Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「翻訳文学ブックカフェ」新元良一著(本の雑誌社)

2009-01-15 | 村上春樹
「翻訳文学ブックカフェ」新元良一著(本の雑誌社)を読みました。
池袋の書店ジュンク堂で行われたトークイベントをまとめたもの。
英米文学の名翻訳家11人へのインタビュー集です。

若島正さん(主にリチャード・パワーズ「ガラティア2.2」の話)
柴田元幸さんは二回登場しています。
(一回目はダイベック「シカゴ育ち」の話、二回目はミルハウザーの話)
岸本佐知子さん(主にニコルソン・ベイカー「フェルマータ」の話)
鴻巣友季子さん(主に「嵐が丘」の話)
青山南さん(主にボイルの話)
上岡伸雄さん(主にドン・デリーロの話)
小川高義さん
(ボック「灰の庭」、アーサー・ゴールデン「さゆり」、ジュンパ・ラヒリなど)
中川五郎さん(主にブコウスキーの話)
越川芳明さん(主にエリクソンの話)
土屋政雄さん
(マコート「アンジェラの灰」、カズオ・イシグロ「日の名残」など)
土屋さんがコンピューターのマニュアル翻訳と並行して文藝翻訳していることは個人的に驚きでした。
トリは村上春樹さんです。
(オブライエン、カーヴァー、サリンジャーなど)

どのようにして「物語のヴォイス」(新元さんいわく全体の「響き」や「トーン」といったもの)を日本語で読者に伝えるか、翻訳家の仕事の苦労、そしてその楽しみなどについて語られた、豪華な一冊です。

印象的だった言葉をいくつか。

若島さん
「わたしは、構造的な美しさというものにどうしても惹かれるんですよ。
もちろん難しいことはいっぱい出てきますけど、けっしてごちゃごちゃしてなくて、読んでるときには非常にきれいな水の中を泳いでいるような感じの作品に惹かれる。」

柴田さん
「たとえばオースターだとまず主人公にととって自分の人生は一分の一なんだけれどそのほかの登場人物たちは主人公にとっての一分の0.いくつの存在だと思うんですよ。ところがダイベックはどの人の人生も一分の一なんだってことがよく伝わってくる。そういうものを本物の小説と定義するなら、やっぱりダイベックがいちばん本物の小説家だろうって僕は思うんです。」

「誰にでもある時期に本をガーッと読んで面白いと思って、その頃読んだものを基準に考えるようになっちゃって、そのあと何が出てきてもそれより落ちるよな、とか言ったり。だから次の世代のものというのは一番反応しにくいのかなと思うんですよね。自分もそうなっちゃうと悲しいなと思っていたから、アントリムとかユージェニデスがいいなと思えるのはすごくうれしいです。」

青山さん
「ヴォネガットの名言の一つに、うまい作家には「いいよ」、下手な作家には「うーん」と言うぐらいしかなくて、ほかには何もできないよ、というのがあります」

小川さん
「作家というのは英語の世界の達人揃いなわけです。原文が英語ならではの力を持って迫ってくるんだから、日本語ならではの力でなければ対抗できないだろうって。相撲で言うとがっぷり四つに組みたい、みたいな。
そうでないと、原文と並び立つくらいの翻訳はできないはずだと思うんです。」

「もしほかの出版社がラヒリの違う作品を出すことになってもやっぱり私に注文が来るとか。もっと言うと「ラヒリは俺の女だ!」ってどこかで思ってて。(笑)
それは冗談としても、著者と翻訳者の名コンビみたいな関係ができればうれしいですね。」

村上さん
「オブライエンは同時代を生きているという仲間意識かな。ライバルという感覚はぜんぜんなくて、むしろ励まされます。世界のどこかでちゃんといい仕事してる人がいるんだなあ、という気持ちですね。あったまるっていうか。」

当たり前ですがみなさん語り口も仕事の仕方もそれぞれなので、読み比べるのが面白かったです。

「蒼穹の昴(第三巻)」浅田次郎著(講談社)

2009-01-15 | 日本の作家
「蒼穹の昴(第三巻)」浅田次郎著(講談社)を読みました。
落日の清国分割を狙う列強諸外国。
勇将・李鴻章(リイホンチャン)は知略をもって立ち向かいますが、かつて栄華を誇った王朝の崩壊は誰の目にも明らかでした。
権力闘争の渦巻く王宮では恐るべき暗殺計画が実行に移されます。
西太后(シータイホウ)の側近となった春児(チュンル)と、改革派の俊英・文秀(ウェンシウ)は、互いの立場を違(たが)えたまま時代の激流に飲み込まれます。

皇帝に政権を受け渡す決意をした西太后。いよいよ物語は佳境へ。
今巻では、ある人物が謀殺されてしまいます。
清国の行く末を思って哀しさ、悔しさをこらえる文秀の姿は読んでいてとてもつらかった・・・。

それから息を飲んだのが、李鴻章がイギリス公使と香港租借について交渉する場面。李元将軍が登場場面からおされっぱなしのイギリス側。
「永久(久久と同じ音の九九)」とたてまえをつけながらしっかり期限を定めて租借契約を結んだプレジンデント・リー。さすが百戦錬磨の将軍。したたか・・・。

そして文秀と春児の偶然の邂逅の場面も印象的です。
「おいらが立派なんじゃねえ。おいらを守ってくれている昴の星が、そうしてくれてるんだ。おいら、何もしてねえもの。」
苦しげな息を吐き出してうつむく文秀から零れ落ちる涙。
そしてふりしぼられた言葉。
「おまえは、えらい。」

本当は昴の星なんて春児についてないのに~!
何も言えずに胸がいっぱいになる文秀の気持ちに共感してしまいました。
無私の姿をあがめて、宦官たちからも厚い支持を受け次の大総管とはやされる春児。

アメリカ人記者トムの語る「燕迷(ミンメイ)」という言葉。
「燕迷とはね、北京という町のとりこになることさ。この都にはふしぎな魅力がある。七百年も変わらぬ古都のたたずまい。移ろう四季、人々の暮らし、食い尽くせぬ味覚、そして世界一美しい言葉。誰でもここで一週間を過ごせば、すっかり酔ってしまう。ここがどこで、自分が誰かもわからなくなる。つまりそれが、燕迷というものだ」

この「燕迷」のようにこのシリーズにすっかりはまってしまった私。
いよいよ次は最終巻!