受付で、「お帰りになる時、忘れずにお持ちください!」と、マスイさんの最新刊の研究書と記念品が入った三越の袋が並べられていた。
取り敢えず開会まで待つことにして、会場の片隅に立って、いく分気後れする感じで他の人たちの様子を眺めていた。
マスイさんが、「トシ、東京まで来てくれるか?」と何度も言っていたのを思い出し、とにかく来場していることを伝えた方がいいのではないかという気がしてきた。
「マスイさん!」といつものように気軽く呼べるような雰囲気ではなかった。
彼は、当日の、いわば主役で、当然みんなに交じって会場のどこかにいるのでなく、主賓控室にこもっているだろうことは想像できた。
しかし今日だけは、心やすい友達のふりをして、彼の前にしゃしゃり出ることをためらったのである。
それでも一言、「マスイさん!おめでとう!」とか言っておいた方がいいのではないかという気がして、逡巡する気持ちを振り切って、ちょっとだけ彼に会って、あとは閉会とともに帰ってしまってもいいのではと思ったのである。
妻と相談して、受付のところに戻り、自分の名刺を差し出し、「マスイ先生に会いたいのですが?」と言った。
受付の女性の一人が、「ハイ!こちらのいらしてください!」と言って奥まった小部屋まで連れて行ってくれた。
そっとドアを開けると、彼の姿があったが、彼ひとりでなく、当然ドレスで着飾った奥さんの姿もあったし、ほかにアメリカ人が3,4人と、おそらく発起人だろう人たちも数人いて、マスイさんをとり囲むようにして、大仰なしぐさで、夢中に英語で、あるいは日本語で話をしていたのである。
トシと妻の姿を最初に見つけたのは、マスイさんの奥さんのほうだった。
奥さんは、ハーバード出身の医学博士だが、この時ばかりは、長いブルーのドレスに身を包んで、まるで、ハリウッドから来たかのようだった。
" Oh! Toshi ! " ( トシなの! )とか言いながら、近づいてきて、アメリカ人らしくハグをした。
彼女が大声で、マスイさんにトシたちが来ていることを伝えた。
急にみんなの話し声が途絶え、いっせいに振り向いた。
ようやく彼がトシの存在に気づいたようで、「オウ!」とか言いながら、つかつかとトシのほうに近づき、両手でトシの手を確かめるように握った。
「来てくれたか!嬉しいな!」
部屋にいたみんなに、大声でトシ達を紹介した。
今まで話し込んでいた人たちの存在を忘れてしまったかのように、今度はトシと妻に、興奮したように、次から次に、せき込んで話を浴びせてきた。
トシにすれば、一言だけ、やってきたことを告げて、会場の方に戻ろうと思っていただけに、ここにとどまるつもりはなかったのである。
早々に出て行こうとするトシの様子を感じたのか、「出て行くんじゃないよ!どこか近くにいてくれないか?」と言った。
「ハワイでなく、日本で、こうしてトシに会えるなんて信じられないよ!」と言った。
ハワイの彼のオフィスで、来客がいて忙しそうにしている彼を見て、「また来るよ!」と言って立ち去ろうとするトシに、
「逃げるなよ!」と言った彼の声を思い出してしまった。
このままだと、トシ達が九州まで帰ってしまうのではないかと心配するかのようだった。
この状況の中で、ここにとどまるのは賢明でない。
閉会後に、またマスイさんのところに来るからと説得して、強引に会場に戻ってきた。
祝賀会の司会は、テレビでよく見るアナウンサーだった。
(マスイさんが眠っている妙法寺のゲート)
(境内に咲いていた花)