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( カイムキノ町の小さなレストランが連なっている辺り )
シュミットさんとメキシコ料理を食べたのを覚えている。
彼女が運転する車で、海岸線をドライブしていて、どこかで食事をしましょうかということになった時、「ヤマダサン、何がいい?」と訊かれた。
特にこれというのを思いつかなくて、「なんでも!」と言ってしまった。
「近くにメキシコレストランがあるのだけど、メキシコ料理など、興味がありますか?」「もちろん!」
ということで、彼女が知っているというメキシコレストランに行くことになった。
場所は、パールリッジの街をちょっと外れたところだった。
「確かこの辺りよ!」というのだが、郊外の道をあちこち巡りながら、シュミットさんも、場所をよく思い出せないようだった。
もともとシュミットさんは、どちらかというと方向音痴で、運転していても、急に徐行を始めて、自信無げに「ここかなあ?」とか言いながら、目指す場所を見つけ出すことができないのである。
ようやく件のメキシコレストランを探し当て、「やれやれ!」という気持ちで入っていった。
何を食べたかは、よく覚えていないが、ひき肉、チーズ、トマト、香味野菜などが入ったナチョス、それにアンチラーダ、もう一皿は、アボカド、トマトソース、バジル、豆、チーズなどを巻いて食べるトルティーヤだったような気がする。
シュミットさんに出会ったのは、ハワイから日本に帰るときの飛行機の中だった。お互い一人旅で、隣り合わせの座席だった。
初めは、軽く挨拶を交わしただけだった。
" Hello ! Nice to meet you ! ( どうも!こんにちは!)
" Are you alone ? " (おひとりですか?)
その後はお互い関心を示すわけでなく、ごくおとなしく本を読んだり、居眠りしたりで自分のプライバシーの領域を守っていた。
ハワイを発って5時間くらい経ったころか、 ちょっと退屈してしまって、何となく窓の外を見ていたら、
" You're reading all the time. " (いつもご本を読んでいらっしゃるわね)
と言って、ニコッと笑いながら話しかけてきた。
飛行機の中では、勿論難しい本を読んでいたわけでない。カハラモールのBarns & Nobleという本屋で、バーゲンで買った推理小説だった。
イギリスの作家の作品で、家族全員が素人探偵で、身近で起きた犯罪に首を突っ込み推理を巡らせながら問題を解決するといった、どちらかと言えばユーモア溢れる、微笑ましいお話だった。
飛行機を降りるとき、座席に置いていた毛布にくるまった本の存在をすっかり忘れていて、結局持って帰らなかったのである。
途中までしか読んでなかったので、ちょっと名残惜しい気がしていた。
機内誌を家に持ち帰って読んでいたら、アンケート用紙が挟まっているのに気づいた。
何の気なしにアンケートに答えていたら、余白に意見、感想を書く欄があって、そこに、「実は、機内に読みかけの本を忘れてしまった」ということをそれとなく書いてしまった。
別に返事など全く期待してなかったのだが、後日JALから丁寧な封書が届いたのである。
びっくりしたのは、空港の遺失物係や掃除の担当係などに問い合わせて、かなり念入りに探してくれていたことである。
結果は見つからなかったということだったが、こんなに親切にしてもらったことを、こちらとしては恐縮してしまった次第である。
元はと言えば、忘れたこちらが悪いのに、本を探すために、かなりの労力を注いでくださったことに心からお礼を申し上げたい気持だった。