はあどぼいるど・えっぐ

世の事どもをはあどぼいるどに綴る日記

刺青(タトゥー)白書

2007-10-17 15:41:34 | 小説
 たまに同窓会に出ると唖然とする。あれほど美しかった彼女が完全メタボになっていたり、泣き虫の彼がすらりと長身の好男子になっていたり。驚天動地のポジション変化に戸惑いながら呑む酒は格別だ。恥ずかしい思い出も苦い過去もアテにして、五臓六腑に染み渡るアルコールには年月の深みが宿る。

「刺青(タトゥー)白書」樋口有介

 趣味は古書店巡りと、健脚を生かしたウォーキング。特技(?)はすぐ自分の世界に没頭し、周りがまったく見えなくなること。ちょっと変わった女子大生・三浦鈴女は、ある日、街中で中学時代の同級生・伊東牧歩と左近万作に再会した。テレビ局に内定が決まり見た目にも自信が現れている牧歩や、故障により挫折したかつての天才野球少年にして鈴女の憧れの男・万作の成長ぶりに困惑し、あらためて自分の子供っぽさにへこたれる鈴女。
 しかし偶然の邂逅は惨劇への序曲に過ぎなかった。翌日には牧歩が溺死。ほぼ同時期に、やはりかつての同級生・現役アイドル神崎あやが自宅マンションで惨殺される。事件の調査に乗り出した鈴女の前に立ちはだかるのは、10年という時の重み。自分の世界に入り込み、関わりあいにならなかったゆえに知らなかった同級生たちの過去。死者に共通する右肩の刺青痕。彼女たちが消したかったもの。捜査に協力してくれる万作との触れ合いや、怪しい探偵・柚木草平との共同戦線の中、彼女が見出す無情な真実とは……。
 柚木草平シリーズ番外編。鈴女と柚木の二つの視点から描かれているため、シリーズのファンが知りたかった柚木の外見などにも触れられている。
「脂っけのない長髪を無造作にかきあげ、黒いTシャツに綿ジャケット、歳は四十前らしいがヤクザっぽい雰囲気のなかにへんな色気が感じられる」柚木は、得意のトークで美女をたらしこんで情報を入手し、用が済んだら別れ方を考えるという相変わらずの悪魔ぶり。
 対する鈴女の純情ぶりが微笑ましい。憧れだった万作とのぎこちない会話。彼の一挙手一投足に怒ったり照れたりするズレてないキャラは、柚木草平シリーズにはなかったもの(どんなシリーズなのか)。
 作者があとがきで自画自賛しているほどの完成度ではないものの、過ぎ去った過去に対するオマージュとシニカルな視点はいかにも樋口有介。同窓会に参加する前に、不便だった90年代や自身の学生時代を振り返りながら読むと、より一層お酒がうまくなることうけ合いの、お奨めの一冊なのだ。