ハワイのカハラモールに、お気に入りの書店「ノーブル・アンド・バーンズ」があった。カハラモールの屋上の駐車場部分の右端に、オフィスビルに隣合せてその書店はあった。
バスでカハラに着くと、先ずは、まっすぐこの書店に急いだものだ。
ところがこの前、久しぶりに「ノーブル・アンド・バーンズ」を訪ねて行ったところ、取り壊し作業のさなかだった。
「ヱツ!」と思わず立ち止まり呆然としてしまった。
この本屋にはよく行っていたので思い出がたくさんある。トシにとって単なる書店ではなく、その時々の自分の歴史にかかわっていたのである。それが目の前で無残に取り壊されていた。
ここにはマディと何度となくやって来た。
マディが、床のカーペットに座って何時間も本を読んだ。
" Go home, right? " (もう帰ろう!)と言っても「ううん…」とか生返事をして動こうとはしなかった。
マディが気に入っていたのは、英語版:日本の童話で、One Inch Boy「一寸法師」、The Crane Lady「鶴の恩返し」、Mito Komon「水戸黄門」などだった。
ストーリーが、幻想的で、自らが夢の世界に浸れる気持を楽しんでいるようだった。描かれている挿絵も素晴らしく、マディは、" How wonderful ! " (素晴らしいわ!)とか感心していた。
麻雀仲間の小児科医の女性ともここで待ち合わせをした。
カハラで時々マージャンを一緒にしていたが、当日彼女が勤める病院から
" Six at ' Noble & Barns ', OK ? " (6時に本屋さんで待ってていて!)とか電話をかけてきた。
彼女は、仕事柄忙しく、約束の時間にやって来ることはなかなかなかったが、バス停で待ち合わせるとか、どこかの店頭で待ち合わせるより、「ノーブル・アンド・バーンズ」で待ち合わせるほうが、本を立ち読みして時間を過ごせるし、はるかに楽だった。少々に時間のずれは気にならなかったのである。
ブライアンは、読書家で本には興味を持っていたので、日曜日など「ノーブル・アンド・バーンズ」で待ち合わせ、一緒に本を探したり書店の中にあるコーヒーショップでコーヒーを飲みながら語り合うことも多かった。
彼がまた、時間通りには来なかった。
約束の時間より早く来ることはなく、たいていの場合遅れてやってきた。それも1時間遅れなどしょっちゅうだったのである。
彼が遅れてきても、全く気にはならなかったのは、書店の中は楽しみがいっぱいで、立ち読みしたり、コーヒーショップでコーヒーを楽しんだ、" Bargain " (バーゲン)本の山から、これと思う掘り出し物を見つけたりしていた。
彼が現れると、遠くから人目もはばからず、大声で、" Sensei ! "「センセーイ!」と叫んだ。周辺にいる人たちが一斉に眼を上げ注目しても、気にする風がなかったのである。
本を買うだけなら別にカハラの「ノーブル・アンド・バーンズ」でなくても、ほかにたくさん書店はあるし、アラモアナ・ショッピングセンターにも「ノーブル・アンド・バーンズ」はある。
アラモアナの「ノーブル…」もしょっちゅう行っていたし、立ち読みしたり、店内のコーヒショップで、よくコーヒーも飲んだ。
しかしカハラの店には、私的なかかわりが多く、その一つ一つをあれやこれや思い出してしまうのである。
マディ、小児科の女医さん、ブライアン、そのほかの友人の多くはハワイを離れてしまった。