「ミスター・ヤマダーサン」は、変わった呼び方だが、思い出すことがある。
ある教授から、
「日本のことで論文を書いている学生がいるのだけど、助けてやってもらえませんか?」と言われたことがる。
「いいですよ」と簡単に引き受け、その後は忘れていた。
ある時、電話がかかってきて、
「ハロー、私は、ヘイゾウ・ナカムラです」
「平蔵?」
エッ!、と思った。
電話の向こうの声は、明らかに女性の声である。
平蔵といえば、男の名前ではないか。
「スイマセン!もう一度お名前を!」
二度目に言った名前も、
「ヘイゾウ・ナカムラです」
何度も、聞き返すこのは失礼な気がして、
「ところで、御用件は?」と聞くと、
「スピッツマン教授の紹介で」と言われて初めて、思い出した。
「一度、会っていただけると、うれしいのですが」
「いいですよ、いつでも、どこでも」
住所を訊いたら、トシの家のすぐ近くだった。
「ミスター・ヤマダは、今、暇ですか?」というから、
「ええ、別に用事はありません」
「どこかで会っていただければ嬉しいです」
近くのマクドナルドでもと思ったら、
「私、近くのファースト・ハワイアン銀行に行きますので、そこで、ちょっとの間いいですか?」と言うから、
「わかりました」
ということで、約束の時間に、銀行に着いて、あちこち見渡すが、それらしい人はいない。
トシが、きょろきょろしているのを遠くから見ていた人が、近づいてきた。
ところが、むこうからやってきた人は、白人の女性である。
「ミスター・ヤマダ?」というから、
「そうです」
「私、ヘイゾウ・ナカムラです」
「ナカムラと言うから、てっきり日系の人かと思いました」
「ハイ!、主人がナカムラです」
「なるほど、そうなんですか」
ちなみに、ヘイゾウのことも訊いてみた。何度聞いても、「平蔵」にしか聞こえなかった名前は、実は、「ヘイゼル」(Hazel)だということもわかった。
逆の場合もある。
日系の女性のメアリ・コマツという人が、トンプソンという人と結婚して、名前が変わり、メアリ・トンプソンになった人がいる。
名前だけからみると完全に、あちらの人になってしまうことで、ミドルネームに、旧姓のコマツを残した人がいる。本人としては、日系であることのアイデンティティを残したかったそうである。
したがって、「メアリ・コマツ・トンプソン」になり、「コマツ」が入ることで、他の人からも、この人は、日系だと判断できるというわけである。
明治のころ移民してきて、名字が無かった人たちがいる。
沖に停泊した船に、入国係官が来て手続きをした時、
「名前は?」と言われて、名字が無いものだから、
「貫太郎です」と答えたところ、
係官が、勝手に、ファミリーネームを、「カン」にしてしまって、ファーストネームを「タロウ」にしたなどという話も聞いた。
CNNのキャスターで、「タノナカ」という人がいるが、あるいは、移民時に、「タ」の「ナカ」と相手に分かりやすいように説明したのが、「タノナカ」になってしまったのかなあ、という気もする。