小学生の頃にアニメで観てから三国志にハマっているのですが、今日同じく三国志好きな同僚との雑談内ではたとしたことがある。
「今の中国の人も字(あざな)って使うのかなー」と言われたのです。うーむ、そんな事まったく考えなかった。
字というのは諸葛亮なら孔明。劉備だったら玄徳といったものです。諸葛亮孔明の諸葛は姓(苗字みたいなもんんですね)亮が諱(名前みたいなものです)です。
諱で軽々しく人を呼ぶのは中国では失礼にあたるらしく、そのため成人すれば字というのを持って人に呼んでもらうそうです。
だから親しい者どうしが諱を呼び合うのは本当はありえないらしいのですが、横山光輝の三国志では普通に「劉備殿、劉備殿」と呼ばれていますね。
んで、結局今の中国の人たちも字を持ってるんでしょうかね。そこんところ気になるなあ。もし字の制度が今も残っているならカッコいいのをつけたいですよね。
「今の中国の人も字(あざな)って使うのかなー」と言われたのです。うーむ、そんな事まったく考えなかった。
字というのは諸葛亮なら孔明。劉備だったら玄徳といったものです。諸葛亮孔明の諸葛は姓(苗字みたいなもんんですね)亮が諱(名前みたいなものです)です。
諱で軽々しく人を呼ぶのは中国では失礼にあたるらしく、そのため成人すれば字というのを持って人に呼んでもらうそうです。
だから親しい者どうしが諱を呼び合うのは本当はありえないらしいのですが、横山光輝の三国志では普通に「劉備殿、劉備殿」と呼ばれていますね。
んで、結局今の中国の人たちも字を持ってるんでしょうかね。そこんところ気になるなあ。もし字の制度が今も残っているならカッコいいのをつけたいですよね。