はあどぼいるど・えっぐ

世の事どもをはあどぼいるどに綴る日記

深夜特急(1)香港・マカオ

2009-12-01 08:08:04 | 小説
深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)
沢木 耕太郎
新潮社

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 人のためにもならず、学問の進歩に役立つわけでもなく、真実をきわめることもなく、記録を作るためのものでもなく、血湧き肉踊る冒険大活劇でもなく、まるで何の意味もなく、誰にでも可能で、しかし、およそ酔狂な奴でなくてはしそうにないことを、やりたかったのだ。

「深夜特急(1)香港・マカオ」沢木耕太郎

 と、作家・沢木耕太郎は文中で語る。
 インドのデリーからイギリスのロンドンまで、乗り合いバスで行く。26歳という年齢のいい大人が、仕事をすべて投げ出して旅に出るには、いささか幼稚な動機だ。酔狂で、破滅的だ。だけど、だからこそひかれるものがある。時間に自由のきく学生がやるそれとは根本的に異なる怪しげな魅力がある。
 その正体は、一言でいうなら「逃避」だろう。目の前の現実から、己を縛るあらゆる鎖から解き放たれて自由になりたい。誰にでも等しくあり、そしてほとんどの人が引っかからない人生の落とし穴に、青年沢木はたやすくひっかかった。でも、墜ちるだけでなく、彼は浮上してきた。堕落の底にあるものを描くことで、確個たる自分を表現した。なんとうらやましい!
 そんな沢木の旅は、当然のごとく普通じゃない。観光地を巡らず、図書館や市場に入り浸る。急いで先を目指したりせず、連れ込み宿に長期滞在したり、サイコロ博打で身を持ち崩しかけたりする。どんな観光ガイドにも載っていない、気ままな一人旅を全力で満喫している。
 忙しい現実の生活の中で僕らが失った、朝起きて「今日は何をするか」。気まま思いつくままな過ごし方。幼き日に味わっていたあの甘露を思い出させられて、なんだかとても、切なくなったのだ。