たけじいの気まぐれブログ

記憶力減退爺さんの日記風備忘雑記録&フォト

Yオジサンの安来節

2018年01月06日 09時32分58秒 | 懐かしいあの曲

M男は、昭和30年代、高校卒業と同時に故郷の北陸の山村を離れてしまったが、10指に余る父親の親戚筋が有って、すでに、帰る家が無くなってはいるものの、冠婚葬祭等で、時々、帰郷している。
子供の頃、可愛がってもらった叔父さん、叔母さん等も、ほとんどが亡くなり、代が変わってしまっているが、未だに、親しくしていただき、それなりに歓待してもらっているのである。
葬式や法要、結婚披露宴等も、最近は、ほとんど、セレモニーホール等で行われるようになったが 当時は、夫々、自宅で行うのが当たり前だった。
その数日前から、親戚や近所隣りの女衆が、その家の台所に参集し、料理いっさいを準備するという、大変なイベントだった。
子供達も、大勢集まって、遠巻きにその光景を眺め、はしゃいだりしたものだ。

当時、M男の遠い親戚筋に、Yさんという、かなり年輩のオジサンがいた。大変、明るく、ひょうきん者で、子供達にも、人気が有った人だが、冠婚葬祭の宴席になると、必ず、場を盛り上げようとするサービス精神旺盛で、時には、「どじょうすくい」を、披露するオジサンだった。
宴の途中、その家の台所を覗いて、女衆に、「ちょっと、ザル、貸してくんない」と、声を掛けると、「おおー!、始まるぞ!」という、雰囲気になるのだった。
宴席に付いていない女衆や子供達も、座敷や茶の間に集まってきて、笑い転げたものだ。
自分で歌いながら踊るもので、もしかしたら、正調ではなく、自己流、即興的な「どじょうすくい」だったのかも知れない。

M男が、結婚した年、当時まだ有った実家に、親戚筋に集まってもらい披露宴をした際にも、やっぱり 盛り上げてくれたのが、Yオジサンだった。
そのYオジサンのどしょうすくいの写真が、古いアルバムの貼って有る。


子供の頃は、単に、「Yオジサンのどじょうすくい」とだけ記憶したものだったが、後年になり、それが、島根県の民謡「安来節」に合わせた芸であることを知って、目から鱗・・・となったものだった。
その元気印のYオジサンが、自宅の風呂場で突然死した知らせが届いたのも、もう30年以上前のことになる。

「安来節」(どじょうすくい・男踊り) (YouTubeから共有)

 


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2 コメント

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ドジョウ掬い (tango)
2018-01-06 13:17:03
私も数年前に島根に旅して安来節の講習を受けて
友達5人で舞台の上で踊りました
お互いに笑いが止まらないくらい笑って笑って
今でも思い出すとおかしいです
講習修了証書をいただいて中国山地を広島庄原に
抜けて車を走らせました
若いころと言って数年前くらい?・・
楽しい思い出がよみがえりましたよ<わらい>
また踊りたい(^^♪
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tango様、こんにちは、 (takezii)
2018-01-06 13:46:14
ワルツ、タンゴ、スロー・・・、
華麗に踊られるtango様のどじょうすくい・・・これは また 見ものですね。その ギャップ。
多分 ご自身が一番 笑えたのかも知れませんね。
修了証書までゲット。
まあ 踊りは 踊り ですからね。楽しい 旅の思い出ですね。
コメントいただき有難うございます。

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