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ずいぶん昔のことだが、ある新聞の投書欄に出ていた話である。
アメリカからホームステイで来た学生を案内してバスに乗ったら、彼が車内のステッカーを見て何と書いてあるのかと訊ねた。
「老人に席を譲りましょう!」を英語に翻訳して言うと、彼は怪訝な顔をして、誰かが席を譲ればいいことだから、そんな標語は必要ないのではと言ったようなのだ。
更にアメリカのバスには、そのようなものはない、とも付け加えたのである。
それは正しくない。
1970年代にアメリカには、サンフランシスコ、ロスアンジェルス、フィラデルフィア、ニューヨークなどの大都市を走るバスには、どれも車内に、"Priority Seats" (優先席)があって、当時日本には、そんなものがなくて、我が国でも、必要なのではと思ったことがある。
シルバーシートという名前で、優先席ができたのは、ずいぶん後になってからだった。
このアメリカ人は、どこの田舎から来たのだろうか。
そして、日本でもアメリカでも、善意の人ばかりであれば、お互い譲り合えばいいことだから、優先席など必要がないだろう。
これを投書した人は、アメリカは、善意の人たちに恵まれていて、あえて、" You are encouraged to give up your seat to elderly or persons with disabilities " 「老人や障害を持つ人に席を譲ってください」などの標語は必要ない国だと思ったようなのだ。
その点で、日本の現状は、つまり善意の精神に欠ける人が多いみたいに感じたのだろう。
アメリカでは、日本よりはるかに早い時点で「優先席」が存在していたのを知っている。
ハワイに行った人は、バスに乗ると、
Priority Seats: Please yield these seats to elderly or disabled passengers
「優先席:ここの座席を老人や障害を持つ人たちに譲ってください」と書いた標語を見たことだろう。
silver (シルバー)を日本では、高齢者を意味するが、英語には、そのような意味はない。
和製英語で、日本の誰かがつくった言葉である。
シルバーシート、シルバーカート、シルバーウイーク、シルバー貯金、シルバーパスなどたくさんあるが、いずれも日本人がつくった言葉である。
一度アメリカで、silver cart という言葉に出くわしたことがある。
高齢者用の手押し車で、日本製の輸入品だった。もちろん銀でできたカートのことではない。
In Hankyu Railway, 'Priority Seats' were abolished and 'All seats-Priority Seats ' was introduced in April 1999, based on the idea that 'we must show a spirit of give-and -take at each seat, whether it is designated or not'
( 阪急電鉄では、『優先席』は、廃止された。すべての席が、表示されていなくても、譲り合いの精神を持つべきだとの考えから、1999年の4月に、『すべての席が優先席』が導入された )
「年をとった人」をあからさまに、「年寄り」と呼ぶのは、アメリカでも、避けるようになってきた。
単に、old といえば、年老いた、役に立たない、厄介物などを連想するからである。最近では、expert (人生の熟練者 )、veteran ( 老練な人 )、senior ( 年長者 )などの言葉を新聞などで目にする。
総称的には、形容詞に定冠詞をつけて the aged とか the elderly とかを使うことが多いようだ。
ブライアンのおばあさんは、百歳ぐらいまで生きた。
最後まで矍鑠(かくしゃく)としていて、記憶力もはっきりしていたようである。
ブライアンは、両親と言うより、このおばあさんに育てらたと、自身言っていたのである。
父親が大学教授で、お母さんも、社会活動などで、忙しくしていたようである。
自宅でパーティを開いた時など、おばあさんと二人で、お客を出迎えていたようで、大人たちに混ざって話に加わっていたようである。
子供の時のブライアンは、おませで、人を笑わせるのが上手だったようで、大人になってからも、人懐きがよくて、話し上手なのは、子供の時に培われた才能なのかもしれない。
初対面の人に対しても、構えることなく、すぐに打ち解けるのは、見ていて羨ましい。
奥さんによると、エレベーターで乗り合わせた人と、「3階まで上がる間に友達になってしまうのよ!」だそうだが、うなずける気がする。
そのことをブライアンに言うと、笑いながら、「まさか!」と言っていた。