( 一歩外に出るとマイナス8度、右の人は、ウイスコンシン大学教授の奥さん、日本に来た時食べた焼き肉が気に入ったようだ )
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A monstrous tornado at least a half-mile wide roared through Oklahoma City suburbs Monday, flattening entire neighborhoods and destroying an elementary school with huddled against winds up to 200 mph.
At least 51 people were killed, including at least 20 children and the officials said the dead toll was expected to rise.
( 少なくとも半マイルもの幅の巨大なトルネードが月曜日オクラホマシティ周辺で荒れ狂った。
辺り一面をなぎ倒し、時速200マイルに達する風が子供たちが身を潜めていた小学校を破壊した。
少なくとも51人の人たちが死亡、その中には少なくとも子供が20人含まれている。当局は、死者はもっと増えるだろうと言っている)
のようなニュースをアメリカのテレビや新聞が連日伝えてきている。
ニュースの中でしばしばFujita Scale (フジタ・スケール)という言葉が出てくる。
これは、当時、シカゴ大学にいた藤田哲也さんが作った、予想されるトルネード被害の強弱を F-0, F-6 のように分類した尺度のことである。
彼は、過去にさかのぼって、トルネードの被害調査をし、膨大な資料を集め、それらを細かく分析して、メカニズムを解明したのである。また実際に、彼は、危険を冒してトルネードの中に入り、風の吹き方、動きなどを確かめた。
藤田さんのことを人々は、「ドクター・トルネード」と尊敬の念を込めて呼んでいる。彼は、非常に有名な人で、もし気象学の分野にノーベル賞があれば、間違いなくもらえる人だと、アメリカの学者が言っていた。
藤田さんの姿を初めて見たのは、テレビだった。
ミネソタにいた時、偶然見た番組に、藤田さん、つまり「Ted ・Fujita」が出ていたのである。
「ダウンバースト」のメカニズムについて一般の人たちもわかるように説明していた。
ダウンバーストというのは、急激な下降気流のことで、着陸態勢に入った飛行機が、この気流の中で操作不能に陥り、失速し、墜落するというものだった。
飛行機が着陸する間際に、ダウンバースト(下降噴流)に巻き込まれて、墜落してしまうことが、以前にはたびたびあったが、藤田さんが、ダウンバーストについて科学的に理論づけるまで、この分野の研究は未熟だったのである。
1975年、ルイジアナ州のニューオリンズ発イースタン航空66便が、ニューヨークのケネディ空港に着陸しようとして墜落したことがあった。
大方の見方が、機長の操作ミスだということでだったが、航空会社が、異を唱えて、藤田博士に調査を依頼してきたのである。
その日は、空港周辺では雷雲垂れこめ強い風が吹いていて、視界も効かない状況だった。
先に着地した飛行機が、やはりウインドシェアに巻き込まれていて、墜落しそうになるほど危険な状態だったのである。
管制官も、まさか墜落事故に至るほどの天候だとは予測ができず、航空機の発着を規制するなどの処置をとらなかった。
66便は、着陸態勢に入り、高度を下げていた。
視界不良の中での着陸だった。そこで機体が急激なウインドシェアに巻き込まれて、いったん上空に持ち上げられて、その後で、下降気流に押され、着地点手前700メートルで地面にたたきつけられたのである。
乗員乗客124人中、生存者は12人で、その後病院で3人が死亡してしまった。
藤田博士は、その時の空港上空の気象状況を分析して、ダウンバーストによる事故であると、その原因を突き止めたのである。
その後「ドップラーレーダー」を使って、局地的な気象状況の事前予測が可能であることも証明して、各地の飛行場で、この装置が使われるようになったのである。
( マディソン市立美術館 )