はあどぼいるど・えっぐ

世の事どもをはあどぼいるどに綴る日記

誰もわたしを倒せない

2007-11-17 22:30:05 | 小説
誰もわたしを倒せない (創元推理文庫)
伯方 雪日
東京創元社

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「プロレスってショーでしょ?」
 そういわれるとムカつく。
「なんでロープに振ったら跳ね返ってくるの?」
 とか、
「16文キックって(笑)」
 などもっての他。全力でプロレスの面白さをアピールするものの、伝わったためしは一度もない。徒労と屈辱のみが残る。
 だけど信じている。かつて夢を見させてくれた人たちの、不屈の闘争本能。彼らの立ち上がる姿を思い出せるかぎり、俺はプロレスを愛し続ける。 

「誰もわたしを倒せない」伯方雪日

 凍てつくような寒い日、警視庁5方面富坂署刑事課の刑事・三瓶はその男と出会った。後楽園ゆうえんちのゴミ捨て場に遺棄された身元不明の死体は、筋肉質の素晴らしい肉体をしていた。ナイフ状の刃物で左胸を一突きされたのが直接の死因だが、他にも襟足から後頭部にかけての髪が切り取られるという不思議な痕跡が残されていた。
 格闘技マニアの新米・城島の指摘で被害者の身元が新東京革命プロレスのマスクマン・カタナと判明。勢い込んで本社ビルに乗り込んだ二人だが、社長の寿には軽くあしらわれ、部下の犬飼には催眠術のような人心掌握術で翻弄される。孤児院出身というところまでは掴んだものの、素顔に迫れば迫るほどカタナという人物の謎は深まる一方で……。
 
 かつて、プロレスラーこそ地上最強だった時代があった。鋼のような肉体とど派手なパフォーマンスに子供たちが熱く酔いしれた時代があった。金的・目潰し・急所攻撃以外はなんでもありのヴァーリ・トゥードがこの世に姿を現すまで、それは続いた。
 ショーに偏向し、アングラなコミュニティのひとつに成り下がった今のプロレスに忸怩たる思いがある人は多い。この作者もその一人。プロレス黄金時代からヴァーリ・トゥードの黎明、過渡期を経て現在に至る流れを描ききった。城島や犬飼その他のレスラーたちの視点から、アングルとシュートの違いというタブーにも触れた。
 ミステリ短編集という形式だが、ミステリ要素はそれほど濃くない。密室殺人もアリバイ崩しもあっさりたんぱく。だがそこに「妄執」、「覆面」、「プロレス業界の常識」などのエッセンスを加えることによって、独特の風味を出すことに成功している。プロレスの栄光と落日。血と汗と欲得にまみれた歴史。行間に滲み出すスープの量は読者によって違う。プロレスに割いた時間の多い人ほど、この本は味わい深いものになるはずだ。

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