たけじいの気まぐれブログ

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「寄り合い家族」 No.018

2023年11月01日 12時26分42秒 | 物語「寄り合い家族」

第4章 「巣鴨の家」
(3)

千代子が、尋常小学校を卒業してからも、くには、千代子を連れて、駒込の松本邸に通っていたが、善蔵、良重夫婦は、そんな、くにと千代子母娘に、主人と使用人の関係を超えて、温かく接してくれた。
くにが、掃除、洗濯、食事の支度等、家事をこなしている間、善蔵、良重は、千代子を相手にすることが楽しみにもなっており、時々やってきた、良重の姪、日出典子も加わって、賑やかな時間を過ごせることに満足していたからだった。
すっかり、くにと気が合い、馴染みになった吾妻橋の典子も、くにとのおしゃべり目的で、駒込にやってくることが多くなっていたが、ある日、
「叔父さん、叔母さん、来週、親戚の法事で、福島へ出掛けるんだってね。2~3日、泊まってくるようだし、その間、くにさん、千代ちゃん連れて、ウチに来ない?」
「狭い家だけど、縫い子の部屋なら、2人位、寝泊まり出来るしさ・・・」
そう言えば、くには、千代子を連れて、他所様の家に泊まったこと等、それまでに無いことに気付き、たまには、千代子に、そんな経験をさせるのも、いいのかも知れないと思った。くには、早速、典子の好意に甘え、有難く受けたのだった。
典子に誘われるまま、まるで面識も無い日出家を初めて訪れるくに、そこは、気を遣った。出掛ける時には必ず着る和服にした。細身で、小顔なくには、和服がよく似合ったのだった。千代子にも他所行きの着物を着せ、市電に乗って、吾妻橋の典子の家に向かった。
表通りから、10数メール入り込んだ路地に有った典子の家に着くと、典子の夫詮三も、仕事場から出てきて、にこやかに迎え入れた。どうやら、詮三も、典子から、くにと千代子母娘の家庭事情を聞いていて、なにかしてやりたいという気持ちを持っていたようで、その日の夕食は、大変なもてなしを受けてしまった。
翌日、典子は、仕事を休み、くにに付き合ってくれた。吾妻橋の典子の家からが浅草は近い。
隅田川を渡れば、浅草雷門、浅草寺、松屋・・・・、
千代子にとっては、生まれて初めての浅草界隈、典子、くにと、逸れないようにしながらも、ウキウキ過ごした1日となった。
「せっかく、来てくれたんだから、もう1泊してってね」
典子は、初めからそのつもりでいて、さっさと決め込み、その夜も、大変なご馳走に預かった。
典子の家に、2泊させてもらい、巣鴨の家に戻ったくに、その翌日からはまた、千代子を連れて、駒込の松本邸に通った。
それからまた、半月過ぎた頃、典子が松本邸にやってきて
「くにさん、ちょっと話が有るんだけど・・・・」と、呼び止める。
「実は、主人が元居た会社で、見習いのような、下働きのような仕事をする女の子を、探しているっていうんだけど、千代ちゃん、どうかしら・・・」
話をよく聞いてみると、典子の夫、詮三は、元レナウンの社員で、中途退職し、墨田区吾妻橋の路地裏の現自宅兼作業場で、典子と共に、何人かの縫い子を使って、メリヤスの下着等のミシン仕上げ業を営んでいたのだった。出来上がった製品は、主にデパート等に納入する等し、結構、繁盛している風だった。
詮三は、典子と共に、尋常小学校を卒業したばかりの千代子を連れて、家政婦の仕事を続けているくにに、何か手を伸ばしてやりたいという思いが強く、千代子を、早く一人前の娘に育てたい一心のくにの心意気にも、感じるものが有ったのだろう。ただ、幼い千代子が出来る職業等、そう有るわけがなく、たまたま耳に入った話を、持ってきたのだった。
くには、くにで、どんな仕事でも、いろいろな体験をさせることは、千代子のためになるのではないかと考えていて、典子に、その口利きをお願いしたのだった。

詮三の口利きで、千代子は、目黒に有ったレナウンの工場のミシン部の「見習い、下働き」として採用された。ただ、幼い千代子が採用された言っても、ミシンをうまく踏めるはずもなく、せいぜい、掃除や雑用位しか出来ないことは、明白だった。最初から、そのような仕事と決まっていたのだと思われる。
会社で働く・・・、初めての体験の千代子にはつらい日々が続いたが、一方で、ほとんどが若い女性の職場であり、休み時間等、あの人が好きとか嫌いとか、恋愛の話、映画スターの話、華やかな流行の話、等々、わいわいがやがや賑やかで、それまで世間を全く知らない千代子には なにもかも新鮮で、うきうき楽しくてしかたなかったと、晩年になって述懐している。

因みに、くにと親交を深めた、詮三、典子夫婦は、第二次大戦後も縫製業を続け、その後、娘百合子と入婿康雄夫婦が事業を継承し、昭和40年頃まで、営業していた。家族全員が、温和で、人情に厚く、お節介焼き、典型的な東京下町の気さくな人達で、戦後、北陸の山村に移住した、くに、千代子にとって、かけがえのない、親戚のような存在となり、深い付き合いを続けたのだった。

千代子が、レナウンの工場で「見習い、下働き」として働いたと言っても それ程長く勤めた訳ではなかった。今で言う 「短期的な学生アルバイト」程度に過ぎなかったのだろうと思われる。
レナウンの工場をやめた千代子は、再び、巣鴨の家で、家事手伝いをしながら過ごすことになった。

(つづく)


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