気が重いよ…伊那篇

落ちるところまで落ちた男の日記

長野県縦断駅伝競走・上伊那2連覇

2015-11-15 13:26:22 | 日記
第64回長野県縦断駅伝競走が、昨日今日の2日間行われました。
1日目のトップが上伊那。
2位全諏訪に4分半の差をつけての1位でした。

そして、今日が2日目。
なんと私も、地元安協として、交通警備にあたります。
場所は、天竜川に架かる大橋北側の坂下駐車場前であります。
10時35分過ぎ、先導車がやって来ました。
果たしてトップは---。
飯田下伊那でしたね~。
それもダントツの1位。
2位以下に5分ほどの差を付けていましたよ。
上伊那は、2位と殆ど差の無い3位で通過しました。
飯田下伊那は、昨日の順位が4位で、1位の上伊那とは9分半の差があります。
大丈夫大丈夫と、自分自身に言い聞かせて、選手を見送りました。


2番目に走っているのが、上伊那・大澤選手


しばらくすると、選手が沢山一斉に走って来ました。
どうやら、1キロくらい前の伊那中継所(長野ダイハツ販売伊那店)で、繰上げスタートが行われた模様です。
この選手たちが通り過ぎたところで、私もお役御免。
お疲れ様でした。

さて、13時過ぎにSBCのラジオ中継でゴール付近の実況を聞きました。
ゴールは、飯田合同庁舎前。
1位通過は、地元の飯田下伊那。
2位が全諏訪。
3位が上伊那でした。
上伊那のアンカーは、昨年と同じ萩原英雄選手。
私が生保会社に勤務していた頃にお世話になった先輩社員(当時)のご子息です。
個人的に一番応援している選手でもあります。

萩原選手がゴールした後すぐに、「胴上げが行われています!」と実況マイクが伝えていたので、上伊那の総合優勝を確信いたしました。
上伊那は2連覇ですよ。
ここ10年では、連続優勝したチームが無い戦国時代だったので、上伊那は久々の連覇チームになります。
おめでとうございました。



さて、親父が生前、あの瀬古利彦・宗兄弟・伊藤国光などと共に、マラソン黄金時代を築いた中山竹通(当時ダイエー)が、有名になる前に長野県縦断駅伝を走っていたと常々言っていました。
「俺は、中山の走っている姿を伊那で確かに見たんだ!」とも。
本当かよ---と内心疑っていました。
私が貰った今大会の公式パンフレットを見ると、おおっ!
第29回大会(昭和55年)で、辰野―伊那間を走って区間賞ですよ。
30回・31回大会では、駒ヶ根―上大島間を走り、ここでも連続区間賞。
その後スカウトされ、ダイエーに入社する訳ですね。
親父の記憶、恐るべしです。
ちなみに、伊藤国光も高校生(上伊那農業)の頃に、長野県縦断駅伝を上伊那チームの一員として走っています。
昭和47年の第21回大会では、松本―大口沢間を大会新記録の区間賞。
やっぱり、後の日本マラソン界のエースたちは凄いです。




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