(27)
タコマ市を訪れた時、ピーターとキャシーが、我々をピュージェットサンド地方に案内してくれた。
予てから訪れたいと思っていた場所で、「ヒマラヤ杉に降る雪」の舞台になったところである。
天に届くようなヒマラヤ杉の木立が、延々と連なっている緑深い山々だった。
奥深く入ると、道に迷って、おとぎの国にでも迷い込みそうな気持になった。
樹齢数百年にもなるのであろうか、とにかく高い木々である。
訪れた時は、小説に描かれた冬の季節ではなかった。
覆いかぶさるような木々の間から、果てしない蒼空が垣間見えた。
冬の季節になれば、凍てつくような寒さの中で、暗雲垂れ込む空に押しつぶされるような、切迫した風土に変わるのだろう。あの小説に描かれた風景である。
ジョン・スタインベックの「トーティア平」 (Tortilla Flat) に描かれた、あくまで明るい南カリフォーニアではなく、ここは、北カリフォーニアから、更に北へ、オレゴンより、更に北へワシントン州である。
「トーティア平」に描かれた南カリフォーニアの丘陵地帯には、枝を曲げた赤松林が出てきた。
オレゴンからワシントンに至る連綿と続くヒマラヤ杉の山脈とは、対照的である。
シアトルから海を挟んで、ゲインブリッジ島がある。
今は、人口が22,000人の小さな町である。
ゲインブリッジの名前が、小説では、架空の名前「サン・ペドロ」になっている。
元々、ネイティブアメリカンが住んでいたところである。
白人が、最初にやって来たのは、バンクーバーと言う名の男で、1792年のことであった。
1853年に、当時の酋長シアトルが、合衆国と署名を交わして、正式にアメリカのワシントン州に併合されたのである。
森林地帯を背後に控える関係で、林業が盛んであった。したがって、製材業も盛んで、そこで働く労働者として、日本人、フリッピン人など各国から集められた人たちがやってきた。
後に、造船業も盛んになり、また、海軍の基地なども設置された。
日系人は、約220人ぐらい住んでいたという。
第2次世界大戦が勃発して、日系人が、敵視されるようになる。
1942年3月、日系人は、アイダホ州ミニドクの強制収容所に送られた。小説では、彼らは、カリフォーニア州のモハビ砂漠にある収容所に送られたことになっている。
物語は、このような背景の中で起こるのである。
漁師のカール・ハインという男が、自分の漁船の漁網にひっかっかって死んでいるのが見つかる。
その時間、近くで漁をしていた日系人のカブオ・ミヤモト ( Kabuo Miyamoto)が、殺人の嫌疑を受けるのである。
小説では、「カブオ」となっていて、最初読んだ時は、間違いではないかと思ってしまったが、あくまで、作品の中では、「カブオ」で貫かれている。
流石に、映画では、確か、「カズオ」という名前になっていた。