もう従来の「資源ナショナリズム」では説明がつかない?原油・穀物の高騰が暗示する新たな“パラダイムシフト”
【第168回】 2011年3月8日 真壁昭夫 [信州大学教授] ダイヤモンドオンライン
エジプトやリビアなど、アラブ諸国の混乱がさらに拡大することを懸念して、足もとで原油価格が高騰している。今回の原油価格の上昇を、単なる一時的な現象とみるのは正しくない。
今後、リビア情勢などが落ち着きを取り戻せば、原油価格が短期的に安定する局面はあるだろう。しかし、最近の原油価格の高騰の背景にある要素を忘れてはならない。
なぜ、チュニジアで混乱が発生し、それがアラブ諸国へと広がったのだろう。突き詰めて考えると、それは、失業率の高い同国で食糧品価格が上昇したため、庶民の暮らしが苦しくなったからだ。それに加えて、リビアなどでは長期間にわたる圧政に対する不満があった。
重要なポイントは、穀物やエネルギー資源などが、世界的に不足状態に陥りつつあることだ。多くの人口を抱える新興国諸国で経済が大きな成長を遂げているため、食料品や工業製品の原材料に対する需要は、飛躍的に拡大している。
ところが、穀物や天然資源の産出量は、そう簡単に増えない。しかも、穀物の生産量は、天候などの自然条件に大きく影響される。その結果、供給が需要の増大に追い付けず、価格が上昇しているのである。
当面、こうした状況が続くと見られ、商品市況の価格上昇傾向が一段と鮮明化することが考えられる。問題は、それがさらに進むと、おカネを出しても穀物などを買うことができない状況になることだ。
それが現実のものになると、世界経済の様々な分野で「隘路=ボトルネック」が発生し、「経済構造が大きく変わること=パラダイムシフト」が起きることが想定される。原油価格の上昇は、そうした大変革の兆候とも考えられる。
もはや従来の「資源ナショナリズム」ではない?
流通過程でも起き始めた原油や穀物の“囲い込み”
世界的に見ると、穀物や鉱物などの資源の産出は、特定の国や地域に限られるケースが多い。
重要な穀物である小麦は、中国、インド、米国、ロシア、フランスの5ヵ国で、世界の産出量の半分以上を生産しているという。また、原油の主要産出国は、サウジアラビアをはじめ中東地域に集中している。
それらの穀物や資源は、基本的に国内で消費される分を除いて、輸出に回される。ところが、当該品の生産国や地域自身の需要が拡大すると、当然輸出に回る分量は減ることになる。
さらに、世界的に当該品の需要が拡大すると、国がリーダーシップを取って、当該品の国内向け利用を優先し、時には輸出を全面的に禁止する措置を取ることも考えられる。そうしたケースは、一般的に「ナショナリゼーション」と呼ばれる。
ただ、最近の傾向を見ていると、ナショナリズムよりももう少し大きな範囲の変化が起きている。穀物や資源の生産段階、あるいは、流通の段階で「寡占化=囲い込み」の動きが鮮明になっていることだ。
つまり、国に代わって民間企業が、自己のベネフィットを増大するために、穀物などの生産、流通に大きな支配力を発揮することを目指して、企業規模を拡大しているのである。
そうした動きが顕在化すると、次第に供給サイドの少数の企業が価格決定のプロセスで強い発言力を持つことになる。さらに、穀物や資源の希少性が高まると、供給する相手を特定することも考えられる。
それは、今までの囲い込みよりも一歩進んだ、企業主導の囲い込みということができるだろう。
次のページ>> 世界経済は、構造的なデフレからインフレへとシフトする過渡期に
上昇するモノの価値、下落するおカネの価値
世界経済は構造的なデフレからインフレへ
供給サイドで、寡占化した企業による市場での価格決定力が強くなると、価格が上昇傾向を辿ることは避けられない。穀物やエネルギー資源などの希少性が進むわけだから、代替可能性の低い財ほど、「おカネを払っても買えない」という状況になることが考えられる。 その傾向は、すでにいくつかのケースで顕在化している。たとえば、レアアースはその一例だ。
レアアースは、IT関連の部材になくてはならない原料の1つだ。その生産量は、中国に集中していた。中国の経済成長が続くに従って、中国国内での消費量が増えてきた。
中国政府は国内での利用を優先し、事実上の輸出禁止措置を取った。レアアースが海外に流れることが抑えられ、わが国をはじめ主要先進国が困ったのは記憶に新しいところだ。
他にも、漁獲されたマグロを中国が積極的に買い付けるため、わが国に入ってくるマグロの量自体が減ったという話も有名だ。それらはいずれも、需要が増えたことによって、モノの価値が上がっていることを象徴している。
一方、おカネを払っても、従来ほど多くの量を買うことはできないということは、おカネの価値が下落していることを意味している。つまり、インフレ現象が起き始めているのである。
しかも、世界的にインフレ懸念が台頭していると考えるべきだ。すでに中国の物価上昇率は約5%に達し、ベトナムなどは2ケタまで上昇している。今後、主要先進国にも、インフレ懸念が台頭することだろう。
次のページ>> 冷戦終結以降続いてきた経済構造に、新たな「パラダイムシフト」が?
冷戦構造の終結以降続いてきた
経済構造の「パラダイムシフト」が起きる!
第二次世界大戦後の約60年間の世界経済を振り返ると、1989年秋の「ベルリンの壁崩壊=冷戦構造の終焉」までは、基本的に世界経済はインフレ基調が続いていた。第二次大戦で、わが国やドイツの生産設備は大きく破壊され、世界全体の供給能力が低下した。
その意味では、大規模な戦争は、極めて効率の良い生産調整とも言える。復興需要の拡大と供給能力の低下によって、世界経済はインフレ体質となり、それが冷戦終了まで続いた。
89年秋にベルリンの壁が崩れ、冷戦構造の終焉を迎えると、旧共産圏諸国が世界経済の枠組みに入ったこともあり、世界的な供給能力は大きく上昇した。それに伴って、モノを売りたいという人が、買いたいという人よりも多くなった。
その結果、世界的なデフレ、あるいはディスインフレ(インフレでない状態)が優勢になった。90年代に入って、中国などからの安価な製品流入によって、わが国で“価格破壊”という言葉が流行ったことを考えると、わかりやすい。
ところが今度は、中国やインド、ブラジルなど、多くの人口を抱える国が工業化の段階に入り、庶民の所得水準が大きく上昇し始めた。所得が増えると、人々がまず、「おいしいものを食べたい」「きれいなものを身に着けたい」と思うのは人情だ。
一挙に需要が盛り上がると同時に、おカネの価値が下落する。経済のパラダイムが、デフレからインフレへとシフトするのである。
しかも問題は、シフトの速度が速いため、その潮流についていけない国が出てくることだ。その一例が、足もとのアラブ諸国で今起きていることに他ならない。
世界経済がその構造変化に対応できるまでは、様々な分野でいくつもの軋轢が生じることだろう。その覚悟を決めておいた方がよさそうだ。
質問1 足もとの資源・穀物価格高騰は、短期的な現象だと思う? それとも長期的な現象だと思う?
短期的な現象 長期的な現象 どちらの可能性もある どちらとも言えない
☆
1.TPP参加で食糧はカネを出せば何時までも自由に輸入できるのではないと真壁先生がおっしゃっています。
2.私もそう書いてきました。ですからTPP加入後、アメリカの小麦、米等が関税無しで安く入ってきてそのまま対策を打たなければ日本農業は破壊してしまいます。
3.日本農業が壊滅するとそれだけ世界の需要は逼迫し、また人口増、新興国の肉食化が進み穀物需要が増加し、穀物価格は更に上昇する。
4.その時になって「物や資源の希少性が高まると、供給する相手を特定することも考えられる」「 おカネを払っても、従来ほど多くの量を買うことはできない」と言う状態になるのです。
5.対策として日本人が必要とする食糧は国家管理で生産を確保する。今までの農家個々の助成はしない。大規模農家で国から生産を委託された組織に給料を払う感じで所得補償を行う。と言うような方策を検討した上でTPP参加を決める。
6.TPP参加の条件は日本人が必要とする穀物の国内生産を確保することが前提である。
【第168回】 2011年3月8日 真壁昭夫 [信州大学教授] ダイヤモンドオンライン
エジプトやリビアなど、アラブ諸国の混乱がさらに拡大することを懸念して、足もとで原油価格が高騰している。今回の原油価格の上昇を、単なる一時的な現象とみるのは正しくない。
今後、リビア情勢などが落ち着きを取り戻せば、原油価格が短期的に安定する局面はあるだろう。しかし、最近の原油価格の高騰の背景にある要素を忘れてはならない。
なぜ、チュニジアで混乱が発生し、それがアラブ諸国へと広がったのだろう。突き詰めて考えると、それは、失業率の高い同国で食糧品価格が上昇したため、庶民の暮らしが苦しくなったからだ。それに加えて、リビアなどでは長期間にわたる圧政に対する不満があった。
重要なポイントは、穀物やエネルギー資源などが、世界的に不足状態に陥りつつあることだ。多くの人口を抱える新興国諸国で経済が大きな成長を遂げているため、食料品や工業製品の原材料に対する需要は、飛躍的に拡大している。
ところが、穀物や天然資源の産出量は、そう簡単に増えない。しかも、穀物の生産量は、天候などの自然条件に大きく影響される。その結果、供給が需要の増大に追い付けず、価格が上昇しているのである。
当面、こうした状況が続くと見られ、商品市況の価格上昇傾向が一段と鮮明化することが考えられる。問題は、それがさらに進むと、おカネを出しても穀物などを買うことができない状況になることだ。
それが現実のものになると、世界経済の様々な分野で「隘路=ボトルネック」が発生し、「経済構造が大きく変わること=パラダイムシフト」が起きることが想定される。原油価格の上昇は、そうした大変革の兆候とも考えられる。
もはや従来の「資源ナショナリズム」ではない?
流通過程でも起き始めた原油や穀物の“囲い込み”
世界的に見ると、穀物や鉱物などの資源の産出は、特定の国や地域に限られるケースが多い。
重要な穀物である小麦は、中国、インド、米国、ロシア、フランスの5ヵ国で、世界の産出量の半分以上を生産しているという。また、原油の主要産出国は、サウジアラビアをはじめ中東地域に集中している。
それらの穀物や資源は、基本的に国内で消費される分を除いて、輸出に回される。ところが、当該品の生産国や地域自身の需要が拡大すると、当然輸出に回る分量は減ることになる。
さらに、世界的に当該品の需要が拡大すると、国がリーダーシップを取って、当該品の国内向け利用を優先し、時には輸出を全面的に禁止する措置を取ることも考えられる。そうしたケースは、一般的に「ナショナリゼーション」と呼ばれる。
ただ、最近の傾向を見ていると、ナショナリズムよりももう少し大きな範囲の変化が起きている。穀物や資源の生産段階、あるいは、流通の段階で「寡占化=囲い込み」の動きが鮮明になっていることだ。
つまり、国に代わって民間企業が、自己のベネフィットを増大するために、穀物などの生産、流通に大きな支配力を発揮することを目指して、企業規模を拡大しているのである。
そうした動きが顕在化すると、次第に供給サイドの少数の企業が価格決定のプロセスで強い発言力を持つことになる。さらに、穀物や資源の希少性が高まると、供給する相手を特定することも考えられる。
それは、今までの囲い込みよりも一歩進んだ、企業主導の囲い込みということができるだろう。
次のページ>> 世界経済は、構造的なデフレからインフレへとシフトする過渡期に
上昇するモノの価値、下落するおカネの価値
世界経済は構造的なデフレからインフレへ
供給サイドで、寡占化した企業による市場での価格決定力が強くなると、価格が上昇傾向を辿ることは避けられない。穀物やエネルギー資源などの希少性が進むわけだから、代替可能性の低い財ほど、「おカネを払っても買えない」という状況になることが考えられる。 その傾向は、すでにいくつかのケースで顕在化している。たとえば、レアアースはその一例だ。
レアアースは、IT関連の部材になくてはならない原料の1つだ。その生産量は、中国に集中していた。中国の経済成長が続くに従って、中国国内での消費量が増えてきた。
中国政府は国内での利用を優先し、事実上の輸出禁止措置を取った。レアアースが海外に流れることが抑えられ、わが国をはじめ主要先進国が困ったのは記憶に新しいところだ。
他にも、漁獲されたマグロを中国が積極的に買い付けるため、わが国に入ってくるマグロの量自体が減ったという話も有名だ。それらはいずれも、需要が増えたことによって、モノの価値が上がっていることを象徴している。
一方、おカネを払っても、従来ほど多くの量を買うことはできないということは、おカネの価値が下落していることを意味している。つまり、インフレ現象が起き始めているのである。
しかも、世界的にインフレ懸念が台頭していると考えるべきだ。すでに中国の物価上昇率は約5%に達し、ベトナムなどは2ケタまで上昇している。今後、主要先進国にも、インフレ懸念が台頭することだろう。
次のページ>> 冷戦終結以降続いてきた経済構造に、新たな「パラダイムシフト」が?
冷戦構造の終結以降続いてきた
経済構造の「パラダイムシフト」が起きる!
第二次世界大戦後の約60年間の世界経済を振り返ると、1989年秋の「ベルリンの壁崩壊=冷戦構造の終焉」までは、基本的に世界経済はインフレ基調が続いていた。第二次大戦で、わが国やドイツの生産設備は大きく破壊され、世界全体の供給能力が低下した。
その意味では、大規模な戦争は、極めて効率の良い生産調整とも言える。復興需要の拡大と供給能力の低下によって、世界経済はインフレ体質となり、それが冷戦終了まで続いた。
89年秋にベルリンの壁が崩れ、冷戦構造の終焉を迎えると、旧共産圏諸国が世界経済の枠組みに入ったこともあり、世界的な供給能力は大きく上昇した。それに伴って、モノを売りたいという人が、買いたいという人よりも多くなった。
その結果、世界的なデフレ、あるいはディスインフレ(インフレでない状態)が優勢になった。90年代に入って、中国などからの安価な製品流入によって、わが国で“価格破壊”という言葉が流行ったことを考えると、わかりやすい。
ところが今度は、中国やインド、ブラジルなど、多くの人口を抱える国が工業化の段階に入り、庶民の所得水準が大きく上昇し始めた。所得が増えると、人々がまず、「おいしいものを食べたい」「きれいなものを身に着けたい」と思うのは人情だ。
一挙に需要が盛り上がると同時に、おカネの価値が下落する。経済のパラダイムが、デフレからインフレへとシフトするのである。
しかも問題は、シフトの速度が速いため、その潮流についていけない国が出てくることだ。その一例が、足もとのアラブ諸国で今起きていることに他ならない。
世界経済がその構造変化に対応できるまでは、様々な分野でいくつもの軋轢が生じることだろう。その覚悟を決めておいた方がよさそうだ。
質問1 足もとの資源・穀物価格高騰は、短期的な現象だと思う? それとも長期的な現象だと思う?
短期的な現象 長期的な現象 どちらの可能性もある どちらとも言えない
☆
1.TPP参加で食糧はカネを出せば何時までも自由に輸入できるのではないと真壁先生がおっしゃっています。
2.私もそう書いてきました。ですからTPP加入後、アメリカの小麦、米等が関税無しで安く入ってきてそのまま対策を打たなければ日本農業は破壊してしまいます。
3.日本農業が壊滅するとそれだけ世界の需要は逼迫し、また人口増、新興国の肉食化が進み穀物需要が増加し、穀物価格は更に上昇する。
4.その時になって「物や資源の希少性が高まると、供給する相手を特定することも考えられる」「 おカネを払っても、従来ほど多くの量を買うことはできない」と言う状態になるのです。
5.対策として日本人が必要とする食糧は国家管理で生産を確保する。今までの農家個々の助成はしない。大規模農家で国から生産を委託された組織に給料を払う感じで所得補償を行う。と言うような方策を検討した上でTPP参加を決める。
6.TPP参加の条件は日本人が必要とする穀物の国内生産を確保することが前提である。
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