일류
「일류(日流)」も日韓関係に変化をもたらさない
日本にも韓国の大衆文化、つまり「韓流」が大好きな人がいるように、韓国にも「日流」、つまり日本の大衆文化が好きな人々が存在する。
主に10代から30代までの若年層に多く、興味の対象は漫画、アニメ、ゲーム、J・POPなどである。
最近では日本のドラマを始め、映画や文学作品に関心を持つ人々も増えてきている。
村上春樹や村上龍が韓国でも高い人気を誇っていることをご存じの方も多いだろう。
こうした「日流」は日韓関係に何か影響を与えるのだろうか?
一部ではそのような論調も見受けられるが、「韓流」同様、考えにくい。
理由も「韓流」と同様である。「日流」はあくまで余暇に楽しむ趣味なのだから、日本、日本人への好感や理解に直結するわけではない(多少は影響を与えるだろうが)。
よく、日本のメディアが韓国人「日流」ファンを登場させ、日韓関係について語らせることがある。
韓国人が反日にばかり凝り固まっているのではない、ということを伝えようという脈絡で行われているようである。
ただ、正直に言えば、彼らにそうした問題を尋ねること自体、あまり意味がない。
彼らはあくまで、趣味として「日流」を楽しんでいるだけで、日韓関係について確たる定見があるわけではないからだ。
日韓関係を聞かれても、困惑して口ごもるだけだろう。
うっかり、発言を誤りでもすれば、本国で糾弾の対象とされかねない。
ただし、韓国の「日流」が日本の「韓流」と異なる点もある。
すでに「日流」は日韓関係の影響を受けにくくなっている、ということだ。
かって、漫画、アニメ、ゲーム、J・POPなどは「日流」ではなく、「倭色」と呼ばれ、粗暴で猥雑な低級文化の一種として扱われ、出版物として公刊したり、公の場で放映することはできなかった(日本の歌謡曲については現在も地上波では放映できない)。
日韓関係が悪化するたびに、いや、とくに悪化しなくても「倭色」は健全な韓国文化を「侵略」するもの、として糾弾の対象になってきたのである。
いわば、フジテレビ前の「反韓流デモ」みたいなものが恒常的に行われていたわけである。
こうした状況が変わるのは、1997年に金大中政権下で行われた「日本文化開放」からだ。ただし、そのはるか前から、海賊版という形態で日本の漫画や映画、アニメ、J・POPなどは韓国に広く浸透していた。
「日本の文化開放」はそうした現状を追認したものにすぎなかった。
いわば、「日流」はこれまでずっと日韓関係に影響されながらも、ひっそりと息づいてきたわけで、最近になって日韓関係の影響を受けはじめた「韓流」とはいささか事情が異なるのである。
そうした事情のためか、「일류(日流)」ファンも「日韓関係と自分の趣味は無縁」「日本のものは好きだが、日本は嫌い」と割り切っていることが多い。
だからこそ、「일류(日流)」が日韓関係に何らかの影響を与えるなどという期待はしないほうがいい。