ベタ×３

そうだね。あれは朝、８時くらいの事だったですかね。

アパートから出てきたサラリーマンが、ちょうど出社中の私の前を歩き出したのです。

年の頃なら私よりちょっと上くらいかな、私はそれくらいの印象しか持たず、前を歩く彼を追い抜こうと歩く速度を速めようとした時です。

急に、彼が立ち止まって天に向かって手を振ったのです。

「うん？」

横山光輝先生風に彼が手の振る方を見ると、なんと彼が出てきたアパートの５階のベランダから、年の頃なら私と同じくらいの美しい女性が手を振りかえしているではないですか。

ほぉ。麗しい兄妹愛だなあ……出社する兄をベランダから出てまでお見送りするとは……いやいや、現実逃避はよせ。

私はアパートのさらに上空に視線を向けた。きっとＵＦＯが飛んでるんだ、彼は地球人代表として宇宙人に手を振ってるんだ。そうなるとベランダの女の人はプラズマ以外考えられない。


……くやうらやらしい！！（くやしい＆うらやましい＆やらしいの入り混じった造語）

きっと新婚夫婦なんだろうな！　なんだい、漫画に出てくるようなベタな真似しやがって、べたべたするない！　今、ちょっとうまいこと言ったね。

なんか普通ではお目にかかれないものを見てしまった気がするよ。もし、女の人が赤ちゃんでも抱いていようものなら、私はもう会社を休んだね。

別にまだ結婚なんてしたいとも思わないし相手もいないけど、一家の大黒柱となってる彼の顔はちょっと誇らしげだった。

彼は途中でタクシーを止めると、そのまま走り去ってしまった。

残された私は茫然とし、立ち尽くすのみだった。