マディと愛犬ユーリ、親友のクリスティ、それにハワイのこと

ハワイに住んでいたころ、マディという女の子が近所に住んでいて、犬のユーリを連れて遊びに来ていた。

お気に入りのコーヒーショップ

2010-08-30 15:19:26 | 日記

                     (10)

 ハワイに行った時など、朝起きて、その日は、特に人に会うとか、どこかに行かなくてはならないなどの計画がない場合、取り敢えずバスに乗って出かけることにしている。
 どこに行くかと言うと、カイムキのコーヒーショップに行くのである。

 以前から、通い慣れたところで、「コーヒー・トーク」 (Coffee Talk) と言うコーヒーショップがある。
 ワイアラエ通りの角地にあり、道を挟んで前には、銀行がある。
 入り口は、丸い格好になっていて、看板には、女性の顔が描かれてれていて、「 Coffee Talk: The art of Coffee」の文字がある。
 特に、店構えがいいわけではない。
 別に、新しい建物ではないし、むしろ、古びたように見えるのである。 
 いかにも、その土地に根付いたと言うか、周りの風景にちゃんと、おさまっていて、昔から土地の人たちに愛されてきたという感じなのである。
 店内は、カウンターがあり、テーブルが雑然と置かれて、お客が入ってくると、別に案内するでもなく、空いているところに、「どうぞ!」という感じである。
 壁には、ポスターや絵画らしきものが飾られていて、奥には、その日のメニューが書かれたボードがある。
 一度など、ボードに手書きの日本語で、「マグロ丼」と書かれていたのには、びっくりした。
 日本人のお客さんが来るのだろうか。
 これを書いた人は、明らかに日本人のはずだが、それらしい人はいなかった。

 コーヒだけを注文してもいいし、メニューには、食べる物も、いろいろ載っている。
 トシが、朝食として、よく注文するのが、「べギー・バーガー」(veggie Burger)で、アボカド、トマト、レタスなどの新鮮な野菜満載で出てくる。これにコーヒーがあれば、もうなにもいらない。
 お勧めは、サーモンをビネガーでまぶして、これまた、トマト、アボカド、オリーブ、オニオンなど山盛りの野菜にベーグルが添えられたディッシュもいける。
 
 食事だけでなく、ここは、お菓子もいろいろ豊富にある。
 焼き菓子、ケーキ、スコーンなどがある。
 大きな皿にワッフルが載っていて、その上に、イチゴとクリームが被さったケーキセットは、他の店では味わえないおいしさである。
 簡単に小腹を満たしたいときは、ベーグルとマッシュルームスープというのはどうだろう。

 「コーヒー・トーク」は、そんなに大きな店では無いから、いつも、混んでいる。
 早起きしてやって来るおばあさんが、テーブルを占領していたりする。 学生が本やノートを広げて、長時間、なにやら作業に没頭している。  窓辺の席の人は新聞を読んでいる。
 これらの人たちが、店内の雰囲気に、いかにも馴染んでいる感じなのである。
 コーヒーは、2ドルだから、日本円では、200円にもならない。
 エスプレッソをはじめ、コーヒーの種類も豊富である。
 トシの場合も、コーヒーを注文して、それをすすりながら、新聞を読んだり、外の景色を見て楽しんだりしているのだ。

 「私は、サンセットビーチに住んでいるが、街にやってくるとき、コーヒートークには、必ず立ち寄ることにしている」
 ( I live at Sunset Beach but when were in town, Coffee Talk is always a must・・・)という人のように、熱烈なファンが多いようだ。

 大手の新聞にも、
 「このカイムキの角地は、その名前が示すように、コーヒーを飲み、語るときのお気に入りの場所のひとつなのだ…」
 ( This Kaimuki corner spot is one of our favorite places to do just what the name suggests; sip coffee and talk story・・・)

 トシにとっても、「隠れた穴場」で、あまり人に教えたくない場所である。

 


ポーチュギースソーセージ

2010-08-29 17:21:46 | 日記

                      (9)

 カイムキの街は、観光地でもなく、ワイキキのように華やかな街ではない。
 古くからハワイの人たちが住んできたローカルな町である。
 ワイキキから車で行けば、タクシーで20分ほどだろうか。
 別に、観光地でないから、人が押し寄せることもない。
 ハワイの人たちが昔から住んでいたところだろうが、いつの間にか、白人が来て住み、日本人がやってきて、その後は、中国人、韓国人、フィリッピン人などがやってきた、いわば、玉石混合、あらゆる民族の人たちが住んでいる。
 ハワイらしいハワイの町といったところだろうか。
 19世紀の半ばから、多様な民族が移り住み、この辺りは、年月を経て、独特な雰囲気を持つ町に変貌してきたのだろうか。
 すぐ近くにある、高級住宅地のカハラとは、趣を全く異にするところである。
 カハラは、瀟洒なというか、ちょっと気取った雰囲気を持つところである。
 カハラの人々は、週末には、高級なレストランに出向いたり、着飾って音楽会に行ったり、社交を楽しんだりしているが、カイムキは、そんなところではない。
 慎ましやかに、ハワイの生活を守って、昔ながらのスタイルを楽しんでいるレトロな街である。
 
 ワイキキからカイムキに行くには、バスの場合、カピオラニ・コミュニティカレッジの横を通って、ダイアモンドヘッドの裏側からワイアラエ通りに降りて行くとカイムキにたどり着く。
 この行き方では、ちょっとわかりにくい上に、バスが頻繁に出ているわけでないので、分かりやすい行き方として、一度、ダウンタウン行きの2番バスで、サウスキング通りまで行って、そこで乗り換えたほうがいい。
 ここで、カハラ、あるいは、ハワイカイ行きのバスに乗ると、間違いなくカイムキに向かう。
 カハラの手前、2ストップぐらいのところがカイムキである。
 バスは、小高い丘を上り詰めて、峠のようなところで止まる。この丘陵地帯がカイムキである。

 そこで降りてもいいし、思い切って、ずっと手前のシャムナード大学辺りで下車して、アラワイ通りを歩くのも楽しいかもしれない。
 ワイアラエ通りに沿って、いろいろなレストランが並んでいる。
 マクドナルドみたいなファーストフッド店もあるし、イタリアン、チャイニーズ、メキシカン、ギリシャ、アメリカンなどのレストランが並んでいて、お昼時には、どれに入ろうかと迷う筈である。
 どれも、豪華というわけではないが、その土地にふさわしいというか、なんとなく、雰囲気を感じさせるレストランが並んでいるのである。

 8番通りとココナッツヘッドが交わる辺りが、レストランが集中している地帯で、レストランの看板が連なっている。
 裏側に回ると、駐車場があって、駐車場からも、各レストランに入ることができる入り口があって便利である。
 表のアラワイ通りは、車が絶えず走っていて、忙しい感じだが、裏の一帯は、住宅地のようで、静かで、落ち着いている雰囲気である。
 タイ料理、ベトナム料理などのレストランがあり、純日本風なレストランもある。

 カハラの友人宅で、マージャンをする時、カイムキの「ビッグシティダイナー」を集まる場所にしていた。
 このレストランは、内に入ると、アメリカの田舎風と言ったらいいか、白黒の古き良き時代のアメリカを写した大きな写真や映画のポスターなどが飾られている。
 ちょっと、時代がかった雰囲気である。
 天井からぶら下がった4台のテレビでは、何かが映し出されていて、それを見ながら、お客さんも、いつも賑やかである。
 
 このレストランのメニューは、多国籍と言ったらいいのか、ハワイ風あり、コリアンBBQあり、日本風の焼き飯もある。
 ハワイのロコモコ定食やカルアポークなどもある。
 トシが気に入っているのが、「イカリング」(Calamari Tempura Strips)である。
 キャベツの上に、イカのてんぷらが、どっさっと載って出てくる。
 レモンをふりかけて、好みのワサビ醤油でまぶして食べると、天下一品の味である。
 
 トシが貧しい時代に馴染んでいたポーチュギース・ソーセージ、ライス、目玉焼き2個の定食がここにあった。
 ポーチュギースソーセージは、ポルトガル人がハワイに持ち込んだということだが、もともとの味は、かなりしょっぱい。

 ポーチュギース・ソーセージの味は忘れられない。
 若い時に住んでいたところから、ほど近いところに、「コーナーコーヒーショップ」というレストランがあった。
 朝、大学に行く前、ここでよく朝食をとっていた。メニューの中でも、一番安いプレートだった。
 1スクープのライス、2個の目玉焼き、3切れのポーチュギース・ソーセージの食事だった。
 ご飯に醤油をまぶし、かき混ぜながら食べた。
 これが、美味しくて、今でも懐かしく思い出すのである。
 「コーナーコーヒーショップ」は、もう廃業していて行くことはできないが、ハワイに行くたび、この味を求めて、レストランを探したのである。

 数年後、「ビッグシティダイナー」に「ポーチュギース・ソーセージ」の定食があるのを知った時は、本当にうれしかった。
 わざわざこれを食べたいばかりに、バスでここまでやってくる。
 マージャン友達は、トシがこれを注文するのを見て、もっとましなものを、と言ってくれるが、これはやめられない。

 

 

 

 

 

 


再び、シュリンプ

2010-08-24 16:58:33 | 日記

                      (8)

 ウイスコンシンと言えば、「酪農の故郷」である。
 家畜類が多く飼われているのは当然だが、州全体が大平原で、穀倉地帯でもある。
 夏は暑く、反対に、冬の寒さも尋常でない。
 その寒さは、零下20度にも及ぶ。暦が春になっても、3月いっぱいまでは白銀の世界である。
 ミネソタと同様、湖の多いところで、夏場のヨットやボート遊びは、最高である。
 湖のほとりに、家を持っていて、モーターボートを繋留している人は多い。
 モーターボートを運転して、湖を渡りきったところに、次の湖に通じる運河があって、対抗して進んでくる船とすれ違う時、手を振って大声で挨拶などをする。

 しかし、冬になると、これらの湖は凍りついてしまう。
 大学に隣接した湖も、いつもは、ヨットやボートで賑わっていても、凍てついた氷が覆う季節になると、今度は、物好きな人たちが、一人用のテントを立てて、氷に穴をあけ、「ワカサギ」?釣りを楽しむ。 この寒さの中でも、雪原を走り回るリスなどに出会うが、果して何を食べて生きているのだろう。

 この辺りは、良質の麦が採れるので、そのせいか、アメリカでも、ビールの生産で有名なところである。
 あの野茂選手がいたミルウォーキー・ブリューワーズも、ウイスコンシン州にある。
 「ブリューワーズ」(brewers)と、その名の通り、大手のビール醸造会社が集中している。
 マディソンにも、地ビールの工場がいくつかあり、工場内にレストランを併設していて、そこでつくられた生ビールと食事を楽しむことができるのである。

 金曜日には、エビ一尾が10セントという催しがあって、よく行っていた。
 もちろん一人で行くことはないが、100尾とか注文すると、皿に山盛りのエビが出てきた。
 ビールを飲んだり、エビを食べたり、喋ったりしていたら、一度など、気分が悪くなってきた。
 その後は、まったく、食欲もなくなり、もちろん、ビールも一滴も飲めなくなってしまった悲惨な経験がある。

 ウイスコンシンと言えば、海から何千キロも離れたところにある州である。
 もともと、海の魚自体があるのが不思議なのだが、大きなスーパーに行けば、魚のコーナーがあって、ふんだんに魚が売られているのにはびっくりである。
 「レッドロブスター」と言うシーフッドレストランがあり、月曜日は、「カニの食べ放題」がある。
 前もって予約をするか、早めに行かないと席がなくなる。
 テーブルに案内されると、ウエイトレスが、大きなビニールのシーツを持ってきて、テーブルにバサッ!と被せる。
 それから、「前掛け」を首にかけられ、カニを食べる時のハサミが配られる。
 いよいよ、山盛りになったカニ皿の登場である。
 日本では、カニを腹いっぱい食べることなど、なかなかできるものでないが、この時は、気兼ねなく、満腹になるまで食べ続けるのである。

 さて、ハワイのガーリックシュリンプの話題に戻ってみよう。
 「ガーリックシュリンプ」を食べるためには、カフク、あるいは、ハレイヴァまで行くのは大変である。
 特に、日本人旅行者にとっては、レンタカーを利用すればいいのだが、バスで遠くまで出向くのは骨が折れる。
 しかし、最近では、ワイキキでも、ガーリックシュリンプを堪能することが出来るのである。
 それらしい物を食べようと思えば、アラモアナのフッドコートにもある。
 インターナショナルマーケットプレイスにも「ガーリックシュリンプ」のメニューがある。
 ホテルのオープンテラスで、友だちとビールを飲みながら、ガーリックシュリンプを注文したこともある。

 何より、ハレイヴァの屋台と同じものが、クヒオ通りにあるのである。
 以前は、この辺りは、空き地で有料の駐車場があったところである。
 車で、ワイキキに行ったときに、よくここを利用したことがある。
 「ブルーウオーター・シュリンプ・アンド・シーフッド」(Bluewater Shrimp & Seafood)という名の屋台である。
 この「ガーリックシュリンプの屋台」については、日本人の旅行者が教えてくれた。
 一度も行ったことはないが、その人によると、おいしいですよ!とのことである。
 宣伝雑誌に挟まっている「キューポン」(クーポン券)を持っていけば、2ドルぐらい値引きしてくれるとのことである。

 


ミックの家で

2010-08-18 13:53:27 | 日記

                     (7)

 週末、土曜日の午後、ミックの家に電話をした。
 エビを買って持って行こうと思ったのである。
 電話に出たのは、ミックでなく、奥さんだった。
 初対面?だと思ったので、挨拶をしていたら、
 「クラブで何度かお会いしましたよ」と言われたが、どの人がそうなのか思い当たらない。
 「エビを持って行きます」と言ったら、
 「すでにマリネしたエビが、冷蔵庫に入っていますので、買って来る必要はありませんよ」ということだった。
 「6時ごろ、主人が、お迎えに参りますので、よろしく」と言った。

 ミックの家族が住んでいるアパートは、マキキのヒルサイドにあった。もちろん、初めての訪問である。
 玄関のドアを開けると、迎えに出て来たのは、娘さんのようだった。
 背が高く、ほっそりして、可愛い顔をした小学校の6年生ぐらいかなという感じだった。
 お父さんの紹介で、
 「こちらは、ミスター・ヤマダ!」と言うと、彼女が、
 「私、ジョアンです!」と挨拶した。
 白くて、ほっそりした右手が伸びてきた。握手しながら、お互い、
 「はじめまして!」とか、初対面の挨拶をした。
 持ってきたナパワイン、ロジェとホワイトの2本を彼女に渡した。
 「どうもありがとう!」
 大人びた彼女の振る舞いは、日本的に言うと、「ませた」大人の感じだった。

 パーティと言っても、大勢の人がやって来るわけではない。
 家族3人と、料理に詳しいという奥さんの友だちとトシの5人である。
 まあ、「夕食会」といった雰囲気だろうか。
 アメリカでは、自分の家族と別の家族が、一緒に、週末、ディナーを共にすることは、よくあるのである。
 偶々、トシがミックに出会い、ジョヴァンニで、ガーリックシュリンプを食べたという話をしたことから、彼が、家に帰って、奥さんにそのことを話した。
 奥さんは、家で作ってみようか、と「シュリンプを食べる会」みたいなものを思いついたのだろう。
 ついでに、トシまで、招待されることになってしまった。

 もう一人のゲストは、年の頃40歳ぐらいか、独身で、何かの専門職に携わっている人のようで、気さくで、快活な女性だった。
 奥さんが、
 「こちらは、マリーですよ!」と紹介してくれたが、元の名前は、Marie なのか、Marian なのか、Maria なのか、どれだろう。

 結局、娘さんのジョアンも含めて、5人全員が台所に集まり、「ガーリックシュリンプ」の作業にとりかかった 。
 ちょっと動こうとすると、誰かにぶつかる。
 その度に、「アッ!スミマセン」
 「ゴメン!」とか言いながら、賑やかだった。
 持って行ったワインのボトルの一本は、既に開けられていて、大人たちは、グラスを左手に持ちながらの作業である。
 取り仕切ったのは、マリーである。作業手順を説明しながら、一人一人に指示を出していた。
 トシにも、適当に、
 「ブロッコリを湯がいてくれる?」とか、指示が下ってきたのである。

 以下は、マリーがメモしてくれた「ガーリックシュリンプ」の作り方である:
 
 材料と作り方: 

 クルマエビ (一人当たり 8尾 ) を予め、脊を割り、背ワタを取 る。
 それをボウルに入れ、おろしニンニクとおろし玉ねぎ、オリーブオイル、 クレイジーソルト、ブラックペッパー、ドライハーブ、バジルなどを加えて、数時間冷蔵庫で寝かせる。

 ライスクッカーでご飯を炊き、大皿に載せる。
 皿の端には、マッシュドポテイト、野菜サラダ、パイナプル、スライスレモンなどを添えておく。

 ひと揃い、準備ができてから、一気にガーリックシュリンプを料理する。
 フライパンにオリーブオイルをひき、頃合いを見て、マリネしたエビを入れる。
 その時、ボウルに残ったマリネ汁を加える。
 
 あまり強い火加減でない方がいいとのことである。
 さらに、にんにく、玉ねぎの細切りを加え、出来上がり直前に、白ワイン、レモン汁をかけ、ねぎのみじん切りを振りかける。
 
 そして、こんがり焼きあげていくと、香ばしいかおりが起ちこめてくる。
 嫌がうえにも、食欲が膨らんでくるはずだ。
 ジョアンも、
 [ワアァ!おいしそうだ!早く食べたい」
 
 テラスの急こしらえの食卓で、夕日が落ちていくのを眺めながら、ガーリックシュリンプのディナーを楽しんだのである。

 

 

 

 

 
 


「シュリンプパーティ」

2010-08-17 14:13:01 | 日記

                      (6)

 ハレイヴァ(ハレイワ)の街には、以前から、トシ自身は、魅かれるものを感じていた。
 思い出したように、時々遊びに行っていた。
 当時は、何の変哲も無い、訪れる人たちにとって、魅力があるように見えなかったし、田舎町、そのものであったのである。
 古びた家々が並んで、大した店もなく、界隈に住む人たちが、日常の用事でやってくる小さな町のようだった。
 ここに他所から来る人たちと言えば、ノースショアでサーフィングをする人たちで、おそらく食事をしたり、必要なものを買い揃えるには便利だったはずだ。
 ここを通り過ぎる人たちも、せいぜい、この辺りのどこかで昼食を摂るとかの「カムフォートストップ」(comfort stop)には便利が良かったくらいだ。
 
 しかし、最近は、町の模様もずいぶん変わってきた。
 銀行があったり、立派な店やレストランが出来たり、不動産屋もある。
 そこに住んでいる人のためにだけに存在した町が、観光客などが目立ち、活況を呈してきたのである。
 通り過ぎる人たちにとっても、ランチを摂ったり、お土産を買ったり、何かを求めて立ち寄る、そんな街になってきたようなのだ。

 「掻き氷」など、アメリカにはなかったし、本土から来たアメリカ人も、もし食べたにしても初めての味だったはずである。
 現にトシの友だちも、初めて口にした時は、
 「こんなモノ?」と言って、顔を歪めて、何か食べるべきでないものを口にしたような反応をしていたのである。
 しかし、最近は、掻き氷を初めて売り出した「マツモト」は、すっかり有名になってしまった。
 日本の雑誌などにも紹介されるらしく、いつ行っても、日本から来た若い女性が並んでいる。
 アメリカから来た観光客なども、この掻き氷を求めて、列に並ぶようになった。

 最近では、この街も、すっかり、魅力的になってきた。
 やってくる人たちを惹きつける雰囲気を持つようになってきたようだ。
 ここには、「ガーリックシュリンプ」の有名な店が2軒ある。
 「ジョヴァンニ」(Giovanni's)と「マッキィーズ」(Macky’s)である。
 ちゃんとした店構えかというと、そうでなく、空き地にワゴン車を止めて、その中で調理した、いく種類かの「ガーリックシュリンプ」をお客さんに出している。
 近くに寄っていくと、溢れんばかりのニンニクのにおいである。
 食べてみて、おいしいという以上に、はまりそうである。
 口コミで噂が広がるのか、絶えず新しいお客さんがやってくるようである。

 ある時、ハレイヴァを訪れた。
 その帰り道、ダウンタウンに立ち寄り、買い物をするために、チャイナタウンに向かって歩いていたら、
 「ハーイ、トシ!」と声がした。
 そちらを見ると、微笑みながら立っている男性がいた。
 瞬間、誰だったかなあ?などと戸惑っていたら、思い出した。
 クラブで時々会って、話をしていた知り合いだったのである。
 クラブ以外で会うこともなかったし、咄嗟には、彼が誰なのか判断できなかったのである。

 彼のことを、みんなは、「ミック」とか「ミッキィー」とか呼んでいた。 弁護士とかで、話をしていて、どうも、商法が専門分野のように感じていた。
 「最近はクラブで会わないね!」
 「そうだね、クラブには、よく行っているの?」などと、取りとめない話から、
 「今、ハレイヴァの帰りだよ」と言ってしまった。
 「エビを食べに?」と言うから、
 「食べに、というわけで無いんだが、お昼は、ジョヴァンニでプレートランチを食べたよ」
 「どうだった?」
 「いつものように、美味だったよ」
 ミックも急いでいるふうだったので、その時は、すぐに別れた。
 「また、連絡するよ!」 ( I'll get in touch with you later! ) と言ったので、あいさつの言葉かと思っていたら、その日の夕方になって、彼から電話がかかってきたのには驚いた。

 家に帰って、トシがジョヴァンニに行った話をワイフにしたら、
 「今度、家でガーリックシュリンプを作って見ようか?」というような話になったらしい。
 奥さんは、友達の料理に詳しい人に、早速電話をして、作り方を尋ねたようなのである。
 すると、話の序で、週末、シュリンプパーティをして、みんなで作ってみよう、ということに話がなってきたというのである。

 何を思ったか、ミックは、トシに電話をしてきて、週末のシュリンプパーティにトシを招待したい、と言った。
 「車で、迎えに行きたいが、週末は空いている?」
 思いがけないことであったが、
 「ありがとう。じゃあ、是非!」と言ってしまった。