マディと愛犬ユーリ、親友のクリスティ、それにハワイのこと

ハワイに住んでいたころ、マディという女の子が近所に住んでいて、犬のユーリを連れて遊びに来ていた。

" What happened ? " ( どうしたの? )

2014-07-21 14:46:13 | アパラチアン山脈

 

(4)

 

 

 グレッグは、レベッカとレストランでのデートを楽しんだ。
 ホテルに帰ってきて、彼女のことをいろいろ思い出していた。彼女の穏やかな話しぶり、いかにも知的な表情などがたまらなくグレッグの心をひきつけた。特に踏み込んだ内容ではないが、一つ一つの交わした話題を心の中で繰り返して思い出していた。上気した雰囲気での会話だったから、自分が何を言ったのかをもう思い出せないでいたが、ひょっとして、自分のことで好印象を与えなかったのではないかなどと反省した。
 ホテルの部屋に帰ってきて、寝支度の着替えをし、本来なら寛ぐところだが、何となく眼下に光が点滅する港の景色を見ていた。
 冷蔵庫からワインを取り出し、グラスに注いだワインを飲みながら膝の上に本を広げて、いざ読み始めると、まるで文字の上面だけを追っていくようで気持ちが入らない。

 時計を見ると、まだ深夜ではないことに気づき、衝動的に故郷の母に電話をかけてしまった。いつもなら母のほうからかかってくるだけなのに、受話器を取った母が、グレッグからだと知って、
 
 "  Greg ?  You've never called me.  What happened ?  " ( グレッグ !あなたから電話がかかってきたことがないのに、何かあったの? )
  "  I'm just calling you.  I wanna hear your voice.  " ( お母さんの声が聞きたくて電話をしてしまって )とか言ってしまった。
 別にうそを言っているのではなく、本当に母にレベッカとデートをしたことを話したかったのは事実だった。
 しかし結局そのことを言い出せないまま電話を切ってしまった。
 今日の昼間に唐突に出会った女性のことを、そして彼女のことをまるで知らないまま母親に話すのは気が引けたのである。
 「どうしたのよ一体?」と母に言われて、グレッグは、すっかり戸惑ってしまった。何を言っていいのか言い淀んでしまった。まるで自分が夢遊病者のように、後先考えないで母に電話をしてしまったが、まさかレベッカに出会った事情を説明してもわかってくれないだろう。

 一緒に食事をしていながら、グレグはもっぱらレベッカのことが知りたくて、一方的に質問ばかりしていたようだった。
 時折彼女が、彼のことを質問していたようだったが、自分のことで何を話したのだろうか。
 グレッグが、ジョージアの出身だということ、ニューヨークで医者をしていること、このたび2週間の休暇をもらって、家を飛び出し、何の当てもなくメイン州まで来てしまったことなどを話したかもしれない。確か、「お医者さんの仕事は大変だわね」とか、レベッカが言っていたような気がする。

 しかしこの島はなんと静かなのだろう。夜の帳が深まっても、走る車の音も聞こえてこない。
 眼下に広がる港は、あくまで静かである。一面に瞬くように点滅する明かりが見える。おそらく漁船やヨットなどの夜間照明なのだろう。
 ニューヨークだと、グレッグが住んでいる辺りは、それでも静かなところなのに、一晩中車の音などで騒々しい。救急車や警察の車が、甲高いサイレンを鳴らして走り回っている。

 「こんな島に住むのも悪くない!」との思いが頭をかすめた。
 ジョージアの子供時代を思い出していた。湖でボートを漕ぎだし、父親や兄、妹と魚釣りをしたことを思い出した。
 「明日は、どこかの海に出て、魚を釣ったらどうだろう!」などと考える余裕が出てきた。

 


" Success is counted sweetest "( 成功は、この上なく甘美なもの )

2014-07-14 01:29:14 | アパラチアン山脈

 

(3)

 

  

 エミリー・ディキンソンの詩を、グレッグは思い出していた。
 
   "  Success is counted sweetest
        By those who ne'er succeed.
        To comprehend a nectar
        Requires sorest need.  "
   
  ( 成功したことがない者には、「成功」は、この上ない甘美なものだ。
    のどが渇き切った者に、甘い飲み物の味がわかるように )

 食事をしながら、目の前にいる女性がまぶしく見えた。
 いつの日にか、この女性と生活をともにしながら、庭で遊ぶ男の子を二人で見守る姿が、ちらっと頭をよぎったが、すぐに自らのそのような不遜な思いを後悔しながら、取り消した。
 今の自分はのどが渇ききった者なのか、妻と子供と3人で庭で遊ぶ姿が、成功なのかという思いが浮かんできた。


 彼女に初めて会った時は、薄暗い図書館の中で、彼女は、地味な服を着ていたし、眼鏡をかけていて、そんなに印象的ではなかった。
 しかし事務室で彼女とまじかに接した時、グレッグに応えるときの、いかにも優雅な態度、話し方、知的な振る舞いに、何かしら魅かれるものを感じていた。
 グレッグは、南部の生まれで、初めてニューヨークに出てきたとき、人々が早口で話す言葉についていけなかった。
 彼には、ニューヨーカーたちのしゃべり方が、なんとも奇異に思えて、馴染めなかったのである。今では、もうニューヨークの人たちの早口の話しぶりにも慣れていたが、レベッカの話し方は、ニューイングランド風で、ニューヨーク弁とは違っていたが、少し土地訛りと言うか、ニューヨークでは聞きなれない話し方が、心地よく響いてきたのである。

 
 この機を逃しては、一生彼女とは縁が切れてしまうような気がして、勇気を鼓してホテルから彼女に電話をしてしまった。

   "  Are you making a date just after you have arrived ?  " (着いたばかりなのに、もうデートなの? )宿の主人に冷やかされながら、ホテルを出てきた。

 彼女と食事をとりながら、それとなく彼女の顔を見つめていた。
 今まで会ったどの女性より女性的で、目の色は、あくまで透き通るようなブルーで、まるでエリザベス・テイラーの目をのぞき込んでいる
気持ちだった。
 彼女が話す言葉が、音楽のように心地よく響いてきた。

  "  Where do you wanna go after you stay overnight here ?  " (今夜ここに泊まって、それからどこにいくの? )
  "  I'm not sure.  I have no exact planning.  " ( 決めてないんです。はっきり計画を立ててきたわけでないので )
  "  I would like to go over Canada when I left New York, but I'm not sure about that now.  "  ( ニューヨークを出るときは、カナダのほうに行きたいと思っていたのですが、今はもうわかりません )

  " Tomorrow I may stop by at the library, may I ?  " ( 明日図書館によってもいいですか? )
  "  Sure !  " ( もちろんです )

 

 


" Her name is Rebecca " ( 彼女の名は、レベッカと言った )

2014-07-08 16:50:01 | アパラチアン山脈

 

 (2)

 

 

 レベッカが案内してくれた「シーフッド・レストラン」は、ヨットやクルーザーが浮かぶ湾を見下ろせる高台にあった。
 ニューヨークの気取ったレストランとちがって、いかにも素朴で田舎風だった。メニューは、海鮮料理が中心だったが、ワインもおいしいし、前菜、メインのロブスターも、マスタードソースも申し分なく素晴らしかった。
 レベッカの話に耳を傾けながら、ワインが心地よく臓腑にいきわたるのを感じた。グレッグは、自分のことよりレベッカのことが知りたかった。つい質問攻めをしてしまい、相手に礼を失したと後悔した。
 ニューヨークでのグレッグの夕食は、毎日が忙しいこともあって、帰宅途中の行きつけのレストランで、変わり映えのしない料理を注文することが多かった。時に途中のデリカテッセンに立ち寄り、ハンバーガー、ソーセージ、肉巻きアスパラなどを持ち帰ることもあった。楽しんで食べるといった気分でなく、空腹を満たせばいいという感じだったのである。
 
 久しぶりの、雰囲気のあるレストランで、テーブルを挟んで前に座っている人は、数時間まえには全く知らない人だった。
 どうしてこんなことになったのか自分でも信じられない気持ちだったのである。その人の名は、レベッカと言った。
 

 だれもいない図書館で、見るとはなしに書架を眺めていた。
 " May I help you ? " ( ご用でしょうか? )と背後から声をかけられた時は、びっくりした。
 図書館は、薄暗く、しかも誰かがいる気配がなかった。
 確かに女性の声だった。振り向いてみたが、逆光で彼女がどんな顔をして、年配の人なのか、若い人なのかさえわからなかったのである。
 事務室に通されて、初めてまじまじ彼女を見た時も、眼鏡をかけていて、第一印象としては、ごく当たり前の女性としか見えなかった。
 "  You know, I just dropped in for any information about lodging or the like .  " 
 ( ええ、ホテルかなんかの情報があるかと立ち寄ったのですが )
  "  Do you wanna stay over night here in this island ?  "
 ( 今夜この島にお泊りになりたいのですか? )
  "  If possible...  " ( 出来れば・・・ )

 図書館で、彼女と何を話したのか覚えていない。
 彼女は、折角の " client "(図書館利用者)だと思ったのか、熱心に島のホテルなどの情報を探してくれた。
 彼女と話していて、どうしても今夜はこの土地に泊まりたいという気持ちになってきた。
 結局、彼女の知り合いだというホテルに電話をしてくれることになったのである。
 彼女が書いてくれた地図をもとに、一度海岸に出て、そこから曲がりくねった細い道を、目印に描いてくれた建物などをあてにゆっくり丘の上のほうに車を走らせた。
 ホテルの前庭に車を入れた。ホテルと言うより "  tourist home  "(民宿)に見えた。建物は、ちょっとクラシックで、風情を感じさせた。
 想像していたより、好ましい雰囲気だった。
 
 レベッカに、心を惹かれるものを感じていた。
 この島を素通りして、彼女に心を残したまま、立ち去ってしまうのは、いかにも後悔しそうな気がしていた。
 彼女に、さよならを言うこともなく、フェリーに乗り、おそらくカナダに行ってしまう自分を想像してみじめな気持ちになった。
 自分の人生の中で、ずっとそのことが、悔みとして思い出されるのなら、ここは一念発起、勇気を鼓舞して、「運命の人」にデートを申し出るべきだと思ったのである。
 突拍子もないことで、相手が断って当たり前だったが、レベッカも、彼のひたむきさに何かを感じ取ったのだろう。
  "  I'd like to ! " ( ありがとう )と言った。