Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「火を熾(おこ)す」ジャック・ロンドン著(柴田元幸訳)スイッチ・パブリッシング

2009-01-19 | 柴田元幸
「火を熾(おこ)す」ジャック・ロンドン著(柴田元幸訳)スイッチ・パブリッシングを読みました。
雑誌「Coyote」の連載を単行本化したもの。
数ある短篇小説の中から作風の多様性も伝わるように柴田さんが選んだ9篇が収録された短篇集です。

収録作品は以下のとおり
 火を熾す
  極寒の地を歩く男の話
 メキシコ人
  有名ボクサーに挑む若者の話
 水の子
  マウイに伝わる民話をモチーフにしたもの
 生の掟
  幼い日に見た動物の狩の光景
 影と閃光
  姿を消すことに邁進したふたりの男の話
 戦争
  戦争の一情景
 一枚のステーキ
  老ボクサーの試合
 世界が若かったとき
  自らに野蛮人を抱えた男の話
 生への執着
  極寒の荒野での人と狼のサバイバル 


私はジャック・ロンドンは「野生の呼び声」しか読んだことがなく、その一作の印象で「マッチョな作家」と思い込んでいましたが、この本でロンドンのさまざまな味わいの作品を読むことができ、とても面白かった!

幻想文学を書いているのは(私が無知なだけですが)特に驚きでした。
「影と閃光」のふたりの男の熾烈な戦い。どうすれば姿が見えなくなるか。
一方は光を吸収する完全な黒を求め、もう一方は光を通す完全な透明を求める。

黒い塗料を塗ったロイドに、僕がその感覚を説明する部分が面白いです。
「君がそばに来ると、湿った倉庫や陰気な地下道や、深い炭鉱に入ったのと似た気分になる。暗い夜に、陸が迫っているのを船乗りが感じ取るように、僕も君の体が迫ってくるのを感じるのだと思う。」

同じように幻想味のある作品「世界が若かったとき」も面白かったです。

ほかに印象的だったのは二編のボクシング小説です。
「メキシコ人」、それから「一枚のステーキ」。
「メキシコ人」はメキシコ革命を成就させる金を得るために、有名ボクサーとのボクシングの試合に挑む若者リベラの話。
レフェリーも観客も、自身のセコンドでさえも自分の味方ではない四面楚歌の状況で戦うリベラ。彼を取り囲むこんな「残酷な人間たち」のために、革命のために、自分の体を痛め戦う・・・その壮絶な姿に息をのみます。

「一枚のステーキ」は人生の下り坂を迎え、家族を養う金もないボクサーの話。

「キングはふと、自分の知恵とサンデルの若さがあったらヘビー級チャンピオンだな、と思った、だがそうは行かない。やつには知恵が欠けている。知恵を手に入れるには、若さを代価に払うしかない。知恵が我が物になったときには、若さはもう、それを買うために費やされてしまっているだろう。」  

年寄りを踏み台にして次から次へと訪れる「若さ」。
その厳然たる事実とそれに抗うタフな戦い、そして敗北の苦さ、みじめさ・・・。
すべてが熱く迫ってくる作品です。