(よく通っていた州立図書館の前)
ホノルル空港でワイキキまで行く空港シャトルバスに乗り、適当な座席を見つけて、出発の時間を待っていた。
多くの人たちが、スーツケースなどの荷物をもって移動しているのが窓から見えた。
バスの中を見渡すと、数人がパラパラに座っているぐらいで、これから乗ってくる人たちを待っていた。
そのうちバスに順次お客が乗り込んできて、空席を埋めていった。
日本人の若い男性のグループが乗ってきて、トシの座席前方に散らばって座った。
金髪の逞しい体格の男性と連れ添うように美人の女性が乗ってきて、男性は、若者たちの前の座席に座って、奥さんは、そのまた前の席にひとりで座った。
日本人の若者たちが興奮した様子でザワザワ騒いでいて、仲間内で話し始めた。
どうもその金髪の男性のことを話題にしているようだった。
映画俳優でも歌手でもなさそうで、トシには心当たりがなかった。
そのうち若者の一人が、みんなを代表する形で、恐る恐る金髪の男性に話しかけたのである。
中学校の時に習った英語を思い出しながらか、もどかしそうに、たどたどしく話しているようだった。彼のほうもにこやかに返答していた。
トシは、この人に見覚えがなかったし、はて誰だろうと思いながら見ていたのである。
頃合いを見て、前の座席に座っている若者に、「あの人は、誰ですか?」と尋ねてみた。
「リック・フレアですよ!プロレスラーの」と言った。
後で思い出しても、確かにリック・フレアだと言ったように覚えている。当時は、プロレスにあまり興味がなくて、リック・フレアという人も名前も知らなかったのである。
「リック・フレアを知らないのですか?ジャイアント・馬場やジャンボ鶴田と闘ったあの人ですよ!」
一見したところでは、端正な顔立ちで、鼻が曲がっていたり、傷だらけの顔をしているようでなく、レスラーには見えなかった。
ずいぶん後になってから、WWEなどのテレビ中継で、彼が出てくるのを見た。
当時リング上で、彼が、" Fourteen times! Fourteen times! " と叫んでいたのは、14回世界チャンピオンになったのだぞ!という意思表示のようだった。実際には、もう16回世界王者になったそうだ。
アメリカ人にしては、大型のごつごつした体格でもなく、身長も高いほうではない。
必殺技の「足4の字固め」などが得意で、相手をギブアップさせていた。
貴公子然とした風貌ながら、戦い方が汚くて、隙を見て、相手の急所攻撃や目つぶしなど平気でやっていて、”もっとも汚いレスラー” (The dirtiest player in the game )などと呼ばれていた。
彼の面白い技というか、" Face-first-bump ” (顔面受け身)というのがあって、相手に攻撃されて、その場でバタン!と倒れるかと思いきや、リングの中央までよろよろ歩いてきて、忘れたころに、急に顔からドン!と倒れ込む独特の見せ場があって、そのようなとき、観客は一斉に立ち上がって喜んでいた。
今の奥さんは、5人目だそうで、あの時見たきれいな女性は、何番目の奥さんだったのだろうか。
日本の若者たちと、声高に談笑していても、奥さんのほうは、ひとつ前の席で、走りゆくバスの窓から、我知らぬ顔で外の風景を見ていた。
幼年期は、施設で育ち、養子として育てられたが、レスラーとして成功してからは、自家用機で遠征先まで移動をしていたようで、当然お金持ちだった筈だ。
あの時、ホノルル空港から、リムジンに乗ってもおかしくないのに、なぜシャトルバスに乗っていたのか、今でも疑問に思っている。