により甚大な被害がもたらされました。被災された皆様には心からお見舞い申し上げます。

 国会では、昨夏、参議院議員に返り咲いた水岡俊一議員をはじめ、野党議員が文科大臣を鋭く追及しましたが、多くの矛盾を残したまま「改正給特法」が可決・成立してしまいました。しかし多くの付帯決議が付けられ、反対の声が多い「1年単位の変形労働時間制」は「業務の削減・縮減が前提」とされました。また、3年後には給特法の改廃も含めた見直しをすることが明言されました。 

 「働き方改革」が言われるようになりましたが、学校現場からは楽になったという声は全く聞こえてきません。「働き方改革」は業務を減らし、人を増やさなければ実現できません。早く退勤しても、持ち帰り仕事が増えたのでは何にもなりません。本気で仕事を減らすためのとりくみを一層すすめていかなければなりません。

 昨年、組合にはパワハラの相談が数多く寄せられました。誰に頼っていいかわからず、ネットで検索して東京教組に連絡された方も多いです。教員の激務は、一人一人を疲弊させます。困っていても、ご自身が人に相談する余裕がなかったり、周りの人がみんな忙しそうで話しかけられなかったり、ということもあるのかと思います。多忙やパワハラが原因で、病気になる方もいらっしゃいます。また、出産や育児のために産休・育休を取りたくても産育休代替の方が見つからないという話もよく聞きます。「教員が忙しすぎて、子どもに寄り添う時間がない。」とも言われています。学校を忙しいままにしておくことは、多くの問題や悪循環をうみ出し、弊害しかありません。学校現場が、同僚と、仲間として話し合ったり、相談したりできる場であってほしいですし、組合がその力になりたいと思っています。そうでなければ、若い人が教員をめざそうとは思わなくなるのではないでしょうか。

 子どもたちが希望に溢れ、安心して笑顔で学校に通えるように、そして教職員が心や身体を壊すことのないように、生命が大切にされる世の中をつくっていかなければなりません。そのためにも安倍政権が強い意欲を示す憲法改悪を阻止し、民主的な学校をつくっていきましょう。

 今年も組合員の皆様とともに、執行部・書記一同全力で頑張る決意を申し上げ、皆様とご家族のご健勝を心より祈念し、新年のご挨拶と致します。本年もどうぞよろしくお願いいたします。


2020オリンピック・パラリンピックについて

2019年11月08日 | 日記

 大きな話題となった、来夏のオリンピック、マラソン・競歩の開催地が札幌に決定しました。

  今夏の東京の異常な暑さの中での選手・役員、また観客のことをを考えれば、当然のことかもしれません。

 マスコミなどに取り上げられていないので、あまり話題にはなっていませんが、学校現場ではオリンピック・パラリンピックが大きな問題となっています。それは、児童・生徒の観戦問題です。

 2018年の10月、都教委は「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会における子供の競技観戦について」を報道発表しました。その後予備調査を学校に下ろし、今年の5月には最終意向調査が行われました。そして9月、申し込みを行った学校に対して、「オリンピック・パラリンピック2020東京大会」の児童・生徒の観戦チケットの割り当てが通知されました。これにより、東京都のほとんどの学校が何らかの競技を観戦できることになりました。

 私は、前回の東京オリンピック・パラリンピックの時は小学生。学校全体でサッカーの試合を見に行きました。当時は野球全盛の時代で、サッカーはほとんどルールも知りませんでしたが、目の前で行われる試合を見て楽しかったことを覚えています。今回も観戦することによって、子どもたちにはいい経験ができると思います。

 しかし、前回のオリパラは55年前の10月。当時と交通条件・気象条件が全く違います。猛暑の中、子どもたちを引率して行って、熱中症対策はどのようになっているのでしょうか、大きな不安があります。

 当日の流れを推測してみます。まずは学校から最寄り駅まで。特別支援を除いては、バスは控えるように求められていますので徒歩移動です。数百人の団体が徒歩で駅に着いたとして、待機場所は、トイレは確保できるでしょうか。時間によっては、通勤ラッシュの電車に全員が乗れるのでしょうか。仮に観戦がお昼を挟む場合、会場内に弁当などを持ち込むことは許されておりませんので、帰校まで、場合によっては帰宅まで何も食べることはできません。いったい何時間になるのでしょうか。このように問題は山積みです。

 また都教委は、学校全体もしくは学年全体で参加する場合「授業」として設定することとしています。この場合、夏季休業中であるにもかかわらず、さまざまな事情で参加できない子は「欠席」扱いとなってしまいます。参加は希望制とし、一律の授業扱いとしないで、不参加の自由を認めることが必要です。

 学校には、いろいろな国をルーツとする子が増えています。様々な国を応援することが許される環境を作る必要があります。強制的に旗を持たせ、振らせるなどは避けなければなりません。

 東京教組は、今後、子どものオリパラ観戦・引率の問題について、特に子ども安全の問題について、都教委・地教委との交渉を強めていきます。


朝鮮学校を歩く  1100キロ/156万歩の旅

2019年10月07日 | 日記

 数ある外国人学校から朝鮮学校だけが「高校無償化」から排除され続けていることを知っていますか?

 2010年に発足した「高校無償化」制度は、教育の機会均等の理念を拡充して、朝鮮学校も適用対象になるように準備されていた画期的な制度となるはずでしたが、2013年2月20日、文科省は「高校無償化」法の施行規則にある「規定ハ」の削除を行い、朝鮮学校を「高校無償化」制度から排除する決定を朝鮮学校に通知しました。「規定ハ」とは外国人学校のうち文部科学大臣が高等学校の過程に類するものとみなした学校も無償化の対象となるとしたものです。

 東京では当該の高校生62名が原告となって国を訴え、裁判となっていますが、最近最高裁で不当にも上告棄却されました。著者の長谷川さんは元東京教組書記長、元杉並教組委員長で、今、連絡会の共同代表として「無償化裁判」を闘っています。その裁判で、私に何ができるか考え、全国の朝鮮学校を周り学生や先生やオモニやアボジを励ましたいと、高校無償化の適用を求めて2017年6月福岡から全国行脚が始まり、20kg越えのリュツクと「無償化の適用を!」という幟旗を手に持ち、半年後、最後の朝鮮大学校(67校目)を巡り完遂。全国行脚での感動的な出会いと支援、日本人として朝鮮学校や無償化問題にどう向き合えばよいのか考えさせられます。

 長谷川さんの熱意が伝わる一冊です。

 

「朝鮮学校を歩く1100キロ/156万歩の旅」

(花伝社)1800円+税


使っていませんか、その言葉

2019年09月11日 | 日記

 私たち公立学校の教職員は言うまでもなく公務員(教育公務員)。ということは、もちろん一企業の宣伝などしてはいけないのですが、でも最近は〇〇電力やアル〇〇ックなどなど、いろんな企業が学校に来て企業名の入った記念品を配っていくこともあります。

NHKもaikoのヒット曲「ボーイフレンド」の中で唄われている「テトラポット登って」の歌詞がダメということで放送しなかったくらいですから。(テトラポットは商品名で正式には消波ブロックというんです)。普段使いがちな『商品名』には、

鍵盤ハーモニカ
  ピアニカ・・・・ヤマハ株式会社の商標
  メロヂィオン・・SUZUKI(株式会社鈴木楽器製作所)の商標

クレヨン
  クレパス・・・・株式会社サクラクレパスの商標
   ちなみに、フォークソングユニットかぐや姫の神田川に出てくる歌詞{『24色のクレパス買って~』も、NHKではクレヨンに変更して
   歌われました。

マーカー
  マジック・・・・株式会社内田洋行の商標(マジックインキ)

 他にも「宅配便(✖ 宅急便)」「ステープラー(✖ ホッチキス)」などなど、ちょっと気にするといくらでもありそうです。あまり気にしすぎると何もしゃべれなくなりそうです。でも、知識として知っておくことは大切!!

(「日の丸・君が代」知っていて起立するのと、知らないで立つのとは、違いがありますね。)

 

 


2019年度 年頭にあたって

2019年04月11日 | 日記

  暖かな春の陽射しに包まれ、新年度が始まりました。ピンクや黄色の柔らかな春色に彩られた花々が目を楽しませてくれます。4月は出会いの季節でもあります。新しい子どもたちや新しい仲間との出会いに、期待と不安で胸をドキドキさせている人も多いのではないでしょうか。今年が実りある1年になるように、仲間と共に歩みを進めていきましょう。

 昨年は子どもが虐待により命を奪われるという悲しい事件が起き、ニュースでも大きく取り上げられました。日本の中でも格差が広がり、貧困、暴力、虐待、いじめ等、子どもの命や人権が脅かされています。私たちは、学校や社会を、競争や、管理、ストレスから解放し、子どもたちが安心して学び、生活できるためにどうしたらいいのか真剣に考え、とりくまなければなりません。 

 学校現場における長時間労働が注目されるようになり、東京都教育委員会が「学校における働き方改革推進プラン」を策定してから1年たちました。今年の2月には「学校における働き方改革の成果と今後の展開」が発表されましたが、部活指導員や、スクールサポートスタッフ、副校長補佐の非常勤配置などの実施校ではそれなりに効果が出ているようです。以前はほとんどされていなかったICTの活用やタイムカードによる出退勤時刻の客観的把握の導入も、少しずつではありますが進んでいます。「給特法」があるために、「定額働かせ放題」を続けさせられ、多くの教職員が過労死ラインを超えている現状は問題であるという認識が広がりつつあります。少し前までは、教職員自身が「ただ働きをさせられている」ということを自覚せずに長時間労働に追い込まれていましたが、「こんな働かされ方はおかしい」と周知されるようになったことは、私たち教職員組合のとりくみの成果だと言えます。

 しかし「勤務時間内で仕事が終わるようになった」「仕事量が減った」などの声は全く聞こえてきません。教職員が担わされている仕事はあまりにも多岐に渡っていて、新しい仕事が次々増えているにも関わらず、今までやっていた仕事が減ることはないからです。

 東京教組で行っている青年教職員アンケートの結果で気になることがあります。退職まで教員を続けようと思っている人の割合が大きく減っていることと、「(ブラック企業を超えている実態に)教員をやめようと思っている」という意見があったことです。実際、教員採用試験の受験者は年々減少しています。学校の働き方が変わらなければ、この状況が変わることもないでしょう。今後も人を増やし、仕事を減らすよう求め、安心して働ける学校にしていきましょう。


国連・人権勧告の実現を! 

2019年02月01日 | 日記

~12/15「わたしたちの声を国連へ」集会報告~

今年は世界人権宣言から70周年、日本の人権問題はどうでしょう。2013年「国連の人権勧告に従う義務なし」と安倍政権は閣議決定、各種の人権団体が「人権勧告を実施」するよう立ち上がり、今回が6回目の集会でした。朝鮮学校への就学支援金不支給や、沖縄辺野古の埋め立てと高江のヘリパット建設、政府官僚や事務次官のセクハラ発言、婚外子差別や、なかなか認めない夫婦別姓、さらに未だ被害者の健康を調査追求する手立てのない原発事故被害者、また人権確保は先送りの「改正入管法」の成立など、日本国内には「人権」の言葉がなくなったのではないかと思える状況です。そんな中で、政府は「世界の人権保護促進への日本の参画」とアピール、人権理事国に選ばれ2017年から3年の任期中にあると言います。なんと恥知らずな、厚顔無恥さでしょう。

今回の国連総括所見では、NGOのロビー活動が実り「朝鮮学校が差別されている」「慰安婦問題の未解決」「難民を受け入れない」など再度勧告されました。

個別課題の中で印象に残ったのは日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)女性連絡会のセクハラアンケート結果でした。◆女性の7割以上がセクハラ被害者だった。◆男性の48%が周囲に起きたセクハラへの認識があった。◆加害者の立場は…取材先の多くが政治家や国家公務員などの人権を尊重すべき立場の人々だった等々、「ごめん」で済むことでなく、10年20年たっても傷は残っているという現実が報告されました。

 


「働き方改革関連法案」の内容は?

2019年01月23日 | 日記

これらの法案、どこがポイント?

(1)残業時間の上限規制の制定…無制限に残業できる今の法律を改め、残業時間に上限が設けられます。(原則月45時間、年360時間。一時的な業務量がやむを得ない場合は別途) 

(2)中小企業も割増賃金率50%に…月60時間を超えた残業時間の割増賃金率が、大企業と同様に中小企業も50%になります。(これまでは25%)

(3)年次有給休暇の確実な取得…年次有給休暇が10日以上の労働者に対し、そのうち5日を企業が時季指定して、確実に取得できるよう義務づけられます。

 (4)勤務時間インターバル努力義務…業務の終了時刻と翌日の業務の始業時刻との間に、一定の時間(原則11時間)を確保することが努力義務となり ます。

(5)同一労働同一賃金の実現…「パートだから」「契約だから」「派遣だから」という理由で同じ職場内で生じる不合理な待遇差が禁止されます。


 

教職員の仕事とどう関わってくるの?                                                  

 まずは残業時間について。現在の私たちが勤務時間外に行っている仕事を「残業」としたとき、まずはどれだけの時間「残業」しているのか具体的なデータが必要です。しかし、タイムカード等できっちりとそのデータが残せる区市町村は今のところ10以下です。正確な数値を本人が把握できるようにすることが必要です。そもそも残業とは、一日の仕事量以上の仕事を、勤務時間外に執行するよう管理職が命ずるもの。この線引きを誰が行うのか、そもそも管理職は全職員の仕事量を把握しきれるのか…教職員における問題点です。

 また、生活指導や保護者対応、研究会の準備等で、帰宅が深夜になった経験をお持ちの方も多いでしょう。その場合、始業時刻を後ろ倒しにするインターバル制度があれば、心身の休息を早く取ることができます。そもそもこの制度は過労死を防ぐためのもの。移動教室や修学旅行など宿泊を伴う行事の際にも適用されることが望ましいと思います。今後は、“努力義務”ではなく、罰則規定を伴うものになってほしいです。

教職員の長時間労働が注目される今、教職員も1人の労働者として、一日でも長く心身健やかに働けるよう声を上げていきましょう。


新しい年に 職場で働き方について考えてみましょう。

2019年01月16日 | 日記

 昨年末のある日、職員室で仕事をしていたらほかの学年の人から、
「年度末反省で働き方についてのことを書きたいのですがどんな内容を書けばいいと思いますか?」と質問されました。日頃職員会議などで超過勤務の問題などについて発言していたので聞いてくれたのでしょう。とても若い人が多い職場なのですが子育てを抱えている教員も多く、こうした人たちは職場の権利についていろいろと私に聞いてくることがありました。

そこで、自分たちの権利や働き方について職場会をしてみようと思い校長に話すと「どうぞどうぞ」というわけで、今の職場に来て初めて職場会のようなことをやってみました。組合では権利についてわかりやすくまとめた「権利リーフレット」を作成していたので、これをテキストとして使い、東京都や文科省の働き方改革に関する簡単な資料を作って準備をしました。

みんなに呼びかけるのが少し緊張しましたし何人来てくれるのか不安でしたが、職場会を設定した日の休憩時間にはほとんど全員の人が図書室に集まってくれました。はじめに「権利リーフレット」を使って年休や休憩時間、給特法や超過勤務についての話をしました。とても基本的な内容でしたがみんな熱心に話を聞いてくれました。そして、そのあと「働き方改革」についての話をしてどのようにして業務を削減しいけばいいのか自分なりの考えを話しました。

最後に質問や意見を受けると、「登校指導などの相殺がとりにくい」とか「休職している人の復帰後が心配」などの意見が出されました。そうして、「みんなが働きやすい職場にしていくために年度末反省で意見を出しましょう。」とみんなで確認して職場会を終えました。

大した内容ではありませんでしたが、職場の中で働き方についてみんなで考えることができてよかったと思いました。新しい年に、みんなで知恵を出し合って、働きやすい職場を作っていきたいものです。みなさんも是非、職場で話し合ってみてください。


ボランティア休暇

2018年10月03日 | 日記

 ここ5年、ボランティア休暇を利用して、子どもたちとキャンプをしている。計画性なく旅をする
ことが好きな私が、子どもたちとキャンプをすることになったきっかけは東日本大震災だった。地震に続いて起こった福島原発の爆発事故により、福島の子どもたちは自由に外で遊ぶことすらままならなくなってしまった。

 日教組のボランティアや個人的に被災地を訪問したりしていたが、3年が経つと復興のニュースが増えていった。しかし、福島の放射線量は高いままだった。そんな時に仲間から声をかけられ、ボランティアとして、保養キャンプに関わるようになった。

 年に一回の福島の子どもたちと会うのはとても楽しく、その成長に目を見張るものがある。まるで、親戚のおじさんになったかのような気がする。川遊びや東京の街めぐりなど、思い切り遊んでいる子どもたちの顔は本当に素敵なものである。

 しかし、泥だんごを夢中で作る6年生の姿を見たり、「おばあちゃんが流されちゃったんだ」とつぶやくのを聞いたりすると、何も言葉をかけることができなくなってしまう。

 東日本大震災から7年が過ぎ、復興のニュースすらほとんどなくなってきている。福島に暮らす方同士でも、放射性物質への不安など非常に語りにくくなってきているそうだ。

 この先も、福島を思い続け、福島とつながり続けていきたいと思うこのごろです。