マスイさんは、日本人だが、アメリカ滞在歴は、すでに30年にもなるということだった。多くのパブリケーション、学会発表の実績をもっているが、アメリカ人といってもいいくらいに、発表はすべて英語である。英文の書きかけの論文など読ませてもらったことがあるが、見事な格調高い文章で感心したものである。
対して、日本語の論文などは、返って不自由するみたいで、
「おい!トシ、ちょっと読んでみてくれんか」
「こんな表現で大丈夫か?」などと尋ねることがある。
彼は、東洋図書館の館長をしていて、ハワイの図書館界では、いわゆる、「顔]で広く知られている。図書館の会合などに呼ばれて講演をしたり、お話をしたりしているから、関係者は当然彼を知っているはずだ。
シャーロットも彼の存在は知っていてもおかしくはないが、彼がトシの知り合いだということはどこで知ったのだろうか。第一、トシは、シャーロットと懇意にお話をしたことは、今まで一度もないから、このことをトシの方から話題にすることはあり得ない。
マスイさんからの電話によると、最近、ハワイ図書館学会の会合があって、その後のパーティで、シャーロットがマスイさんのところに挨拶にきて、
「あなたの友人のミスター・ヤマダは、私どもの近所に住んでいて、娘がよくお世話になっているのですよ」と言ったようだ。
というようなことで、先日、「お前、シャーロット・サマーフィールドを知っているのか?」と話のついでに、思い出したように言ったのである。
マスイさんを知るようになったきっかけが面白い。
研究資料を探していて、なかなか思うようにいかなくて、たまたま、近くにいたジャクソン教授に相談したら、
考え込むような仕草で、
「そうだ!ドクター・マスイなら、助けてくれるかもしれないよ」と言った。
「ドクター・マスイに電話をしてあげるから、訪ねて行ったら?」
ジャクソン教授の計らいで、トシは、ハミルトンの5階にある彼のオフィスを訪ねて行った。
ここぞと思えるオフィスに入っていき、奥まったところにあるデスクに座っていたいかにも、学者らしい人に、
「ジャクソン博士からの紹介できましたヤマダと申します。実は、研究資料のことで困っていて、ぜひ、助けていただきたいと思いまして」と告げて、一応説明が終わったところで、
隣の部屋にいた秘書を呼び、
「この方の手伝いをしてくれませんか」と言ってくれた。
この秘書は、いかにも有能な人で、見事に、目指す資料を探し出し、ファイルに纏めてくれたり、コピーを取ってくれたりで、大助かりであった。
秘書と館長に心からの感謝の気持ちを伝えて帰ってきた。
オフィスに帰ってから、ジャクソン教授に、「おかげで、助かったよ、どうもありがとう」などと言っていたのだが、ふと思いついて、
「ジャクソンさん、彼は、日本人ですよね?」
「そうだよ」
「おかしいなあ、館長と話している間、一度も日本語を使ったりしなかったよ」
「だって、そうだろう、彼は、もう長い間、アメリカにいるのだし、ひょっとすると、日本語より英語の方が得意かもしれないよ」
「それでも、今日会った人は、完璧なアメリカ英語だったし」
「ふに落ちないのなら、ちょっと待って!」「もう一度電話をしてみるから」
それから、電話をかけたジャクソンさんは、ニタッと笑って、
「待っていたけど、まだ来てないのだと言っているよ」
何と間違った人のところに行ってしまったのだ。