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hasyan の 旅の散歩道

元気な間に余暇を通じてドライブなどで得た、行き先々の身近な風景・
神社仏閣・史跡・花の写真などをお伝えします。

林神社と立石の井  2014.12.19

2014年12月20日 17時03分02秒 | 歴史・遺跡・伝説


  所在地   立石の井       兵庫県明石市立石1丁目6

 ようやく林神社の鳥居の下に、その先に石段が見えます。ここから海までは平旦だがここから先は高台になっていて、明石には大ダコの話が伝わっています。おそらく古代はこの辺りまで海だったのでしょうね。

 林神社の由来は、当地海浜の巨大な赤石の上に、少童海神が顕れ給うが、人皇13代成務天皇8年、風波のため赤石は海中に没した。よって翌9年(139)に小高い丘に一社を建て、少童海神を祀ったのが当社の創祀と伝えられ、海を見下ろす高台から漁業の町明石の繁栄と、海上交通の難所、明石海峡を行き交う舟の安全を見守り続けてきました、明石で最も歴史ある神社だそうです。

 林神社と「立石の井」の話ですが、そこには、明石ならではのオオダコとお姫様を守るために戦う人々の物語が伝えられています。石段を上がらず神社の右へ住宅街に入り、真直ぐに行かず右へ少し下がります。

 道の両側は住宅その奥にあるようです。

 ありました。昔、岸崎(現在の林崎の西側)に、西窓后(せいそうこう)と東窓后(とうそうこう)という二人の美女が住んでいました。この二人を大ダコが狙っていました。それを知った浮須三郎左衛門という武士が、大ダコを退治するため巨大な蛸壺を用意しましたが、大ダコは暴れて蛸壺をひっくり返し、山のほうへ逃げていきました。三郎左衛門が林神社の辺りへ追い詰め、斬り捨てると、その場で大きな石になってしまったのです。その石の下から清水が湧き出るようになり、これを「立石の井」と呼ぶようになりました。

 林神社の東側の町名を立石(たていし)といい、ここの山裾に、大ダコが石になったという場所は、「立石」と呼ばれ現在は石そのものは見あたらず、「立石」の下からいつしかわき出るようになった清水の跡とされる古井戸が残されています。また、この大ダコ退治の話は、タコツボ漁の起源の話としても語られてきました。
 次回をお楽しみに では またね


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