アンダースローの投手が投げたスライダーが、鋭角にバッターの足元に突き刺さる。
ブラウン管にぼんやり反射して見えるのは小学生の僕。そして背後に一匹の犬。
痩せこけた雑種だった。ベージュ色の毛皮には汚れが目立つ。子供の浅知恵で足の裏だけは雑巾で拭いたものの、その他の部分が家具に擦れ、こっぴどく叱られることになる。そのことに、当時の俺は気づいていない。
「燃えプロ」をやりながら、首輪のない犬と二人、父の帰りを待っていた。
犬猫が好きだ。
どちらかといえば犬派だが、猫を見ても目尻が下がる。
子供の時分。何度か犬を飼ってもらえるように父と交渉した。猫は祖母が嫌っていたから、犬以外の選択肢はなかった。
だがほとんどの場合、僕の願いは聞き入れられなかった。
「責任とれるのか」という問いに、根拠のない自信をバックに勢いよくうなずくも、まったく信じてもらえなかった。
家の中に連れ込んだ野良犬を出会ったところまで連れて行く時、自分の無力さをひしひしと感じた。どうして信じてくれないのかと、ガンコな父を恨みもした。
だけど父はわかっていたのだ。「責任とれるのか」という言葉の意味を、小さな僕が軽く見ていることを。
先日、8月18日の日経新聞に、衝撃的なエッセイが掲載された。
直木賞受賞作家、坂東眞砂子が日常的に子猫を殺しているというのだ。
その文章を要約すると。
「坂東眞砂子は、三匹飼っている雌猫に子猫が生まれるたびに、家の隣の崖の下の空き地に放り投げている。避妊手術するのは猫の生の充実を阻むからしない。子猫をすべて養う能力はないから社会的責任の為に殺している。動物愛護団体やその他愛猫家連中に糾弾される覚悟はできている」
一瞬、何かの罠かと思った。煽りみたいなものかと。
でも違った。その文章には美しさがなかった。仮にも文壇の頂点に立ったほどの作家が、小僧小娘のような屁理屈を並べ立てて自分の行為を正当化している。ただそれだけ。あまりのことに、怒る気力も気化して失せた。
その時頭をよぎっていたのは父のことだ。父ならばどうするだろう。仮に僕が子猫殺しをしていたとして、しかもまったく悪びれていなかったとしたら。
多分、殴るはずだ。有無をいわさず拳が飛ぶ。
理由なんかどうでもいいのだ。
理屈なんかどうでもいいのだ。
世の中にはしていいことよくないことの二種類のみがあって、猫殺しは後者。シンプルな判決。
そして僕は思い出す。
流星号のこと。
あの日、居間に連れ込んだ一匹の野良犬のこと。
勝手に名前をつけて、勝手に連れて帰って、そして勝手に捨てた犬のこと。
別れる時、どんな目をしていたっけ。殴られた頬をおさえて涙目になりながら、そんなことに思いを馳せる。
ブラウン管にぼんやり反射して見えるのは小学生の僕。そして背後に一匹の犬。
痩せこけた雑種だった。ベージュ色の毛皮には汚れが目立つ。子供の浅知恵で足の裏だけは雑巾で拭いたものの、その他の部分が家具に擦れ、こっぴどく叱られることになる。そのことに、当時の俺は気づいていない。
「燃えプロ」をやりながら、首輪のない犬と二人、父の帰りを待っていた。
犬猫が好きだ。
どちらかといえば犬派だが、猫を見ても目尻が下がる。
子供の時分。何度か犬を飼ってもらえるように父と交渉した。猫は祖母が嫌っていたから、犬以外の選択肢はなかった。
だがほとんどの場合、僕の願いは聞き入れられなかった。
「責任とれるのか」という問いに、根拠のない自信をバックに勢いよくうなずくも、まったく信じてもらえなかった。
家の中に連れ込んだ野良犬を出会ったところまで連れて行く時、自分の無力さをひしひしと感じた。どうして信じてくれないのかと、ガンコな父を恨みもした。
だけど父はわかっていたのだ。「責任とれるのか」という言葉の意味を、小さな僕が軽く見ていることを。
先日、8月18日の日経新聞に、衝撃的なエッセイが掲載された。
直木賞受賞作家、坂東眞砂子が日常的に子猫を殺しているというのだ。
その文章を要約すると。
「坂東眞砂子は、三匹飼っている雌猫に子猫が生まれるたびに、家の隣の崖の下の空き地に放り投げている。避妊手術するのは猫の生の充実を阻むからしない。子猫をすべて養う能力はないから社会的責任の為に殺している。動物愛護団体やその他愛猫家連中に糾弾される覚悟はできている」
一瞬、何かの罠かと思った。煽りみたいなものかと。
でも違った。その文章には美しさがなかった。仮にも文壇の頂点に立ったほどの作家が、小僧小娘のような屁理屈を並べ立てて自分の行為を正当化している。ただそれだけ。あまりのことに、怒る気力も気化して失せた。
その時頭をよぎっていたのは父のことだ。父ならばどうするだろう。仮に僕が子猫殺しをしていたとして、しかもまったく悪びれていなかったとしたら。
多分、殴るはずだ。有無をいわさず拳が飛ぶ。
理由なんかどうでもいいのだ。
理屈なんかどうでもいいのだ。
世の中にはしていいことよくないことの二種類のみがあって、猫殺しは後者。シンプルな判決。
そして僕は思い出す。
流星号のこと。
あの日、居間に連れ込んだ一匹の野良犬のこと。
勝手に名前をつけて、勝手に連れて帰って、そして勝手に捨てた犬のこと。
別れる時、どんな目をしていたっけ。殴られた頬をおさえて涙目になりながら、そんなことに思いを馳せる。