歴歩

歴歩 歴史は歩く。ゆっくりと歩く。それを追いかける。

中野市・柳沢遺跡 シカ絵土器が出土

2009年05月14日 | Weblog
 県埋蔵文化財センターは13日、中野市の柳沢遺跡からシカを描いた弥生時代中期後半(紀元前1世紀ごろ)の弥生土器が出土したと発表した。県内で弥生時代の絵画土器が出土するのは初めて。シカを含む絵画土器は奈良県での出土が多く、同遺跡で出土した青銅製祭器「銅戈(どうか)」、「銅鐸」と同様、近畿地方との結び付きの強さを裏付けるものになりそうだ。
 出土した絵画土器は、主に東北信地方の千曲川水系に分布している栗林式土器で、弥生時代中期後半の型式、壺の形をしている。銅戈、銅鐸が出土した地点から北側に150mほど離れた竪穴住居近くで昨年11月30日に他の土器片とともに見つかった。その後、復元作業を進めていた。半分程度が残り、口径11cm、高さ約31cm、胴の最大径は約23cmと推定される。銅戈、銅鐸とほぼ同時期のものという。
 描かれたシカはともに雄で、頭と胴体が逆S字形の弧を描いており、左を向いて2頭前後に並んでいる。大きさが確認できるシカの体長は7cm程度。1本の線で胴体を描き、前脚と後ろ脚、角が2本ずつの線で簡素に描かれている。シカは弥生時代の土器と銅鐸に最も多く登場し、稲の成長を表すという説があり、豊作をもたらす霊力を持つものと考えられていたという。
 同センターによると、シカは豊作をもたらす霊力を持つと弥生人に信じられていた学説がある。
 同時代の絵画土器は全国で約600点見つかっており、シカの絵の土器は東日本寄りの出土例が日本海側の石川県、太平洋側の神奈川県までだった。同センターは「近畿地方から銅戈、銅鐸と一体になってシカの絵画が伝わり、農耕祭祀が行われていたことを裏付ける証拠になる」としている。
 同遺跡では昨年度までの発掘で、青銅製祭器の銅鐸5点と銅戈8点が東日本では初めて同時に出土している。
 出土した絵画土器は16日から6月14日まで、中野市立博物館で展示する。
[参考:中日新聞、信濃毎日新聞、読売新聞]
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 柳沢遺跡
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総社市・上原遺跡 紀元前3世紀ころの人頭をかたどった土製品の一部が出土

2009年05月14日 | Weblog
 同市教委が14日、上原(かんばら)遺跡(同市上原)から、弥生時代前期後半(紀元前3世紀ごろ)の人頭を象った土製品の一部が出土したと発表した。
 JR総社駅の西約2.5kmの高梁(たかはし)川右岸で、茶褐色の素焼きの破片7点が出土。接合すると、頭頂部や額部分になった。
 現代人の頭とほぼ同じ大きさで、内部は空洞だった。土器と同様に焼かれ、内側も滑らかに仕上げられている。
 表面には眉毛と鼻が作られ鼻孔もあった。両瞼には入れ墨とみられる3本の線が刻まれていた。額から後頭部にかけては鳥の羽根を模したような高さ2.5cmの突起が伸びていた。突起を含めた高さは11.1cm、幅17.6cm、奥行き18.1cm、厚さ6mm。突起は「冠羽(かんう)」と呼ばれる羽根飾りと推測。
 当時、鳥は豊穣をもたらすとして神聖視されたり、鳥の霊を信仰の対象とする風習があったとされている。弥生時代の遺跡からは同様の羽飾りを付けた人面付き土器や、鳥の装束を着た祭司を描いた絵画土器が複数発見されている。
 農耕儀礼や祭祀の際に呪術師が被って踊ったのではないかと推測。
 人の顔をかたどった土器は縄文時代以降、出土例がある。弥生時代では岡山市の田益田中(たますたなか)遺跡で97年に出土した弥生前期の人面土製品が土器か仮面とみられ、最古級とされてきた。被る形の土製品は全国初とみられるという。
 出土した土製品などは14日~6月4日に、総社市役所1階ロビーで展示する。
[参考:朝日新聞、産経新聞、山陽新聞、中国新聞、時事通信、共同通信]

弥生のヘルメット 人頭かたどった土製品 岡山・総社(朝日新聞) - goo ニュース
弥生時代に人面「帽子」=全国初、農耕祭祀に使用か-岡山・総社(時事通信) - goo ニュース
岡山で頭にかぶる「人面土製品」 弥生前期の上原遺跡、全国初 (共同通信) - goo ニュース
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寒河江市・高瀬山遺跡 古墳時代の方形周溝墓が出土

2009年05月14日 | Weblog
 寒河江市教委は12日、同市寒河江の縄文~室町の複合遺跡「高瀬山遺跡」で、新たに古墳時代(300年ごろ)の方形周溝墓1基が出土したと発表した。縦横約11m四方の正方形で、外側に幅約1mの溝(深さ30~50cm)が掘られている。中央に南北約1m、東西約1・5mの穴があり、ここに遺体を埋葬したとみられる。
 方形周溝墓は、周りに溝をめぐらした方形の低墳丘墓で、弥生時代前期に近畿地方で出現し、東北地方には古墳時代になって伝わった。
 また縄文土器や縄文時代の石鏃や石斧なども出土した。
 12日、説明会が開催され、住民ら約200人が集まった。
[参考:毎日新聞]


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ドイツ・ホーレ・フェルス洞窟 世界最古のビーナス像を発掘

2009年05月14日 | Weblog
 ドイツ南西部シュヴァーベン・シュラ(The Swabian Jura)山脈地域のホーレ・フェルス洞窟(Hohle Fels cave)の遺跡から、約3万5000年前、後期旧石器時代の人類がマンモスの牙で作った「世界最古のビーナス像」を発掘したと、ドイツ・テュービンゲン大のニコラス・コナード(Nicholas Conard)教授が14日付の英科学誌ネイチャーに発表した。
 コナード教授は「彫像としても世界で最も古いとみられ、人類の芸術の起源を探るのに貴重な発見だ」としている。
 彫像は昨年9月、洞窟の入り口から20mほど奥の地中約3mの粘土層から動物の骨などとともに6つの破片に分かれて見つかった。
 これまでに古いものでは、ヴィレンドルフ(willendorf)のビーナスが有名であった。
[参考:共同通信、読売新聞、BBC News〕

日本の「縄文のビーナス」 大英博物館で展示が決まる
 長野県茅野市尖石縄文考古館が所蔵する縄文時代の土偶2点が、ロンドンの大英博物館で、9~11月に開かれる土偶の展覧会(文化庁など主催)に出品されることになった。
 出品されるのは、国宝「縄文のビーナス」と、国指定重要文化財「仮面の女神」の2点。貸し出し期間は、2009年6月下旬から翌10年3月末まで。
 「縄文のビーナス」は、茅野市米沢の棚畑遺跡から1986年9月に出土した縄文時代中期(約5000年前)の土偶。高さ約27cmと大型で、大きく張り出した腹など、妊娠した女性の様子を柔らかな曲線で表している。当時の精神文化を考える上で貴重な学術資料とされ、1995年に国宝に指定された。
[参考:2009.5.9読売新聞]

3万5千年前のビーナス像…クロマニョン人のペンダントか(読売新聞) - goo ニュース
世界最古のビーナス像発見 3万5千年前、牙に彫刻(共同通信) - goo ニュース
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