奥の部屋で奥さんは、あちこちに電話をかけているようだった。
トシの友人たちが行っていそうなところを尋ねているのだろう。
やがて、突然顔を覗かせ、「分かりましたよ!」と明るい顔で言った。
「やはり、パークラピッドに行っているようです。電話番号を控えていますので、ここにかければ、繋がるはずです」と言いながら、パークラピッドのほうに電話した。
繋がったようで、「ミスター・ヤマダ!どうぞ」と言いながら、受話器を渡してくれた。
受話器の向こうから聞こえてくる声は、まさしく友人の奥さんだった。すっかりなじみの、あの懐かしい声が聞こえてきたのである。
突然トシから電話で、驚いた様子が見えるようだった。
2週間の予定で、別荘に来ていると言うことで、後一週間滞在するようになっているとのことだった。
「折角の機会だから、トシも、その車で、こちらまで来ない?」ということで、急きょ予定になかったパークラピッド行が決まってしまったのである。
こちらの奥さんには、またきっと参ります、と言って、そさくさと出発の準備を始めた。
大体、パークラピッドがどの辺りにあるのかは、奥さんから説明してもらった。
街を西に走り抜け、71号線に出たら、一路北に進めばいいとわかっていたので、暗闇を走っても、どうということはないだろう。
結局、教育長宅を出発したのは、もう夕方に近い5時を過ぎていたのである。
街を出るまでは、ちょっとわかりにくい道だったが、なんとか71号線に入った。これからは、一本道だから迷うことはない。 パークラピッドまでは、何百マイルあるだろうか。
今夜は、何処か適当なところで泊まって、明日には何とかたどり着けるだろう。
5時を過ぎていても、夏のこと、まだ外は真昼のように明るかった。
夜までの数時間にできるだけ距離を稼いで、行きついたところで宿を探そう。
車窓から見える風景は、見渡すかぎり草原で、トウモロコシやジャガイモの畑が地平線まで続いていた。
30分ぐらい走ると、ようやく人家の群れが見えて来て、小さな街にたどり着く。
教会、ショップ、学校、役場、モーテルなどの主だった建物が並んでいる。
いずれにしても小さな町である。それをやり過ごすと、今度はまた何もない草原に入って行く。
マウンテンレイクの街を過ぎた辺りでは、まだ昼の明かりが残っていた。
その明るさも、徐々に灰色から暗闇に変わっていった。
暗闇の中を走っていると、街灯はなく、自動車の明かりだけが頼りだ。時折対向車が、明かりをつけて横を走り過ぎる。のどかといえばのどかだが、ずいぶん淋しい風景である。
遠くの空に映し出された町の明かりが見えてきた。スプリングフィールドの街のようだ。
町中に入ると、沿道に明かりのついた家々が並んでいた。
モーテルも、数えると、一つ・・・二つ・・・三つ・・・3軒あった。
夜の9時近くだったが、いずれも空き部屋ありのサインが出ていた。
モーテルは、予約なしで、来た人順で空き部屋がふさがる仕組みなので、空き部屋がなくなると、満室のサインが出る。
もう一つ先の町まで行ってしまおうかと欲が出たのである。
スプリングフィールドの町を、やり過ごし、さらに車を走らせる。
再び、暗闇の中に入って行ったのである。
次の町はウイルマーである。
あと30分くらい、なんとか距離を稼ごうとしたのが良くなかった。
ウイルマーに着いたのが、9時半ぐらいだったろうか。
街に入る手前でモーテルの看板が見えた。既に満室のサインが出ていた。
スピードを落しながら、次のモーテルを探す。「あった!」、しかし又もや満室である。
3軒目は、街を通り越して出たあたりにあったが、満室であった。
恐らく、これから先には、泊まるべきところはなさそうだ。
民家の明かりもそこで途絶えていたのである。
すっかり不安になってきた。もう一つ、次の町まで、頑張るかと言っても、深夜では、宿を見つようにも、不可能に見えてきたのである。
そこで、一度通り過ぎた町に引き返して来たのである。
3軒目のモーテルに車を止め、オフィスに入っていった。
オフィスの中では、年配の男性が、手持無沙汰でテレビを見ていた。
「泊まりたいのですが、部屋はありますか?」と一応尋ねてみた。
「さっきも一人来たけど、満室なんですよね」「その人は、一晩中車を走らせると言って、出て行ったよ」