あなたのための物語 (ハヤカワSFシリーズ・Jコレクション)長谷 敏司早川書房このアイテムの詳細を見る |
サマンサ・ウォーカーがひとり、病気療養中の自宅でこの世を去ったのは、三十五歳の誕生日まぢかの寒い朝だった。それが、彼女という物語の結末だった。
「あなたのための物語」長谷敏司
西暦2084年。脳神経と電動義肢を接続する目的から開発された神経系の技術・NIP(Neuron Interface Protocol)の開発者の1人、サマンサ・ウォーカーは、共同経営者と共に立ち上げたニューロロジカル社を巨大企業にのし上げ、さらなる新技術の研究に勤しみ、寝る間も惜しんで働いていた。新技術の名はITP(Image Transfer Protocol)。簡単にいうとNIPの技術ハイブリッドで、脳内に擬似神経を形成させることで、経験や感情を直接伝達することを可能にする技術だ。
ITPが創造性をも兼ね備えることを実証するテストケースとして、仮想人格<wanna be>に小説執筆をさせている。古今東西のあらゆるテキストデータを読み込ませたものの、しかし<wanna be>には人間が書くようにはうまく書けない。何作書かせてもどうしてか平板になってしまい難航する。
一方、自らの脳内にITPを移植したサマンサは、その検査で余命半年であることを知らされる。すかさず会社が送り込んできたケイトに研究スタッフを奪い取られ、追いやられたサマンサは、残り少ない人生のすべてを賭けて、独力でITPの商品化の道を模索するのだが……。
大企業を興したオレゴンの農家の娘が、病によってすべてを失う。仲間の信頼も、両親との最後のひと時も、最低限の尊厳すらも剥ぎ取られ、当たり前のように無残に孤独に死んでいく。
そんなの、耐えられない。人間にとっての科学がそうであるように、サマンサは今まですべての納得いかないものに歯向かいながら生きてきた。座して死を待つつもりは毛頭ない。法も倫理の壁も乗り越えて、自らをITP化して、永遠に生きてやる……。
傑作。
壮絶な誓いをしたサマンサの、死去までの半年間。今まで築き上げた人間関係も、企業としてのニューロロジカルの立場も無視して無様にあがく様が醜くて、読みづらい印象を引きずりながら読破したのだが、後半一気の追い上げがあった。ラストまでの一連の流れが面白すぎる。半年間「生と死」を考え続けた彼女が、○○○○と交わす論争。読みづらいと思っていたすべてのシーンのそれぞれが意味を持った瞬間、鳥肌が立った。このラストを読むためだけでも、手に取る価値は十分にある。