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広く浅く

秋田市を中心に青森県津軽・動植物・旅行記などをご紹介します。

静岡でストリートビュー

2013-04-09 23:45:11 | その他もろもろ
昨年秋頃に秋田市で撮影されていたはずのGoogleのストリートビューは、なかなか公開されない。※ストリートビューについての直近の記事
そんな中、これまでほとんど見られなかった静岡県内のストリートビューが、2月20日から公開されている。
もちろん高解像度の画像で、昨年5月から6月に撮影されている。(ということは秋田の公開はもっと後?)

静岡県内の「市」はほぼ全域で公開されていて、茶畑、ミカン畑や浜名湖、駿河湾など静岡らしい光景が楽しめる。(隣の愛知県は、市部でも未公開の所もある)
日本平から茶畑越しに清水の町と港
茶畑は若々しい緑がきれい。撮影時期的には二番茶の芽だろうか。
三ヶ日みかん(浜松市北区)

大崩海岸(静岡市~焼津市)

静岡市清水区の三保半島でJAしみずのラッピングバスとすれ違う。なぜかタイヤにぼかし入り

ただ、Googleさんにケチをつけて申し訳ないが、もっと配慮というか気を配って撮影・公開してほしかった点もある。
・撮影時期
画像の天候は、薄曇り~曇り。抜けるような青空ではない。
静岡といえば富士山だけど、そんな天候では富士山は雲の中でほとんど写っていない(季節的にも春以降は見えない日が多い)。カンキツ類の花の時期ともずれているようで、葉っぱが茂るだけ。
せっかくなら、冬に撮影してほしかった。太平洋側らしい冬の澄んだ青空に、雪をかぶった富士山や色付いたカンキツ類が映えただろうに。
日本平から。たぶん左奥が富士山のはずだが…

富士市大渕
↑ここは、↓こんなきれいな富士山が見えるのに…
再掲)葉っぱは冬の色ですが
こんな感情は、日本人じゃないGoogleには理解してもらえないのだろうか。

・市だけ?
三島市・沼津市付近の地図
上記の通り「市」部はストリートビューが網羅されている。
上の図のように、三島市や沼津市も青く塗られてストリートビュー対象だが、その間の一帯はストリートビューの空白地帯になっている。三島と沼津の間は、切れ間なく住宅が続いているはずだが、なぜ?
おそらく、間にあるのが長泉町、清水町(静岡市清水区とは別)と「町」だからだと思う。Googleは「町」は軽視してしまうのだろうか。

・忘れてますよ!
静岡市清水区を何気なく見たら、こんなストリートビュー。
なんじゃこりゃ?
真っ黒。
よく見ると、真っ黒の向こうに街並みがかすかに確認できる。
以前の低解像度の画像では、光線状態で真っ白になっていたことがたまにあったが、これは真っ黒。この状態が、直線区間で500メートルほどに渡って続いている。
真っ黒は一様に真っ黒でなく、シワが寄っている。まるで、袋でもかぶせたように。

そういえば、ストリートビューの撮影車を目撃した人から、「車の屋根のカメラ部分に黒い布状のものをかけた状態で走っていた」という話を聞いたことがあった。撮影しない時は、そうするのかと思っていた。
それを踏まえれば、この真っ黒な画像は、袋を外すのを忘れて撮影走行して、それが公開されてしまったのではないだろうか。
現地での出発前やアップ前に、チェックはしないのだろうか。Googleさん、しっかりしてくださいよ!

カーブミラーに撮影車が写り込んでいた

※ストリートビューに関する次の記事
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バス関係の話題

2013-04-08 22:39:45 | 秋田のいろいろ
バス関連の話をいくつか。
●南大通り経由
4月から、なぜか北都銀行前を通らない南大通り経由に変わった、牛島経由日赤病院線。
駅発城南中学校経由日赤病院行きの正面の表示
系統番号は「561」だから以前の北都銀行前経由と変わっていない。もう一方の牛島小学校経由は「560」のままだろう。
このことからも「以前の経路を“廃止”した上で、南大通り経由を“新設”した」のではなく、単純に「経路を“変更”した」ことになる(どうでもいいことだけど)。

見づらいですが、下り561系統の側面
「中通病院」と「日赤病院」と、大きな病院が2つ出てくるのが特徴的。

後部は見忘れました。
正面も側面も「有楽町」を入れてもいいのではないだろうか。特に正面はスペースに余白があるし。

上りの秋田駅行きの正面表示は下りと同じレイアウトで、「城南中学校/牛島小学校」が小さい文字で、「南大通り・秋田駅西口」が大きな文字で表示される。【5月10日追記】後部は「南大通り・秋田駅西口」。

【5月3日追記】広小路/中央通り経由の各路線では、有楽町の車内放送で「中通総合病院、中通リハビリテーション病院、中通歯科診療所へおいでの方はこちらからどうぞ」とかいう広告(3つを経営する社会医療法人明和会による)が流れている。
有楽町よりも病院に近いバス停ができた南大通り経由では、この放送はどうなっただろうか。


●循環バスデザイン募集
以前から話はあった、秋田市中心市街地循環バスの車体デザインの募集が行われている。
秋田市内に居住また通勤・通学する、個人またはグループを対象に4月いっぱい募集し、「学識経験者、市職員等で構成する審査会で」「優秀作品4点を選定し、その中から2点を採用」。
同時に、循環バスの愛称も公募(こちらは個人のみ対象)される。

車体デザインの公募といえば、2011年に同じく秋田市が行なって現在も走っている秋田市らしいデザインのラッピングバスがある。それは、側面片面だけのデザインで、色数などの制限もなかったはず。
今回は両側面・前面・後部のすべてを募集し、使える色は3色に限られている。募集要項には書かれていないが、4月4日付秋田魁新報 秋田市地域面では「文字やイラストは不可」とある。
テーマは「既存バスとはっきり区別でき、親しみの持てるもの。」。「中心市街地の景観と違和感がない」という条件や「シンプルなデザインにしてください」という注記もある。

2011年のデザイン公募では、タイヤやウインカーなどを無視した応募用紙で募集してしまったため、採用作品でもデザインの肝心な部分が隠れて(カットされて)しまったものもあった。
(再掲)配慮が足りず、せっかくのデザインが切れている
その反省を踏まえたのか、今回は「(タイヤや灯火類で)デザインの一部が切り取られる事を考慮してください」との注意書きが添えられた。応募用紙も、実写の写真の塗装部分を白く塗りつぶしたもので、これなら寸詰まりの独特の車両でもサイズ感がつかめて、応募者がデザインしやすいだろう。
また、2011年のラッピングは、中ドアの下半分にも施されたが、今回の車両の中ドアは全面がガラスのため、ラッピングしない。

応募用紙がそういうものだということは、現在使われている「834」「835」の2台の寸詰まりエルガミオに採用作品をラッピングして引き続き使うのだろう。ただし「バスの車種(大きさ)等が変更になる場合がある」との注記もある。
中心市街地循環バスは、予備を含めると、どうしても3台は車両が必要。現在はそのために小型のリエッセ「129」も入っているわけだが、これはどうなるんだろう。緑色のままだろうか。

デザインや愛称の募集が行われたのは、「循環バスが一般路線バスと区別しづらい」「だからはっきりと分かるようにして利用を増やしたい」という意図。それは分かる。
だけど、弘前の循環バスなんか、一般路線バスと同じ塗装だし(昔は子どもが描いたどこか毒々しい塗装の車もあったが…)、「土手町循環100円バス」「城東環状100円バス」というそのまんまの名称。それでも、たくさんの利用者がいる。ほんとうにニーズに応えたものなら、塗装や名前なんてどうでもいいことになる。
(同じ弘前でも、観光路線の「ためのぶ号」は名前が付いているが、利用低迷で後に減便・値上げ・冬期運休というケースもある)

【5月31日追記】デザインと愛称が決定したことが秋田市都市整備部交通政策課(以前の担当だったまちづくり整備室が4月末で廃止されたため)から発表された。
塗装はぞれぞれ大学生5名(【6月1日付魁から追記】秋田公立美大の3年生=短大2年次終了後編入したのだろう)と小学生2名(【6月1日付魁から追記】市立中通小5年生)のグループの作品で、どちらも水色系統。
愛称は小学生(【6月1日付魁から追記】市立明徳小6年生)が応募した「ぐるる」に決まった。
【6月1日追記】デザインは103点、愛称は50点の応募があった。

※続きはこちら


●社長からのエール
秋田魁新報経済面で「エール新社会人ヘ」というのが連載されている。「聞き手」として記者名が出ているので、ひとり語り形式のインタビューのようだ。
5日付に掲載されたその4回目は「渡辺靖彦氏(県商工会議所連合会会長)」。※「辺」は正しくは、中が「口」のほうの難しい字
秋田商工会議所の会頭であり、秋田中央交通の社長でもある。

内容は失敗を恐れずに挑戦しなさいということで、それはあなたに言われなくても、他の誰かが(誰もが)言っている気がするのは、いいとして。
バス会社社長としてではなく、秋田経済界を代表してのインタビューだったのだろうが、以前の朝日新聞秋田版のインタビューと同じく、いろいろと…
抜粋します。
「県経済の活路を見いだすためには、既存の県内企業が力を付けることが鍵となる。」
→そう思うなら、ぜひとも御社にも、もっと力を付けていただきたい。

「(ダーウィンの進化論を引き合いにし)成功する人は、世の中の変化に対応できる人だと思う。」
→成功するバス会社は、町や利用者の変化に対応できるバス会社だと思う。

「秋田の企業にはチャレンジ精神が不足している。」
→その最たるものの1つが、おたくの会社じゃなりでしょうか…
朝日のインタビューで「100円均一のバスを走らせ、活気を取り戻したい。」とおっしゃっていたけれど、結局自力で実現できず、秋田市にやってもらっているじゃない。

「私は大学卒業後、都内のバス会社に2年間勤めた。大過なく過ごしたが、(中略)思い切った挑戦をするべきだったと後悔している。」
→これは別にいいんじゃない。そのお陰で、高速バスを共同運行し、中古車を譲ってもらえているんだから。
むしろ、「都内のバス会社」じゃなく、自分が社長の「県内のバス会社」で「思い切った挑戦をするべき」じゃないの?

「五城目町住、73歳。」
→へー。秋田市内に住んでいるかと思っていた。
中央交通自体は1953年に創業地の南秋田郡五城目町から秋田市に移転しているが、ご本人は引っ越していないのか。
毎日通勤しているんだろうか。それとも秋田市に別宅でもあるのだろうか。

「小田急バス勤務を経て1965年に秋田中央交通入社。」
→上記、2年間の在籍と併せて考えれば、渡辺氏が小田急にいたのは、1963年~1964年頃か。
小田急では、長野電鉄の羽田孜氏と同職していたと聞いていたが、羽田氏が小田急にいたのは1958年~1968年10月だそう(10年もいたのか)。
(信じていなかったわけではないが)お2人の在職期間が重なっているから、ウソではない。
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津軽線で蟹田へ

2013-04-07 20:20:47 | 津軽のいろいろ
30年も秋田県に住んでいるけれど、行ったことがない場所はたくさんある。
4年間しか住んだことがない青森県は、なおさら。特に青森は秋田に比べて、県内の地形、気候、文化の違いが大きく、「青森県」と一言では片付けられない。十和田市に行った時は、それを実感したものだ。

青森県西半分の「津軽」地方だけでも広い。僕は弘前など南側ばかりで、北の方すなわち津軽海峡に突き出た津軽半島には、金木町に行ったくらいで、あとは青函トンネルでの北海道への道中で通過したことしかなかった。
2009年2月に北海道へ行った帰り、乗っていた特急列車が悪天候のため津軽半島の今別町の「津軽今別」駅で運転打ち切り、深夜の猛吹雪の中を代行バスで青森駅まで運んでもらったことがあった。
そんな思い出のある津軽今別駅のある場所は、2つの鉄道駅と道の駅が同居する珍しいもの。さらに、北海道新幹線開通時には、その駅ができることになっていて、現在工事が行われているという。再訪して明るい時によく見たいと思っていた。
工事が進めば姿も変わるだろうから、早いうちに訪れたいと思っていて、思い立って3月末に行くことにした。


まずは、青森駅から津軽線で外ヶ浜町の「蟹田」駅まで。
津軽線は、青森と津軽半島の先のほうの三厩(みんまや)を結ぶ55.8キロの路線。途中の新中小国信号場(蟹田駅の次の中小国駅のさらに先にある)で青函トンネルへ向かう海峡線が分岐している。※「津軽海峡線」というのは、津軽線・海峡線・松前線の青森と函館を結ぶ区間の総称・愛称。
そのため、津軽線は運転上は蟹田駅を境界として、青森-蟹田は電化されて本州と北海道を結ぶ幹線としての役割も担う一方、蟹田-三厩は非電化の完全なローカル線となっている。全線単線。

青森と蟹田の間は、函館へ向かう特急が毎時1本、普通列車は2時間に1本くらい運転されている。
普通列車は、基本的に電車で運行(一部はディーゼルカー)。奥羽本線・羽越本線と同じ、おなじみピンク帯の秋田車両センター所属の701系電車が使われているので、違和感というか“遠くへ来た感”はない。
一部でLED化されている701系の行き先表示だけど、これは幕式の「蟹田」行き
土曜の昼下がりで、部活帰りの高校生や買い物帰りなど地元の人たちが多い。3両編成なので、ゆったり。(津軽線で701系2両編成って見たことがない気がする)
周りの年配の奥様方の会話を聞くと、津軽弁独特のイントネーションは弱い気がした。むしろ、どことなく秋田弁っぽく聞こえたのは、気のせいか、たまたまか。

青森駅を出て奥羽本線と分かれると、青森車両センターに沿って走る。
秋田車両センターよりも広く、首都圏から“疎開”してきたスーパーひたちや普通列車(211系)、4両編成に減らされた際に抜かれた「つがる」用の中間の2両などが、色あせたり汚れたりして留置されていた。

やがて十和田観光電鉄のバスの車庫(青森総合営業所)が見えた。4年前の津軽今別駅からの代行バスは、ここから迎えに来てくれたはず。
最初の停車駅で、名前は聞いたことがあった「油川」からは、国道280号線とほぼ並行して海に近いところを進む。しかし、車窓から海は見えない。反対側は、田んぼや平原の向こうに、新幹線の高架ができていた。

青森から蟹田までは27.0キロ。乗った列車は40分で走るが、もっと時間がかかる列車もある。だいたい同じ距離の秋田-八郎潟は30分ほどだから、津軽線はだいぶ遅い。
この区間の津軽線は、最高運転速度が100km/hと聞いていた。701系電車ならびゅんびゅん飛ばすかと思っていたが、ちんたら走る(70km/hくらい?)ほうが多かった。特急列車や貨物列車もあり、単線の宿命でダイヤ上こうなってしまうのだろう。

途中駅で、上り貨物列車とすれ違った。窓の外に停まっていたコンテナを見ると、
「富士 訓子府 富士中央青果 委託 玉葱」
昔(わりと最近まで)は、貨物列車には、行き先や中身を記した紙が付けられていた。コンテナ貨物では「コンテナ荷票」と呼ぶそうだ。IT化で役目を終えたのだろうが、この時すれ違った貨物列車には、珍しく荷票があった。
北見の近くの訓子府(くんねっぷ)から積み込んだタマネギを、静岡県富士市まで運んでいるようだ。隣のコンテナには「芋」とあった。
日本の物流、日本人の生活を支えているのが、貨物列車であり津軽海峡線である。

途中駅の数は9つと、わりと多い(秋田-八郎潟は6駅)。車内のお客は1駅ごとに減っていき、乗ってくる人は少ないが、蟹田まで乗り通す人も少なくない。
青森市と外ヶ浜町の間には「蓬田村(よもぎたむら)」がある。そういう自治体があるのは知っていたが、ここにあるとは、恥ずかしながら知らなかった。
蓬田駅。津軽線は全駅が同じ絵入りの駅名標だった
蓬田駅の駅舎(待合室)の壁に、何かの顔が出ている。
赤い顔でチョンマゲ?
調べたら、蓬田村のマスコット「ヨモット君」とのこと。村のホームページのアイコンや広報紙には、ヨモット君がたくさん出没しているし、新しい村営住宅を「ヨモット団地」にしようという話も出ているらしく、地元では親しまれているようだ。
でも、名前の由来やどうして赤い顔のこのデザインなのかは、公式には分からない。
どうも、トマトの「桃太郎」が村の特産らしく、それをモチーフにしているらしい。「ヨモギタ」の「トマト」で「ヨモット」なんだろう。

蓬田辺りから、車窓に海が見えてきた。晴天ではなかったが、少し見下ろす感じでいい眺め。
海の向こうに山影が見える
おそらく夏泊半島(青森市の東側)や下北半島のむつ市脇野沢辺りが見えるのだろうか。
広く見える海だけど太平洋や日本海ではなく、津軽海峡の陸奥湾の一部で、全部青森県内ということになる。男鹿半島1つしか半島がない秋田県と違い、青森県の広大さを感じる。
さらに海が近づく(帰りに撮影)
ぐっと海に近づき、ちょっと内陸に戻って、終点蟹田到着。
蟹田駅。ホームは3本。奥が三厩・北海道方面
秋田車両センターの701系電車にとっては、ここが訪れる最北端の駅ということになる。
 
2・3番線には木製の看板があり、「北緯41度 ニューヨーク・ローマと結ぶ町」「蟹田ってのは風の町だね 太宰治『津軽』より」とある。1988年の青函トンネル開通時に設置されたようだ。
1番線には「津軽海峡線のオアシス」

三厩から先の列車は、20分ほどの待ち時間。同じく乗り継ぐ人もちらほら。まだ列車が入っていないし、せっかく来たので改札を出てみた。蟹田駅はJR東日本の社員が配置されていて、新幹線乗り継ぎの運賃・料金表もあり、東京までは17190円(はやて利用)とのこと。秋田-東京は16810円だから、さほど高くない。
蟹田駅舎。外壁などが2009年にリニューアルされたそうだ

ライオンズクラブの「愛の燈台」

蟹田駅前の景色
駅前のまっすぐの道を進むと、すぐ国道280号線にぶつかる。その国道沿いの家並みの裏は海。海辺の町らしいロケーション。
手前の右側に新しそうな建物が2つある。いちばん手前が「蟹田駅前広場休憩所」、その奥が「特産施設 蟹田駅前市場 ウェル蟹」。
国道に出てすぐにデイリーヤマザキや郵便局がある。町役場、病院、脇野沢へのフェリー乗り場などは、国道に出て左に進んだ一帯にあるようだ。
ウェル蟹。帆立のおつまみなどちょっとしたお土産、生鮮食品などがあった
帰ってきてから、「トゲクリガニ」が蟹田駅の“駅長”だったことを思い出した。駅ではなく、駅前広場休憩所のほうで飼われていたらしいが、この翌日の3月31日で“引退”して海に戻ったのだそうだ。現在は、キャラクターの人形「津軽蟹夫」が駅長を引き継いでいる。(「津軽蟹夫」という名前は、先代から使われている。)

国道を横断して(と言っても片側1車線で交通量はかなり少ない)、海のほうまで行ってみた。
堤防や雪で、浜辺へ下りるのは難しそう
時間がないので、駅へ戻る。
句碑と地図
句碑には「はじまりは風がめくった一ページ 泰子」とある。「第10回風のまち川柳大賞」になった下関の人の作。
後ろの「ようこそ外ヶ浜町」の地図を見ると、オレンジ色に塗られた外ヶ浜町は飛び地になっている。外ヶ浜町は2005年に合併で誕生した町で、旧蟹田町、平舘(たいらだて)村、三厩村からなり、蟹田・平舘と三厩との間に今別町(これから向かう場所が今別町)が挟まっている。

ほんのちょっとだけの滞在の蟹田は、たしかに風は吹いていたけど、秋田市も「風の町」だから、同じくらいかな。
それにしても、初めての場所とはいえ、なじみのある青森県内で、県庁所在地の青森市から30キロも離れていない町なのに、だいぶ遠くへ来てしまったような気持ちになってしまった。これから先は、もっとそんな“最果て感”にさいなまれることになるのですが、続きます
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3月末の弘前

2013-04-04 22:15:54 | 津軽のいろいろ
先週末の青森訪問記を始めます。今回行ったのは青森市周辺中心だったので、弘前は駅周辺を一瞬しか見られなかったですが、まずはその模様をまとめて。

雪が多かった今年だけど、秋田市、青森市、弘前市とも路面や町中の雪はすっかり消えている。アメダスのデータ上は、秋田市はとっくにゼロ、青森市は今日やっとゼロになり、弘前市はまだ9センチを観測している。【5日追記】弘前市も5日17時に積雪がゼロとなった。
日陰に残る積み上げられた雪は、弘前よりも青森市がいちばん多いような印象がした(後日別記事にて)けど、弘前でもとても多く雪が残る所があった。

弘前駅のホームから、駅の東側を見ると、
駅舎2階から。駐車場の向こうに巨大な雪山
弘前駅の東(城東口)側は、秋田駅東口と同じく、住宅地に駐車場や空き地が混在しているが、その一角に雪が積み上げられ、黒く汚れていた。
近くまで行ってみると、普段は公共の広場のような場所のようだ。
あずまやや街灯よりも高い
新幹線から乗り換えて弘前に降りたのだろうか、小学生くらいの子どもだけのグループの1人が「弘前に着いたけど、すごく雪が多いよ」と、たぶん自宅に電話していた。雪のない土地の人がこの雪山を目にすればそう言いたくなるのも分かるが、あの大雪を思えば、むしろよくここまで減り、ここだけこんなに残ったものだ。
※この後、5月でも残っていることがストリートビューで確認できる。


弘前駅城東口のバス乗り場に、若者を中心とした行列ができていた。彼らが乗るのは、
城東環状100円バス(以前の記事
さくら野(旧・弘前ビブレ)へ行くのだろうが、秋田市中心市街地循環バスとは正反対の乗車率と客層。


西側の中央口へ回る。
先日の記事の通り、4月から土手町循環100円バスのルートやバス停が一部変わった。この日は、旧ルート最終日の3月31日。
まず、廃止になる「駅通り」停留所。土手町循環専用の停留所で、一般路線や「ためのぶ号」は通過。
イトーヨーカドー北西角から西を望む。奥の白いのがみちのく銀行弘前営業部
矢印が「駅通り」バス停。交差点から100メートルほどしか離れていない。もう少し距離があると思っていた。
バス停の前には建物があるものの、封鎖されている。
「サンワボウル」という色あせたサインが残っている
ここはかつてボウリング場があり、1階は「マルサン」というスーパーだった。
僕が弘前にいた頃(少なくとも1996年春)にはマルサンはまだ営業していて、中に入ったことがあった。
マルサンといえば、秋田市の広小路沿い、今のドーミーインがある所に同名のスーパーがあった。それとロゴマークが同じだったので、チェーンだったのだろうか。店内の雰囲気も似ていたと思う。弘前市内には、他にも小さな(平屋で食品中心の)マルサンがあったが、今はみんななくなった。
バス停の表示
今となってはあまり意味がなさそうなバス停だが、1998年の土手町循環バス運行開始当時はまだマルサンがあり、その買い物客の便を図って、「駅通り」バス停を置いたのかもしれない。(推測です。弘前のマルサンの経営企業や秋田のマルサンとの関係、閉店時期等についてご存知でしたらお知らせください)

ちょうど循環バスがやって来た。バス停近くにいては迷惑になるので、ポールから離れた。バスを待つ人もいないし、下車する人もまずいないはずだから、バスは素通りすると思っていると、
なぜかポールのところで停車
ドアを開けずにしばらく停車し、発車して行った。時間調整なら次のターミナルで行うはずだけど。おかげさまで、貴重な写真は撮れました。

駅通りの次は、運行上終点の弘前バスターミナル。
ターミナルは、イトーヨーカドー1階の南側部分。循環バスはヨーカドー北西角の交差点を右折して並木通りに入り、すぐ次の信号を左折してターミナルへ入る。この区間を走行するのも、3月限りのはず。
並木通りへ曲がる交差点には右折レーンがあるため、駅通りバス停を通過してすぐに車線変更しないといけないし、右折車が多いので、信号待ちに時間がかかることもある。これも駅通りバス停廃止の理由かもしれない。
駅通り発車と同時に車線変更
ドコモとソフトバンクの店が隣り合っているのね。
右折待ち

並木通りからターミナルへ曲がる循環バス


もう1点。ビルの名前がジョッパルから「ヒロロ」に変わるのに先立って、「ジョッパル前」停留所が「大町一丁目」に改称される。
これも循環バス専用停留所
ポールの表示板の片面は「ジョッパル前」ではなく、
以前の「ダイエー弘前」になっていた!
大雪などで「ジョッパル前」が剥がれてしまったようだ。前日なのに表示が変わっていないということは、当日に書き換えるのだろう(秋田では事前に変えてしまい、上から紙を貼る)。
ダイエー弘前→ジョッパル前→大町一丁目と土手町循環バスの中では、最も変遷が多い停留所ではないだろうか。
そういえば、秋田はダイエー前→秋田ニューシティ前→大町通りという変遷。どことなく似ている。
※その後のさらなる変化はこの記事後半


バスについてはこのくらいにして、そのジョッパルからヒロロへと変わる、ビル自体。並木通りに面した南西面は、足場やシートで覆われていた。
屋上の看板はJoppaLのまま
2009年の経営破綻後も、外周のテナントの看板類はずっと営業当時のままで残され、まるで夜逃げしたように見えていたのも、
やっと撤去された

これは以前(ダイエー当時)の外壁の色が見えている?

搬入口の看板。これはダイエーのものに「JoppaL」を貼っていたようだ

再掲)現在は解体された十和田市のダイエーとうてつ駅ビル店の表示

工事看板は搬入口側にあった



イトーヨーカドー北西角の交差点に戻ります。
ヨーカドーを背に北方向
ここは丁字路で並木通りの末端になっている。現在、交差点北側一帯で区画整理が行われていて、将来は並木通りが北へ延びて十字路になるようだ。
スーパードラッグアサヒの1軒置いて隣から、いくつかの建物が解体されていた。
ここが道路になる模様
※ここは2017年夏にはこうなった


※当記事各項目のその後の模様は、この記事にて
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セブン開店とnanaco

2013-04-03 22:39:51 | 秋田のいろいろ
3月28日に秋田市に初めて開店したセブン-イレブン。※前回の記事
休日早朝のセブンイレブン通町店。魁の剣道大会に来た高校生がご来店
新しもの好きの秋田県民らしく、連日・終日多くの客が詰めかけている。昼間は駐車場もいつもほぼ満車で、しばらくは整理の警備員が各店に2名配置された。(今週はいないようだ)
やっぱりだいぶ引っ込んだ位置に店がある。さすがに早朝だから車は1台だけ
個人的には、店内も店員もてんやわんやだろうからまだ行きたくなく、落ち着いていから行きたかったけれど、ポスティングされたチラシ持参でもらえるチーズ入りハンバーグ(開店から3日間)とnanacoポイントプレゼントキャンペーン(同1週間)を目当てに、開店間もないセブンイレブンへ行くことにした。
多少は空いた時間帯かと思って、開店2日目の21時頃に秋田通町店へ行った。

入口のドアは、押ボタン式の自動ドア。二重ではない(=風除室はない)。
お年寄りのご夫婦、家族連れ、飲み会帰りみたいな人までいて、3つのレジがほぼフル稼働。駐車場もほぼ満杯(警備員は21時で帰った?)。予想以上の混雑。
店内は思ったほど広くはなく(人が多かったからそう感じたのかもしれません)、ざっと見てセブンプレミアム商品とデザート類に場所が多く取られていた印象。一部のデザートやパンは大量陳列・山積みになっていた。
セブンプレミアム商品だが、イトーヨーカドーやザ・ガーデン自由が丘でおなじみの、牛乳やヨーグルトはあるはずと思っていた。たしかに、1リットル紙パックの成分調整牛乳「軽やか仕立て」はあったが、450gの「北海道ヨーグルト」はなかったのが意外。(450gはブルガリアヨーグルトがあった)
手軽な価格のセブンプレミアムのヨーグルトがセブンイレブンで購入できるようになると便利だと思っていたのだが、引き続き駅前のガーデンまで行かないといけないのか。【5日追記】5日頃には「北海道ヨーグルト」が置いてあったとのこと。


まずはnanacoを作らないと。
開店から数日間の昼間は、ドアの外に特設カウンターを置いて(雨が降ると店内に入っていた)、白と黄色のnanacoジャンパーを着た専任スタッフが1~2人いて、nanacoの勧誘に励んでいた。(こちらも今週はいなくなった模様)

夜は勧誘スタッフはおらず、自由に記入できる申込書も出ていなかった。レジの横に厚紙のカードが置いてあり、「nanaco購入の方はこのカードをレジへ」という仕組みになっていたので、購入するパンといっしょにレジへ。
アルバイトっぽい店員さんは、nanaco発行には不慣れ。開店直後だし、昼間は専任者がいたわけだから無理もない。他の店員2人ほどを巻き込んでバタバタして、申込書が出てきたので記入。(WAONやSuicaとは違い、nanacoは必ず個人情報を登録しないとカードを入手できない)

次は、僕に渡すnanacoのカードを探すのにちょっとバタバタ。店員さんどうしの会話で「普通のnanacoしかない」という会話が聞こえた。
「じゃあ普通じゃないnanacoってあるの?」と思ったのだが、後で意味が分かります。

nanacoの使用方法やポイントプレゼントについての説明はなし。
レジが混雑気味だったこともあるし、店員さんもまだそこまで教育は受けていなさそうだったし、僕は説明を聞かなくても分かる(分かっていたつもりだった)から、それはそれでいいですが。
nanacoと通町店のレシート
さっそくチャージして、パンを買ってnanacoを初使用。
チーズ入りハンバーグももらいました

購入したのは、秋田市進出記念商品の1つで山積みになっていた「コーヒーホイップパン」。たけやのパンをパクっモチーフにした、コーヒークリーム入りのコッペパン。
115円から開店記念で30円引き
宮城県名取市のフジフーズ(セブンイレブンの惣菜類を製造する企業)製。
思っていたより大きくてボリュームがある。クリームはわりとこってり。(たけやのコーヒーパンを食べたことがないので比較はできません)


この翌日、通町店の専任スタッフからnanacoを作った人がいた。
そのカードは、
大曲の花火に「あきたびじょん/あんべいいな秋田県」
ご当地WAONと同じような、“ご当地nanaco”があったのか!
僕が作った時に店の人たちが会話していた「普通のnanaco」じゃないヤツはこれのことだったようだ。

nanacoのカードには、裏面に識別番号などのほかに「製造年月」も記載されている。僕の普通のnanacoは「2012.01」、見せてもらった秋田版nanacoは「2011.10」。どちらも1年以上前。
最初は無地のカードを作ってその時点が製造年月となり、図柄は後から印刷するのかもしれない。


さて、問題は、nanaco発行手数料の還元キャンペーン。
開店から1週間以内にnanacoを作れば、ポイントをプレゼントしてくれる(入会特典)のだが、同じ店から同時に「200ポイントプレゼント」と「300ポイントプレゼント」両方のチラシが折り込まれ、不安だった。300ポイントなら実質手数料無料になるけど、200ポイントなら100円は自腹を切ることになるのだから。

どちらのチラシにも、入会特典ポイントは「入会日3日後の午前6時以降、セブン-イレブン店頭にてチャージまたは残高照会すると加算されます。」とあった。(実際には、店頭でなくセブン銀行ATMでチャージや照会をしても大丈夫らしい。=記事末尾4月6日の追記参照)
さらに、インターネットで、ポイントが付与されたこととそのポイント数は確認できることが分かった。(「センターお預かり」という、まだ使えないポイント扱い)
4月2日にネットで確認すると、たしかにセンターお預かりが4月1日付である。
でも、
「200P」?!
えーっ! 200ポイントだったの?! たかが100円相当だけど、されど100円相当。
専任スタッフじゃなくレジで作ったからか? ご当地でない普通のnanacoだったからか? 気になるので、問い合わせよう。

問い合わせ先はセブンイレブンにするべきか、nanacoの窓口にするか迷ったが、カード裏面に記載されていたnanacoのほうに電話。
「新規開店したセブンイレブンで作ったnanacoに、200ポイントしか付いてない。300ポイントじゃないの? チラシは200と300両方が来たけど…」と言うと、作った店舗名と日付を聞かれた。
すると、コールセンターで各店舗のキャンペーン実施状況が分かるらしく、「こちらの情報では300ポイントをプレゼントすることになっております(=200ポイントという話は来ていないというニュアンス)」と即答。
お! ということは、やっぱり300ポイントもらえるの?

カード番号を聞かれ、確認して別の所から折り返し電話するとのこと。5分も経たずに着信。
それによれば「300ポイントが正当。システムエラーで200ポイントしか付与できず、今日、残り100ポイントを追加している。ネットでそれが確認できるのは、翌日以降になるので、よろしく」とのこと。
思ったよりあっさり解決。よかった。

今日、確認すると、
2日付で100ポイントが追加されていた!
1日の200ポイントが「セブン-イレブン_特定店舗入会キャンペーン」、2日の100ポイントが単に「セブン-イレブン」という名目。
ちなみに、上記の1日遅れで作った秋田版nanacoでも、同様に200と100に分けて付与されていた。付与日時・時刻はどちらも2日5時00分だが、100→200の順で逆になっていた。

秋田市の5店舗でnanacoを作った人がどのくらいいたのか分からないが、ケチで心配性な者としては、戸惑った。この原因は、
・同じ店舗から「200ポイント還元」と「300ポイント還元」のチラシが配られた
・ポイント付与時のシステムエラー(というかミス?)があった
この2点に尽きる。これはセブン-イレブンさんには今後は注意していただかないといけない。
あと、開店直後の混乱時にキャンペーンを行うこと自体、いいことではないようにも思う。
イトーヨーカドーの「8の付く日は(1000円チャージすれば)無料で発行」のような恒常的なキャンペーンをやったり、開店前の見学会で申し込みを受け付けるようなことをするといいかもしれない。というのは素人の勝手な要望でしょうけど。


駅前のフォンテAKITA地階のザ・ガーデン自由が丘に行ったら、こんなチラシが置いてあった。
「セブンイレブン秋田市5店舗オープン記念 nanacoカードご入会キャンペーン」
セブンイレブン進出に協賛して、西武秋田店でも、nanaco作成で300ポイントプレゼントキャンペーンをやっていたのだった。
西武の地階と3階の窓口において、3月28日から4月3日までの先着200名が対象で、ポイントは4月15日に付与するという。
発行されるのはご当地nanacoのようで「秋田県オリジナルnanacoカード」となっている。

秋田駅自由通路の旗はE6系から、
「セブンイレブン出店」と「nanacoは西武で使えます」に


週末に青森へ行ったので、イトーヨーカドー弘前店でnanacoを使った。SuicaやWAONのカードリーダーはほぼ水平(ただし押さえていないと滑り落ちる。イオン土崎港店では滑り止めを貼っている)だけど、nanacoのはほぼ垂直に設置されているのか。(セブンイレブンのもほぼ垂直だった)
フォンテAKITAのザ・ガーデン自由が丘でも使った。こちらは純正ではなくPanasonic製の汎用のリーダーの水平置き。レジと連動しておらず、別に金額を入力し、別のレシートが出てくる方式(生鮮市場のSuicaやいとくのクレジットカードと同じ)。ガーデンの開店当初は、一部のレジでしかnanaco決済ができなかったが、今は全部のレジで対応しているようだ。

レシートは、ヨーカドーでは、イオンでWAONを使った時のようにポイント数まで表示されるが、ガーデンでは表示されない。
ネットで履歴を表示
ネットの使用履歴の「場所」欄にはセブンイレブンの店舗名は表示されず、イトーヨーカドーは店名まで表示。ガーデンは「nanaco加盟店」と表示。しかもポイントが加算されていない!

公式には、ザ・ガーデン自由が丘でnanacoポイントが付与されることは示されていないようだ。(店舗によってはnanacoが使えない店もあるからか)
しかし、セブンアイグループ以外も含めたnanacoが使える店舗でも、100円で1ポイントが付与されることになっている(当初は今年3月までだったようだが、「ご好評につき、当面の間、継続」になった)から、ガーデンでも付くはず。
この場合は、ポイントが即時付くのではなく、1か月分を翌月10日にまとめてセンター預かりで付与するようだ。(という理解で合っているでしょうか…)←合っていたようです。末尾の18日付追記参照。
【21日追記】西武秋田店で使った時は、場所欄は「西武秋田店」でポイントは即時加算。


これでSuica、WAON、Edy、nanacoと4枚の電子マネーを持ってしまった。電子マネーのカードは厚くて思いのほかかさばるのだけど、ポイントが貯まる(貯まりやすい)のと小銭の煩わしさがないのがうれしい。
電子マネーもセブンイレブンも、今後とも上手に使いたい。

【6日追記】センター預りのポイントが正規ポイントに変わるのは、セブンイレブン以外に設置されているATMでも可能だった(フォンテ地階のATMでチャージしたらできた)。ザ・ガーデンで使っただけでは、できなかった。
【8日個人的備忘】WAONは税込200円につき1ポイント、nanacoは抜き100円につき1ポイントなので注意。(nanacoは一部加盟店では税込100円だそうだが、ザ・ガーデンはどうなんだろう。後で確認)【18日追記】ザ・ガーデン自由が丘西武 秋田店では、税込100円につき1ポイント、レジでのチャージは不可だった(店内に表示があった)。

※nanacoについての続き、さらに続き
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新年度 JR関連の変化

2013-04-02 21:13:51 | 秋田のいろいろ
昨日のバスに続いて、新年度のJR関係の話題ですが、鉄道の運行や列車関係の変化ではありません。そちらは3月16日のダイヤ改正で変わっているので。

といっても車両の写真がないと寂しいので、
●進む世代交代
“日本海縦貫線”の一翼を担う、羽越本線~秋田以北の奥羽本線を走る貨物列車をひく機関車は、古い「EF81」形から、新しい「EF510」形への置き換えが進んでいる。※過去の記事
JR貨物富山機関区のEF510が秋田に姿を見せたのは2008年から。以後、ゆっくりとではあるが確実に数を増やし、現在は22両が走っている。
今回のダイヤ改正でも、EF510が担当する貨物列車がまた増えたような気がしている。
秋田駅に入るEF510がひく貨物列車。左の1番線には残雪による“車止め”が
そういえば、4月1日前後は、コンテナが積まれていないスカスカの貨物列車をよく見た気がした。ゴールデンウイークや年末年始は、輸送量が減るので運休になる貨物列車もあるくらいだが、年度末・年度初めも輸送量が減るのだろうか。
ついでに4月1日は、天気が悪くない春休み中なのに秋田駅前を歩く人も少なかった気がした。タクシードライバーも「今日はぜんぜんダメ」と言っていた。店の中などはそれなりにいたような気もしたけど。


●やっとSuica
以前触れた通り、4月から秋田駅ビルのトピコとアルス(一部)でSuicaを電子マネーとしてやっと使えるようになった。
Suicaペンギンもあちこちに登場


●運営者と店名変更
3月27日にJR東日本秋田支社から「エキナカ店舗等の店舗名称変更についてのお知らせ」がリリースされた。
「地域に密着した生活サービス事業の展開を目的とした店舗運営会社変更に伴い、店舗の名称を変更いたします。」そうで、3つの店の運営会社と名前が変わった。3店とも、JR東日本エリア全域で展開する関連会社から、秋田支社の子会社「ジェイアールアトリス」に移管された。
JR東日本はしょっちゅう、こういう変更をちょこまかとやっているような気もするが、実質はあまり変わってないような気もする。

秋田駅では、ぽぽろーど沿い、びゅうプラザ隣接の「カフェガーデン」が「カフェテラス」に、トピコ2階の「千秋苑」が「お土産ショップ こまち苑」にそれぞれ変わる。以前の運営会社はNEWDAYSを経営する「JR東日本リテールネット」。

もう1つは、土崎駅の立ち食いそば屋。秋田県内で2つしかなくなった、貴重な駅そば屋。(以前、秋田県唯一としていましたが、花輪線の鹿角花輪駅にもあるそうです)
日本レストランエンタプライズの「土崎待合めん」から、「そば処 港ばやし」に変わる。
1日の午後、土崎駅に行ったら、営業を休止して店全体を薄いシートで覆って工事していた。看板の付け替えでもしていたのだろうか。

ちなみに、ジェイアールアトリスが経営するスーパー、秋田生鮮市場保戸野店の片隅に、カフェガーデンのメニューボードが置かれていたのを発見。用済みになってとりあえず運んだのだろうが、何に使うの?


●冬の終わりの小屋(JRとは直接関係のない話題)
その秋田生鮮市場保戸野店。
店の前に小屋
店舗入口そばに、小さなプレハブ小屋がある。こういうので焼き鳥を売っていることもあるが、これは違う。
これは「あじまん」の売り場だった小屋。看板類は外され、裏手にあったであろうプロパンガスボンベもなかった。

「あじまん」とは山形県天童市に本社がある企業で、その商品の大判焼きの名でもある。
東北から北関東で展開していて、秋田ではここ15年くらいで広がったように記憶しているが、今は山形県と秋田県を重点的な営業エリアとしているようで、ローカルテレビ番組とタイアップしたオリジナル商品もある。
独特なのが販売形態。スーパーやホームセンターの敷地内に、冬の間だけ小屋を置かせてもらって販売するというもの。夏の間は購入できず、小屋自体も片付けられる。
ローカルテレビ番組(サタナビっ!だったか?)によれば、山形県内に小屋の保管場所があり、夏の間はそこに集めて置いているそうだ。
【2014年9月27日追記】2014年9月27日放送「サタナビっ!」によれば、あじまんは2014年で創業50周年。当初は天童市でスーパーを営んでいて(その創業が1965年)、大判焼きを販売。後にスーパーは廃業し、1980年に「あじまん」として展開開始。秋田県には1994年に進出し、現在53店舗(企業全体では約250店)。あじまんは1個当たり75グラムのあんこが入っていて、大判焼きとしては最重量級だとか。(以上追記)


あじまんの小屋が現れて営業が始まると「冬だな」と感じる季節の風物詩でもある。【3日追記】「冬のおやつ あじまん」がキャッチコピーになっている。
一方、春になるといつの間にかなくなっていて、気にも留めていなかった。
上の写真のような、看板類がなくなって運び出されるのを待っている状態の小屋は初めて見たが、これは冬の終わりの風物詩か。

【2014年3月30日追記】翌シーズン・2013年~2014年にかけての冬は、生鮮市場保戸野店ではあじまんは営業しなかった。元生鮮市場土崎店だった「生鮮いちばん」のほうには置かれていた。


●冬の終わりの車窓
週末、青森へ行って来ました。
陣場駅
青森県境に近い奥羽本線陣場駅では、ホームにまだたくさんの雪が残っていた。(積もったわけでなく、除雪されて積み上げられた雪でしょうけど)
秋田市近郊では田んぼや低い山もほとんど雪は消えているが、県境や青森市では、まだ白い田んぼもあった。
陣場-白沢間(ワンマン列車の後部から撮影)写真右のほうに白いものが飛んでいる
白鳥の小さな群れが、電車を追いかけるように飛んでいた。
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新年度 バスの変化

2013-04-01 23:49:54 | 秋田のいろいろ
今日から新年度。大きな変化はなさそうだった、秋田市の路線バスの変化について。

3月18日の記事の通り、4月1日にバスダイヤの時刻改正があることは予告されていた。その後、具体的にはどこが変わるのかは明確に示されないまま、4月を迎えた。
最近の中央交通では、新しい時刻表を前もってホームページにアップするなどしてくれていたが、また昔に戻ってしまったのか…

秋田駅前のバス乗り場では、乗り場ごとに「次の路線で時刻が変わります」と該当路線名を示した紙を掲示していた。
一部をざっと見ただけでは、少なくとも川尻割山線は変わらないが、他の多くの路線では変更があったらしい。でも、時刻表を見てもどこが変わったかは分からない。
おそらく、部分的な改訂を中心とした小規模なものだったと思われる。


そんな中、大きく変化した路線がある。中央交通のホームページでも3月24日付で告知された。
「牛島経由日赤病院線」が南大通り経由に変わった

この路線は、かつては秋田市営バスの「上北手線」という名称で、秋田駅西口と有楽町、牛島橋、上北手荒巻を経由して上北手古野(この)とを結んでいた。牛島地区では、城南中学校経由と牛島東五丁目・牛島小学校経由の2つに分かれている。(牛島東七丁目付近の関連記事
1998年に日赤病院が現在地に移転したため病院に乗り入れるようになり、2001年に中央交通へ移管、2010年3月をもって末端部を秋田市が運行する「マイタウンバス東部線」に再編され、駅からの路線は日赤病院止まりになって「牛島経由日赤病院線」を名乗るようになった。現在は平日7往復、土日3往復の運行。

今までは、他の牛島経由の各路線と同じく、
 秋田駅西口-広小路/中央通り-北都銀行前-有楽町-楢山広小路/登町上丁-牛島橋…
という経路。(「/」は一方通行)これが、
 秋田駅西口-市民市場前-南大通り・中通病院前-五丁目橋-有楽町…
となる。
つまり、駅~南大通りでは、下りは朝1本だけの「南大通り経由大川反車庫行き」と、上りは中心市街地循環バスとそれぞれ同じルートとなる。
ホームページの時刻表検索では「南大通り経由日赤病院線」になった
ホームページの告知では、「※千秋公園入口、木内前、二丁目橋、北都銀行前は通りませんのでご注意ください。」とあり、広小路を通る下り側しか書かれていないが、もちろん上りの中央通りの「中通一丁目、三丁目、買物広場【2日訂正・買物広場は通りますね】も通りません」ですよ。(時刻表検索で確認済み)

以前から述べているように、今の秋田市のバス路線は、古くからの経路にこだわりすぎていて、新しい道路や施設など街の変化に追いついていないと感じていた。
牛島経由もその1つで、一方通行の複雑な区間がある上、必要以上に遠回りしていると思う。北都銀行や有楽町で乗り降りする人も多いが、見ていると思ったより多くないようにも見え、秋田駅前と牛島以遠での利用者のほうが多い印象もある。
そんな中、2011年7月から、雄和線が有楽町・牛島橋を通らず、築地・愛宕下橋経由で運行(この記事この記事参照)されている。料金設定などは従来のままだが、時間短縮にはなっているだろうし、(利用実態や乗客の意向次第だけど)他の路線でも検討してもいいのではないかと思っていた。


しかし、今回の南大通り経由は、ちょっと意図が分からない。
四角形の対角線上に位置するような秋田駅と有楽町の間を、北・西回りで結ぶ旧ルートと、東・南回りで結ぶ新ルートでは、距離はほとんど違わない。(料金も変更なしの模様)
西口から有楽町までの時刻の一部
そればかりか、駅-有楽町の所要時間は、旧ルートでは7分なのに、新ルートでは10分も取られていて、延びている。

駅と南大通りを結ぶバス路線に潜在的な需要があったことは、中心市街地循環バスの利用実態で判明し、その継続運行によってほぼ満たされている。問題点としては、循環バスが一方向運転のため駅から南大通りへ向かうには時間がかかることと、循環バスは朝9時からの運行なので早い時間に中通総合病院(外来受付開始は8時)などへ向かう人には駅8時発の車庫行き1本しか利用できない。
牛島経由日赤病院線が南大通り経由になれば、駅発7時20分と8時50分があるから、改善されることにはなる。

それにしても、あまたある牛島経由各路線の中から、なぜ日赤病院線だけが経路変更されたのか。これも分からない。
他の路線がない荒巻地区辺りの人、それにマイタウンバスから乗り継いで利用する人の中には、北都銀行や中通周辺で乗降する人がいたかもしれないが、大丈夫なんだろうか。
どうしても南大通り経由のバスを運行したければ、むしろ本数が比較的多い、大住団地線や御野場・御所野方面の一部を経路変更したほうがよかったのではないだろうか。


次は、告知されずにひっそりと変わっていたこと。現地で発見。
通町に近い大町にある、新屋線、川尻割山線、茨島環状線の「ねぶり流し館前」停留所は、長らく上り(秋田駅行き)側片方向にしかバス停がなかった。これは、近隣のバス停配置と名称や位置の変更の変遷が絡んでいる。

昨年7月の中心市街地循環バスの運転開始に当たって、初めて下り側にもねぶり流し館前の停留所が新設された。これはあくまでも循環バス専用の停留所であり、新屋線や割山線の下りは通過していた。
しかし、今日、
下り側のポールが2本になっている!?

増えたポールには、3路線の時刻表が入っていた!
今日から、新屋線、割山線、茨島環状線の下りでも「ねぶり流し館前」で乗降を扱うことになったらしい。
ただし、公式サイトの時刻表検索では、
「ねぶり流し館前」は新屋線のバス停リストに入っていない
美短入口が「美術大学前」に変わっているので、更新作業は済んでいるはずだけど…
【2日追記】秋田駅西口で乗車・ねぶり流し館前で降車を指定して検索しても、その結果には逆方向の茨島環状線の牛島回りしか表示されず、未対応。
【9日追記・画像追加】9日に時刻を検索してみたら、下りのリストに「ねぶり流し館前」が追加されていた。
新屋線下り ねぶり流し館前→美術大学前で検索できた
【5月6日追記】旧式の運賃表示器(次のバス停名でなく、運賃が変わるバス停が「○○まで」と表示される)が付いた車両で、下り新屋線に乗った。秋田駅から通町までは従来は「通町(まで)」と表示されていたのが、「通町・ねぶり流し館前(まで)」という表示に変わっていた。
大町四丁目・大町五丁目、楢山南中町・登町上丁など、上り下りで運賃境界のバス停が異なる場合、中央交通ではこういう表示方法を取っている。
(以上追記)

乗り降りできる場所が増えたのは悪いことではないし、サンパティオ帰りの人などは便利とは思うが、前後の通町や大町通りのバス停も遠くはない。どのくらいの乗降があるだろうか。
あと、ここは路上駐車やサンパティオ駐車場から出入りする車がいるし、歩道がない。交錯や事故がないようにお願いしたい。
本来ならポールを1本にまとめるべきでしょう

【20日追記】これと同様に、いつの間にかひっそりとプラスの方向に変わっていて、それが告知されなかったケースが5年ほど(もっと前?)にもあった。
組合病院行きの神田線(神田旭野線)が、外旭川市営住宅前にも立ち寄るようになったこと。(以前は旭野団地停留所通過後、すぐ組合病院へ向かっていた)

※2015年2月頃にはベンチと上屋が設置された



先日見かけた、初のいすゞエルガ。どんな路線で運用されるか謎だった。
秋田駅東口で待機しているのを見かけた。
ノースアジア大シャトルバス、三平バスとともに
東口からどこへ向かうのか?
400 日赤病院・イオンモール経由 中央シルバーエリア行き
なるほど。御所野行きか!
東口発着の御所野方面の路線なら、道路状況・利用者数とも大型バスが活躍するにふさわしそう。
何らかの経路で東口から西口に回って(回送か駅東線【2日訂正】駅東団地線か赤沼線か)、秋田営業所へ出入りする時にも営業運転をして、先日見たのはその姿だったようだ。
そういえば市営バス時代は御所野方面に大型バスは入っていたのだろうか?
【3日追記】その後、赤沼線(大川反車庫→駅西口→手形山崎→谷内佐渡→大学病院→南団地→駅東口)を走っているのを見かけた。赤沼線を大型バスが走るのって、初めてだろうか。
また、車内の座席(横向きの優先席を除く)の布地は無地のエメラルドグリーンで、いちばん後ろの1列だけ青系等の柄入り。
【21日追記】977は、21日・日曜日には、秋田駅-イオンモール秋田の無料送迎バスにも使われていた。(臨海営業所所属と思われる古いいすゞの大型車とペアで)



最後に、バスの話題ではないですが、ニューシティ跡地に置かれていたいすゞのトラック
3月30日土曜日朝には、まだ残っていたが、今日午後に通ってみると、1台もいなくなっていた。
ニューシティ跡地は、また静かな空き地に戻った。
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